第2話 少女の告白、青年の愛
六年という歳月が流れるのは、あっという間のように感じられた。
魔法の修練や成長するにつれて増えていく王女の公務に忙殺され、気づけば私は十八歳の誕生日を迎えていた。
「誕生日おめでとう。グルナ」
「ありがとう。ジェット」
いつもの庭園、いつもの花木の下で私たちは言葉を交わす。
六年前までは身長にそれほど差は無かったというのに、今ではジェットが私を見下ろす形になっていた。
「これ、気に入ってくれると嬉しいんだけど」
ジェットは懐から掌に乗せられる程度の小箱を取り出し、私に手渡してくれた。
まさか、ジェット個人からプレゼントを贈ってもらえるとは思いもせず、私は嬉しさのあまり口元が綻ぶ。
「ありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ」
胸を高鳴らせながらリボンを解き、箱を開けると、なかにはザクロの花弁を模したイヤリングが入っていた。
「まあ……!」
一つ手に取って、木漏れ日にかざしてみる。
太陽の光を受けて煌めく紅花は艶やかで、美しい。花弁と一緒についている極小の丸玉の装飾も愛らしくて、一目で気に入った。
「グルナの綺麗な赤髪に似合うと思って。……あ、でも別の色のほうが良かったかな?」
「そんなことない。私はこのイヤリングすごく好きよ」
ありがとう、ジェット。
再度お礼を言うと、ジェットが「貸して」と手を差し出した。
「僕がつけてあげる」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ、お願い」
ジェットは私からイヤリングを受け取り、そのまま耳に付けてくれる。
ジェットの手のぬくもりが直に伝わって、全身が火照った。大好きな人が私の肌に触れるたびにくすぐったさが芽生えて、私は思わずぎゅっと目をつむった。
「これでよし」
ジェットが頷いて私から離れたところで、そっと瞼を開ける。
「うん。やっぱりグルナには赤が似合う」
すごく綺麗だ。
低くて優しい声音。変わることのない穏やかな笑顔。
――ああ、私やっぱり……。
「ジェットが好き」
「え?」
想いが口から零れ出てしまい、私は咄嗟に口元を押さえた。
しまった、と気づいた時にはもう遅い。ジェットは驚愕の面持ちで私を凝視する。
「グルナ……」
「ご、ごめんなさい! 急にこんなこと言われたら、困るわよね」
忘れて!
とは言ったものの、本当は忘れてほしくなかった。
額面通りに受け取られてしまって、私の想いを無かったことにされたらと思うと、胸が押しつぶされそうになる。
顔を赤らめたまま視線を逸らしていると、
「グルナ」
耳心地のいい低声で呼ばれると同時に、私の手にジェットのそれが重ねられた。
私はかすかに息を呑んで、ジェットのほうを振り向く。
そこには、誠実で静穏な光を宿した黒漆の瞳があった。
「ジェット……」
「僕も君が好きだ」
その返答が耳朶に響いた瞬間、時が止まったように感じた。
「え……?」
今、ジェットも好きだって言った?
聞き間違いじゃないだろうか、と己の耳を疑う。
そんな私の間の抜けた反応に、ジェットは小さく噴き出してからそっと私の頬に触れた。
「聞き間違いなんかじゃないよ。僕もグルナが好き。そう言ったんだ」
僕たち、両想いだったんだね。
至極嬉しそうに目を細める彼が、とても眩しい。
目頭も熱くなって、私は声を震わせながら問う。
「……いつから、私のことが好きだったの?」
「そうだね。しいて言うなら、君と出会って少し経ってからかな」
ジェットは雲一つない蒼穹を仰ぎながら、過去を懐かしむように続ける。
「父さんが近衛騎士団長なだけあって、幼い頃から僕は周りの大人たちから良くも悪くも期待されていた。まだ小さかった僕には、そんな『できて当たり前』『優秀であって当然』という風潮が息苦しかった。けれど、ある日グルナが言ってくれたんだ」
『それでも、ずっと剣を振るって努力し続けられるのは、誰にでもできることじゃないわ。ジェットは本当にすごい』
もっと自分を誇ってもいいと思うわ。
何気なく言った言葉なので、正直私は当時のことを全く覚えていなかった。
そのことをジェットに伝えると、彼は「ずいぶんと昔のことだからね」と苦笑した。
「君にはなんてことのない励ましの言葉でも、周囲から色眼鏡で見られていた僕からすればとても救われたんだ。だから僕は君を好きになった」
君だけが、僕を『ジェット』という一人の人間として見てくれたから。
まさか、ジェットがそんな風に思っていたなんて。
彼の想いにまつわる過去に触れ、私の胸はきゅっと優しく締めつけられる。
「グルナ」
ジェットは私の背に腕を回し、抱きしめた。
彼の体温が肌で伝わってきて、その心地よさに思わず酔いしれる。
「ありがとう。僕を好きだと言ってくれて。僕を、好きになってくれて」
「ふふ、それはこっちの台詞よ」
私もジェットの大きな背に両手をあてる。これでもかというほど、彼の優しさと愛情に満ちた温もりを一身に浴びた。
「やっと気持ちを確かめ合ったのに、これから離れることになるなんて……」
一抹の悲哀を帯びながら、私はジェットの胸に顔を埋めながら呟く。
ジェットは数日後、王剣騎士団の団長としてヴィーブルの討伐に向かわなければならない。六年前の王剣騎士団も因縁を断ち切ることは叶わず、今年の六月六日に悪竜が覚醒する。
一か月前に念願の王剣騎士――それも団長になれると決まった時、彼と私は両手を上げて喜び合ったものだ。けれど――
「やっぱり、不安だわ」
ジェットに何かあったら、私……。
ジェットを抱擁する手が震える。その懸念を感じ取ったのか、ジェットは私を抱きしめる力を強めた。
「大丈夫。六年前にも言っただろう。僕は必ずヴィーブルを倒す。必ず、君の元へ帰ってくる」
だから、信じて待っててくれないか?
潤んだ瞳をこすり、視界が晴れやかになったところで私は頷く。
「ええ」
互いの熱を帯びた視線が絡まり、やがて唇が重なる。
愛を確かめ合うように、私たちはザクロの木の下で深く口づけた。