弟の記憶
やっぱりゼインはいたんだ
ぼくの記憶の中だけじゃない
この世界にゼインがいたことが
それが嬉しかった
しかし今まさにハウィーは戦う時だった。
父と母は僕を騙しているのか?
信用なんて出来ない…
自分の力だけ信じるんだ…
でもどうすれば…
ふと暗い天井近くのマットの絵画のレプリカが目に入った。
"True"という絵画だ。
"僕は左利きだからピカソお兄ちゃんとは逆に汚れが着くね!"
あの懐かしい庭でお互い描き合っていた頃のゼインの声が頭に過る。
俺は右利きだったがゼインは左利きだった。
マットの絵は豪快にも描いた跡が残っていた。
曲線の左に手の跡が…
マットはあの日入学式で集まるファンにサインをどちらの手でしていた?
右手だ…
兄は恐ろしい事に気付き始めた。
マットの有名な絵画"True"は
幼い頃の庭そのものだ。
黄色いベンチ、蔦の蔓延り方…
まさしく、あの懐かしい庭…
日曜日。マットはファン・レターの束を炉に入れて嗤った。
「ダリン、こいつらは俺に書いてるんじゃないんだ。」
社長の息子であるだけでなく名声まで手に入れたマットは傲慢さと繊細さを持ち合わせており、癇癪を起こしていた。
「ダリン、もうお金なんて俺いらないのさ。
お金に寄ってくるやつに興味なんてないんだ。お金が無くなれば消える程度の付き合いならいらない。
俺の能力に、人柄の魅力に寄ってくればそれは本物だろ?」
「貧乏な家の子に絵を描かせる能力と人柄かい?」
社長であり父親のダリンは可笑しくて仕方ないらしい。
「お前は才能で黙らせられないのさ。」
その一言は一層マットを真意に負けた顔にさせた。
ノックの音がした。
秘書がダリンに耳打ちした。
「マット、お前に会いたいらしいぞ。
ファンなのかな?」
(誰だ?不躾にもこの美しい邸宅に何の連絡もなしに…)
いつの間にか険しい顔をしたハウィーが、ラタンのソファに深く腰掛けたマットの目の前に立っていた。
顔を舐めるように見ていたが突然マットはあの日の子どもの顔が頭に浮かんだ。
ゼイン…才能の塊。
その兄だ。顔が似ている…
「君は誰なの?」
「ハウィーです。あなたは誘拐しましたよね。
僕の弟…」
「ゼイン?」
「名前、よく知ってますね?」
「よく使える人間のことはよく知ってるもんなのさ。隠す気はないよ。
君以外を黙らせたからだよ。」
続け様にマットは話した。
「あの日に何をしたか言ってあげようか。
ダリンはまず関係者を殺そうと思ったんだよ。
でもお金で黙らせたのさ。
村じゅう、君の弟を知る人をね。
ただ君の存在を隠していたんだ。あの汚い親がね?」
「汚い親?」
「希望を見出していたんだろうね、君にね。」
奥からダリンが口を出した。
「愛は永遠なんだよ。それが離れていても。国境が間にあったとしてもね。」
ダリンはロマンチストな一面があった。
「タイミングは今しかないのさ。
お前に分かるかい?才能の無い、お金持ちの気持ちが。」
マットはふんぞり返りながらそう言った。
「あなたの絵の秘密を僕は知ってますよ」
「へえ、何?絵は展示してある。見れるよ!有名な君の弟が描いてて良かったねえ」
「弟はいつも絵を2枚重ねてるのさ。」
マットはすぐにハウィーに目を向けた。
「壊せば、分かる。」
ハッタリも良い所だ。
一時間ほどの話の後。
「ゼインを返してくれる?」
「喘息を拗らせてね、死んだよ。」
マットは渋い顔をした。
「だから次作に自信が無かったんだな?」
ハウィーは問い詰めた。
「それで稼いだ金や名声は自分の物なのか?」
ハウィーは家への帰り道を歩きながら、弟の、ゼインを思い出していた。
ありがとう。ゼイン。
俺にとっての復讐だよ。
マットに渋い顔をさせたんだ。
お兄ちゃん、やるだろ。
数日後、ニュースが流れた。
「マットさん、今までの作品を全部焼却したらしいわ。
まさに芸術ね。プライドが許さないのね。」
「でも急すぎるな。」
両親はブツブツ顔を見合わせて、時々チラリとハウィーを横目で見ては話している。
ハウィーは何も出来ないような、放心で途方に暮れていた。
無力な自分を嘆く力すら湧かないのだ。
「新作も出すらしいわ。」
「へえ…」
(有名なら何しても上手くいくもんだからな。)
「今からお披露目らしいわ。」
マイクを向けられたマットがテレビに映る。
「嬉しいです。応援して下さる皆様に幸運の雨が降るように」
「まさに芸術家ですね!言葉の端々もアートだ」
とインタビュアー。
そのテレビ・ショーの大目玉。
絵画のお披露目だ。
「これが"ナウ・オア・ネバー"
マットの新作です!」
ハートの形の…これは何だ?地球?
ハートの地球…
俺の趣味に意外に合う物を描くんだな、この人…
ん?これは俺の絵?
俺の絵じゃないか?
いや、少し違う。
模写だ
10年前に馬鹿にされていた
俺の絵
Love is forever…
ゼインは生きている