3日目
【3日目】
すっかり暑さを取り戻した8月21日。
優恵は魁斗に呼ばれた廃ホテルへ行くべく電車に乗り込んだ。流石は田舎というもの、乗客はほとんど居らず歳を重ねた人間がぽつんぽつんと座っているだけだ。
『…』
電車に乗り座り込む老体を見て優恵は、人生は案外短いんだと感じた。
内容の薄い生涯はすごしたくない、小説や物語のように毎日毎日を色鮮やかにしたい。
たくさんの苦しみと、ちょっとの幸福を大切に行きたいと俯瞰して思った。
そうこうしていると廃ホテルの最寄り駅へ着いた。
「先にホテルで待ってるから』
今朝方魁斗から来ていたメッセージだ。
朝4時に。明らかに早すぎる。魁斗も、楽しみなのかな?と頭を過ぎるが自身の妄想の気持ちの悪さに頭を抱えながら改札を出て目的地へと歩を進める。
山道をしばらく進むと見えてきた。全体が緑がかった建物を見て少し恐怖を覚える。
『こんなところに呼び出して、何をするんだろう…?』
恐怖と少しの好奇心を持ち、優恵は階段を上がった先にある扉をゆっくりと開けた。
昼なのにも関わらず薄暗い室内に心が寒くなる。携帯の光をつけ、当たりを照らしていると玄関中央に魁斗を見つけた。安心した優恵は魁斗に近付こうとする。
「来るな!!!!』
突然の怒号に優恵も壁も震えた。空気は刺激を受け、電気を放出しているかのようなヒリつきがある。
『ど、どうして…ですか…?』
「ごめんね、ちょっと、来ないで、そこで待ってて貰えるかな」
目が合っているはずなのに、悟ったような顔をする魁斗は遠くの景色を見ているような気がした。ここには無い、遠くの景色。
「僕たちが研究している内容、ちゃんと覚えてる?」
『も、もちろんです。』
「僕が、〈心理と生死〉について」
『…私は、〈心理と時空の関係性〉について…』
「うん、そうだね」
静けさで耳が痛い。相も変わらず空気は緊張感を放っている。目を逸らしたい恐怖感と、目を逸らしてはいけないような脅迫感に目眩がする。血圧が下がったかのような内側の寒気と緊張で、立つことが精一杯だった。
「気付いちゃったんだよね…」
小さな声で魁斗は呟く。
『え、な、なんて言いました…?』
「だから、気付いぢゅおぁっ、」
天井にヒビが入り、シャンデリアが落ちてきた。静かさは一気に弾け飛んだ。
肉が辺りに散らばっている。
「ぇあ…っうっ、ぼゎ」
打ちどころが悪かったからか、事切れることなく魁斗は息をこぼしている。
『ジェームス・ヒルトン……シャングリラ、私見つけたかも』
意味のわからない言葉を放ちながら優恵は肉を見ていた。
「ぎ、ぢゃる、わぇ……」
『もっと意味のあること言ってから眠ってよね』
空気と耳がヒリついたまま優恵は気がついたらホテルを飛び出した。
ただただ、走っていた。知るために。
気になることを、調べるために。
優恵は気になっていることがある。
いや、私は気になっていることがある。小説とかの物語を語る人物。あれって一体誰なんだろうって。
はぁ、優恵とか魁斗とか、呼ぶの疲れちゃったよ。だって、全部私だもの。
疲れちゃったから、魁斗は消しちゃった。
まぁ、いいか。
みんなはさ、優恵が狂って全て壊して第四の壁さえ超えてくるって思ったんでしょ?半分正解だね。私は超えてるもの。優恵も魁斗もその他全ての人や創造物は私の1部に過ぎないからね、私の居る世界は私一人だけだし私がみんなであり私が宇宙そのもの。低次元に生きてるあなたたちにはわからないかもね。
脱線しちゃった、話を戻すね。
第四の壁の話だったよね。私はあなたたち読者と呼ばれる人を観測できているから、うん。半分正解ってことで。
唐突なんだけどさ、「」とか『』の使い分けで、あれ?魁斗は優恵に乗っ取られて来てない?頭重たいとか言ってたし、もしかしたら有り得るかも!って思ったよね。全然ありえない話だったけど。
ミスリードってやつだね。
ずーっと不思議に思っていたことがあるんだよね。あなたたちは本屋に行って気になる本を手に取ったり、携帯で並べられた文章を読むことで私たちの物語へ干渉してくる。自分は読者だって無意識的に思ってね。
でもそれっておかしな事じゃない?一体いつから読む側だと感じていたの?この文章を見ている間もあなたは読む側だって思っているでしょ?
おかしな話だよね。うん、すごくおかしな話。
あなたたちは読まれる側なのに。
一人一人に人生があって、それぞれの物語を歩んでいるでしょ?私はそれを観測している。この意味、もうわかるよね。
それじゃあ私の話はおしまい。あなたたちが死んだあとも物語は続く。いつ死ぬかなんてあなたたちには分からない。あなたたちには。でもね…。いや、なんでもない。それじゃあ、少ない今を楽しんで。
【終わり】
あなたの物語を、今度読むね。