35.構わないぞ?
『構わないぞ? 私は見ての通り食べられないから、味の良し悪しが分からない。どんどん改良して美味しくしてくれると助かる』
現実世界で見たことのある情報をもとにして、試しに作ってみただけだ。家で料理をすることはあるけれど、半分はAIちゃん任せ。店に出せるレベルの料理を作れるなどと驕るつもりはない。
私の答えを聞いて、緊張を緩めるポッタお婆ちゃん。雇い主に意見してクビにされないか、不安だったのかな。
『気になったことや改善したい点があれば、遠慮なく伝えてほしい。より美味しくて、素敵なパンケーキ屋にしたいのだ。でも私は色々な所へ行ってみたいから、この家にも店にも、いつもいるとは限らない。気付いたことを報告してくれればありがたい』
「そうかい、そうかい。では僕から! お店のことだがね! 内装も外装も、地味すぎる! ぜひ僕に任せてくれたまえ! アーティスティックに」
『却下する。ポッタお婆ちゃん、ポル君。ピカーンが妙なことをした場合も、知らせてくれると助かる』
椅子に座ったまま踊り始めたピカーンが、愕然として私を凝視する。ポル君たちもピカーンの性格は掴んでいるらしく、苦笑して私に頷いてくれた。
ガドルは呆れ眼でピカーンを見ている。きっと明日の朝は特訓が待っているのだろう。私は寝ているから、見ることはないけれど。
試食会を終えて後片付けをすると、それぞれの部屋に分かれて就寝。私はガドルと同じ部屋だ。
「巧くいくといいな」
「わー!」
きっと巧くいくさ。
ガドルが差し出してきた拳に葉を合わせる。
リングから取り出した神樹の苗君に聖水を掛けてから、ログアウト。
※
そしてついにパンケーキ屋『幸せのパンケーキ』の開店日。お店の名前はポル君が考えてくれた。
「わー……」
店に入ってきたお客さんを見て、私は思わず黄昏てしまう。ガドルも頭を抱えている。
庶民の服を着て帽子を被っていても、ばればれです、キャーチャー閣下。
もしかすると隠す気がないのかもしれない。相席になったお客さんと談笑を始めた。自然体すぎるだろう。
注文を取りに行ったポル君の頭を撫でてから、『ドカーンと火花散る北の山パンケーキ』をご注文。
「わー……」
それを頼むのか。チャレンジャーですね。
ドカーンと火花散る北の山パンケーキは、ピカーンが考案したパンケーキだ。パンケーキの上に、モンブランのように焼きそばを盛り、花火を立てる。
焼きそばパンがあるのだから、焼きそばパンケーキがあったっていいよな。焼きそばが日本とは思えぬこの世界にあることに比べれば、大した問題ではないはずだ。
パンケーキの上でぱちぱちと飛び散る花火を見て、目を輝かせるキャーチャー閣下。他のお客さんからも拍手が上がって好評みたいだ。焼きそばパンケーキだけど。
気になるお客さんは、もう一組。
フードで顔を隠し、こそこそと奥の席に座るローブ姿の三人連れ。怪しすぎて、他のお客さんも気になるのだろう。ちらちらと視線を向けているよ。
うん。ピグモル神官長とポーリック神官、それにドドイル神官だな。本当に来てくれるとは思わなかった。それだけ私のことを気に掛けてくれているのだと思うと、素直に嬉しい。
こそこそと話し合ってた三人は、『普通のパンケーキ』を注文した。清貧を重んじる聖職者として、彼らなりの妥協点なのだろう。
薬師ギルドのルルガノフお爺ちゃんも、薬師ギルドの職員を連れて来てくれた。お爺ちゃんたちが頼んだのは、『お婆ちゃんの昔懐かし朱豆パンケーキ』。
ポッタお婆ちゃんが改良してくれた、優しい甘さの朱豆餡が添えられている。
ルルガノフお爺ちゃんは家主さんでもあるのでご挨拶に根を出す。
「うん、美味しいね。これなら他の人に紹介しても大丈夫そうだね」
「わー」
嬉しいお言葉を頂いた。
今後もお客さんが増えそうだ。
「にんじーん! 来たよ」
「わー」
陽炎やハッカたちも来てくれた。
ハッカが『幸運の蛇苺パンケーキ』を。シジミは『ベーコンエッグパンケーキ』。陽炎が『謎クリームパンケーキ』を選ぶと、最後にサラダが『ちょこ花パンケーキ』を御注文。
幸運の蛇苺パンケーキは、西瓜苺のジャムと、ピカーンが白い部分を使って作った白蛇を乗せている。ちょこ花パンケーキもピカーンがバナナで作った花を乗せた可愛らしいパンケーキだ。しかし――
『大丈夫か? 陽炎。謎クリームパンケーキのクリームに使っている素材は、虫系の卵っぽかったぞ? 美味いらしいけれど』
こそりと囁くと、サラダとシジミがぴたりと動きを止める。しばしの間を置いてゆっくりと私に首を向けた。
「まじか……」
「そんな噂は出てたけど、やっぱりこの世界の食べ物って……」
二人とも顔が青ざめ、頬が引きつっている。
やっぱり拒否反応を持つプレイヤーがいるよな。そして肉を食ってしまったのか。
『陽炎とハッカは平気なのか?』
返す言葉が見つからなかったので、無表情なままの陽炎と、二人の反応を見てにまにま笑っているハッカに確認。
陽炎は注文した本人。ショックで表情が固まっているのなら、他のパンケーキに変えてあげないと気の毒だ。
「問題ない」
「ボクもへーき。慣れてるからねー。結構美味いよね」
サラダとシジミが愕然として陽炎とハッカを凝視した。
蝗とか蜂とかがメジャーな地域もある。陽炎とハッカはそういう地域の出身なのだろう。
一時期は蟋蟀もラインナップに加わりかけたそうだけど、定着はしなかったらしい。
蟋蟀ってトイレが汲み取り式の頃は、トイレに住みつく虫の定番だったみたいだからな。昆虫を食べることには忌諱感のない人も、抵抗があったのだろう。
そんなことを考えていたら、陽炎とハッカの会話が届いた。
「サソリとか美味しかったよね」
「私はタランチュラのほうが」
待て。どこで食べた? 旅行先か? せめてもう少しソフトなチョイスを頼みたい。
サラダとシジミ兄弟が震えているぞ。私もちょっと引き気味だ。なぜ猛毒ばかり?
「わー……」
どんどんマニアックな話に入っていきそうなので、そそくさと退散する。
「盛況でよかったな」
ガドルに声を掛けられて、店内を改めて見回した。
皆パンケーキを美味しそうに頬張って、笑顔で楽しそうに語り合っている。店の名前通り、幸せが溢れているみたいだ。
「わー」
重曹を手に入れたことからの思い付き。だけどパンケーキ屋を開いてよかった。
『もっともっと、幸せでいっぱいの店にしたいな』
訪れた人が、幸せな気持ちになれるように。そしてもちろん、働く人たちも幸せな気持ちで過ごせる店に。