09.いったいどこにいたのか
いったいどこにいたのか、最初に見たときより人の数が増えている。
「わー……」
足りるか不安になってきた。足りなければ食パンをそのまま出して、皆で分けてもらおうか。
結果としては、足りた。
おかわりの要求はお断りした結果だけどね。
量に限りがあるし、二杯目は回復力が減ってしまう。一杯目だと言い張る人もいたけれど、EPを見れば一目瞭然なのだ。
冷たい? 無理をしてまで彼らを養うつもりはない。これはただ私の自己満足なのだから、自由にやらせてもらうさ。
「わ!」
じゃ! 私は帰る。
いや、帰るところなんてないんだけどさ。とりあえず立ち去るよ。もう用はないし。
そう思ってスラムに背を向けようとしたけれど、ふと思いついて踵を返した。
「わわわわ~」
スキル【癒しの歌】を発動。そして倒れる私。
「人参さん!?」
「大丈夫? 人参!」
心配してくれる、スラムの優しい人たち。
ありがとう。
でも、なんで皆、私の名前を知っているのさ? 名乗ってないのに。
それはさておき、自分の状態を確認する。
MPだけでなくEPまで0になっていた。そしてHPバーが点滅している。
……。
瀕死じゃないか!
恐るべし、【癒しの歌】。MPだけでなくEPやHPまで奪うとは。
しかしマンドラゴラの悲鳴を聞いた人間は気絶すると聞いていたのに、マンドラゴラのほうが気絶するとは。
などと呑気に考えている場合ではない。
「わー!」
植木鉢カモン!
出したのはいいけど、這い上がる力も残っていなかった罠。
「ここに埋めればいいの?」
「わー……」
親切な子供が私を持ち上げて、植木鉢の腐葉土に埋めてくれた。ありがとう。
HPの減少が止まったので、ほっと一息吐く。しかしEPが回復しない。
MPが枯渇しているから、EPは減少を続けているはず。腐葉土による回復と均衡状態になっているみたいだ。
命の危機は脱したけれど、このままだと身動きできないな。
「わー!」
【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】二リットル、カモン!
容赦なくばしゃりと降ってくる回復薬。植木鉢の中は池になった。
まさか二リットル瓶がこんな所で活躍するとは。
【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】十本分の回復薬だ。つまり一本でHPが100、MPが50%回復する。
これはもっと作っておこう。
HPとMPが回復したので、EPも徐々に回復し始めた。これで安心だ。
「わー」
ふうっと息を吐いて視線を上げると、スラムの人たちが、呆気に取られた顔をしていた。
「わ?」
どうしたの?
「すげえ。今の何だ?」
「何かの回復薬みたいだけど、大瓶で売ってるのか? 対象が小さいだけに、凄い光景だったな」
二リットル瓶が原因でした。
やっぱりあれは、外に出したらアカン奴だったかもしれない。
植木鉢に埋まっている私の下へ、次々と人が集まってきて礼を述べていく。
使い道のない食パンを茹でたパン粥を振る舞っただけなのに、予想以上の反応である。
この世界の人たちは律義で、恩を大切にするみたいだ。
「お前の変な歌を聞いたら、痛めていた腕が、少しだが動くようになったぞ。助かった」
「あなたのお蔭で、腰の痛みが和らいだわ。ずっと歩くのも大変で働けなかったの。ありがとう」
「ありがとう。咳が楽になったみたいだ」
パン粥ではなく、【癒しの歌】へのお礼だった。
凄いな、【癒しの歌】。
さすがに全快させるまでは至らなかったみたいだけど、歌を聞いた人全員が、何らかの恩恵を受けたみたいだ。
序盤で手に入る治癒魔法って、指定した一人を回復する程度だと思っていたのだが。マンドラゴラの性能は高すぎないか?
大人たちのお礼合戦が一段落すると、今度は子供たちが寄ってきた。
「人参は異界の旅人なの?」
「わー?」
子供たちはお礼を言いに来たわけではなく、私に興味があるらしい。
だが、異界の旅人ってなんだ?
「異世界からきた旅人のことを、『異界の旅人』って呼ぶんだよ」
「わー!」
どうやらプレイヤーを指しているらしいので、肯定する。
すると、なぜか子供たちの表情が曇った。プレイヤーは嫌われているのだろうか?
子供たちを見つめていると、異界の旅人について教えてくれた。
異界の旅人は、時々現れるそうだ。
ただし今回みたいに、まとまった人数が一挙に訪れることは稀。大挙して訪れたのは、邪神が現れた時以来だという。
だからまた邪神が現れるのではないかと、不安を感じているらしい。
「異界の旅人は、色んな種族がいるよね?」
「獣人はここにもいるけど、耳の長い人とか、鱗のある人とか、初めて見た」
耳の長い人というのは、エルフだろうか。鱗はリザードマン?
選べる種族はざっと流し見ただけなので、よく憶えていないや。
子供たちの話をまとめると、私たちがいる国の名前は、ベボール王国というそうだ。そしてここはファードの町。
ベボール王国――もしかしたらファードの町限定かもしれないが――には、異界の旅人が来るまで、人間以外の種族はほとんどいなかったらしい。
獣人は時々流れてくるけれど、市民として定住する人はいないそうだ。大抵は訳ありで、根なし草の冒険者かスラムの住人となる。
彼らの地位が極端に低いというわけではなく、余所者である獣人を雇うより、地元の身許が確かな人間を雇うというのが理由だ。
獣人には気の毒だが、納得してしまった。
「俺、町の中にスライムがいたから倒そうとしたら、近くにいた異界の旅人に怒られたんだ。ややこしいよな」
この世界で魔物は、人類の敵とされている。事前の説明でも、魔物を討伐することでレベルが上がり、報酬を得られるとあった。
それなのに魔物を選択したプレイヤーが町の中をうろつくのは、住民に恐怖を与えるよな。
逆に魔物プレイヤーに慣れてしまったら、本物の魔物が迷い込んでも討伐をためらって、負傷者が出かねない。
運営は何を考えてこんな設定にしたのだろう。
子供たちが喋り続け、要所要所で近くにいた大人たちが説明を加えてくれたお蔭で、いい暇つぶしと勉強になった。
途中でワールドアナウンスが流れてきたけど。
≪パーティ『中華饅戦隊』によって、【西の森】のボス【大蜘蛛】が倒されました。これにより、【セカード】の町が解放されます≫
「わっ!?」
ちょっ!?
パーティ名! 中華寄りなのか、食い物系なのか、戦隊系なのか、気になるな。見てみたい。
「わー!」
EPが回復したところで植木鉢から出た。お礼代わりのお辞儀をしてスラムを去る。
言葉は通じないが気持ちは通じたのだろう。子供たちがスラムの入り口まで送ってくれた。