1日目
【1日目】
8月19日、今日も夏の暑さは止まることを知らない。
『昨日はなんであんなに見蕩れてしまっていたんだろう………。』
まぁいいか、とあくびをしながら優恵は起き上がる。
見慣れた天井から目を離し、大学へ行く支度を済ませ外へ出る。
いつものバス停へと歩いていると魁斗を見かけた。声をかけようにも昨日の出来事が脳を過り上手く言葉が出ない。
自身の不甲斐なさに嫌気がさしていると、バス停へ先に着いた魁斗が声をかけてくれた。
「昨日は大丈夫だった?」
『…? 大丈夫…でしたよ。』
『そっか、それなら良かった』
魁斗は思っていたより元気そうで安堵する優恵達の前にバスがとまった。
「んじゃ、乗ろっか」
優恵はコクンと頷いてバスへと乗り込む。
アスファルトの熱が一層増した気がした。
乗り込む寸前に瞳孔に映り込んだ血肉は乾き赤黒くなっており、昨日の気持ちが嘘のように嫌悪へと変わった。
大学へ向かう一方通行、ただそれを見つめていた。
「それじゃあ僕は取っている講義が違うから、また終わったら連絡するね」
『はい、わかりました』
優恵は簡単な会話を終わらせ、研究室へと向かった。2人は同じ学部ではあるが研究科目が違うため、学内で会うことはあまりない。
講義後に互いの研究経過を報告し、議論することで固まってしまっていた思考を柔軟にし、より良い結果を得ることが出来るため、ではなく同じ立場で、同じ目線で、二人の世界で話せるこの時間を優恵は好きだった。
「ということで、人の生死と密接に関わってるんだと僕は思うんだよね」
『…』
「あれ、どうかした?」
『あ、いえ、少し考え事をしていただけです』
『そ、そっか、体調が悪いとかじゃないなら良いんだけど』
魁斗の優しさに嬉しくなりながらも優恵は真剣に議論を交わすよう振舞った。
「すっかり外も暗くなっちゃったね」
『そうですね』
星しか見えない見慣れぬ空を浴びながら2人は帰路へと着く。
「最近頭?が重たいんだよね」
『頭は重たいですよ』
「そうじゃなくて!」
他愛ない話ではあるがその数秒がずっと続いて欲しいと優恵は感じていた。
しかし、楽しい時間はそう長く続かない。
「それじゃあ、僕はこっちだから」
優恵に背を向け歩きながら手を振る彼の背中はどこか寂しく、追いかけたくなった。
『まだ…だめ、今じゃない』
この思いを告げるのは、まだ先で良い。
2日目に期待しよう。
そうして優恵も彼に背を向け歩を進めた。
【終わり】