31.すまん
「すまん」
私の反応から、外れアイテムを引いたと感じ取ったのだろう。ガドルがしょんぼりと虎耳を垂らす。
『私のほうこそすまない。配慮の足らない反応をした。アイテムが残念ということではなくて、その、ガドルの運のなさがな……』
ガドルはとにかく運が悪い。レアアイテムを引けないどころか、逆の意味のレアアイテムを引いてしまうほどに。たぶんおみくじを引いたら、大大大凶とか出しそうだ。
フォローしたつもりが追い打ちを掛けてしまったらしい。耳だけでなく尻尾まで垂れてしまった。すまぬ。
一方、私が選んだ種は白黒の縞模様に変化している。鑑定結果は、『古太陽花の種油(低脂肪)』と出た。VR空間なのに脂肪を気にせねばならぬのか。世知辛いな。
「わー……」
複雑な気分で立ち尽くしていたら、ガドルが労わる眼差しを向けてくる。
「わー?」
「気にするな。にんじんの運は、俺よりずっといい。きっと次はいい油を引けるさ」
「わー……」
なにやら勘違いされてしまったみたいだ。
慰められながら鷲掴みにされて、肩に乗せられる。
「次に行くぞ」
「わー!」
気持ちを切り替えて進んだ先で、再び古太陽花と遭遇。危なげなく倒して手に入れたのは、二人揃って古太陽花の種油。これはお店で使っても問題ないな。
葉を煌めかせながら揺らせば、ガドルも白い歯を見せてにやりと笑う。
古太陽花を何株が倒したところで、新たな魔物とご対面。一見するとしだれ柳に見えるけれど、よく見れば違った。細長い葉を枝に茂らせ、青や紫の実をぶら下げている。
たぶん古鳩卵木だと思うのだけれども、私の知っているオリーブの木と違う。棘だらけのしなる枝を振り回して襲ってきた。ついでに実も飛ばしてくる。
壁や床に当たった実が、弾けて火焔を上げた。
「わーっ!?」
しかし涼しい顔で攻撃を避けたガドルに反撃されて、南無。
手に入ったのは古鳩卵木の果肉油。ガドルが選んだのは、古鳩卵木の古果肉油。
それからも時々古鳩卵木を倒しながら、古太陽花を討伐していく。
結構な量の油を回収したところで、新たな魔物が現れた。
濃い緑色をした艶々の葉っぱ。丸く咲いた赤い花。天井にぶら下げれば、垂れ幕が出てくる大きな薬玉にも見えそうだけれど、特徴を見るに椿だな。真打ち古椿のお化けだろう。
開いた花弁の中には黄色い花芯ではなく、歯があった。細く鋭い歯が無数に生え、滴る何か。涎っぽい液体を撒き散らしながら、私たちに牙を剥き襲ってくる。
「わー……」
即座にガドルに刻まれる古椿。南無。
残された花弁を一枚選ぶと、『古唾木の花油』が手に入った。椿油は種から絞るものだと思っていたけれど、違ったのだろうか。そして椿は花ごと落ちるはず。もしかして、つばきと自称する山茶花だった?
・・・
二日掛けて、たくさんの食用油を手に入れた。リングにはまだ余裕があるけれど、ポル君たちの引っ越しもあるため帰還することにする。
『そういえば、ハッカが十層目に行けば転移で地上に帰れるのではないかと言っていたな。どうする?』
ここは八層目。十層目に行くには、九層目を抜け十層目で浅層の階層ボスを討伐すればいい。来た道を戻るより早いだろう。無駄足になってしまうかもしれないけれど。
ガドルは少し考える素振りを見せた。
「あるとしたら、階層ボスを倒した後に出る宝箱の中だろう」
なるほど。
納得していたら、ガドルから強い視線を注がれる。
「わー?」
どうした?
「にんじんは、早起きはできないんだよな?」
「わー?」
早朝ならばログインできなくもないけれど、どうした?
ガドルの虎耳が落ち着きなくぴこぴこ動き、首筋がほんのり赤味を増す。
「……俺だけで、引き当てられると思うか?」
「わー……」
ガドルはとことん運のない男だ。魔物からレアアイテムが出た試しはない。私が一度も出したことのない逆激レアアイテムならば、ちょくちょく当てているけれど。
この層だって、ガドルは酸化して使えない油を出す確率が高かった。私は一つも出ていないのに。他の層で金魚提灯から爪楊枝が一本だけ出てきた時には、吹き出すのを耐えるのに苦労したよ。
たぶんだけど、ゲームの調整が入っているのだろうな。こんなに強い住人が仲間になって、普通にアイテムを手に入れられたら、そのプレイヤーは何もしなくてもトッププレイヤーだ。他のプレイヤーがやる気を失くしてしまう。
「……。わー……」
やはり私、闇討ちされかねぬ。チャコガエルになって土に潜り、身を隠しておこうか。
考察は後にして、今どうするかだな。
『ならばこれから行くか? 遅くなるから明日は午前中、ゆっくり休んでくれ』
ちょっと夜更かしになるけれど、言いだしたのは私だ。AIちゃんに怒られるかもしれないけれど。戻ったら平謝りしよう。
「そうだな。……聖水を貰えるか?」
少し考える仕草をしたガドルが答えた。
「わ?」
思わぬ要望を受けて、変な声が出てしまった。
聖水を使えば、死霊系への攻撃力と防御力が上がる。だけどガドルの強さなら、使わなくてもお化けたちを蹴散らすのに支障はない。お化け密度の高かった前回でさえ、ガドルは私が勧めても中々使わなかったほどに。
私の反応を見たガドルが苦笑を漏らす。
「なくても行けるが、急ぐだろう?」
「わー!」
出さない理由はない。聖水が入った小瓶を出し、私とガドルに掛ける。そしてガドルの掌に乗り、一人マイムなマイムを踊った。聖水を掛けた後に神官が踊ると、効果が長持ちするのだ。
「わわわ、わっわわわっ!」
私とガドルがぺかーと光る。これで準備万端だ。
「しっかり捕まっておけよ」
「わー!」
ガドルの左肩――風除けを兼ねて背中側にぴとりと貼りつき、疾走の衝撃に備えた。いつでも来い!
笑みを消したガドルの目が鋭く前方を射る。本気の表情だな。
緩やかに彼の踵が宙に浮く。そして母趾球が地面を蹴った。
「――っ!? わああぁぁぁぁーっ!?」
ちょっ!? 風圧でニホンアマガエルの着ぐるみのフードが後ろへ外れた! 葉っぱがばさばさなびいて根元を引っ張り、地味にダメージを受けている。頼むから禿げてくれるなよ。
「やはり、にんじんの聖水は凄いな。魔物の攻撃が全く効かん」
「わああぁぁぁぁーっ!」
お役に立てて何よりだ。私には魔物の攻撃どころか、魔物の姿も認識できぬがな! 白い壁にあったはずの凹凸も消えて見える。