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30.だったら、これも

「だったら、これも渡すね」


 ハッカが取り出したのは、皿やフォーク、スプーンといった、お店で使えそうな食器だ。皿は一層目、フォークやスプーンは六層目で手に入る。


「わー?」


 いいのか?


「そんなに使わないからねー。高く売れるとも思えないし」

「わー……」


 肩を落とすハッカを、なんと慰めてあげればいいのやら。

 ああ、そうだ。

 ハッカたちは、聖水がなくて困っている様子だった。油を貰うときに交換するのが妥当だけれども、明日からは別行動。また盆踊りみたいなのに捕まったら大変だ。

 とりあえず、一人一本でいいかな。足りないようなら追加で出そう。

 リングから小瓶入りの聖水を四本取り出す。


「え? 聖水?」


 聖水を凝視するハッカたち四人。おもむろに顔を上げて私を見る。


『私ばかり貰いすぎだからな』

「いいの? これってお高いんでしょ?」

「わ?」


 そうなの? 小瓶だぞ?

 確かにキャーチャー閣下からかなりの対価を頂いたけれども、彼は王族。金銭感覚がおかしい可能性があるので、適正価格なのか分からないのだよな。私が聖水を買ったことはないし。


「高いんだよ! しかも神官から、聖水を作ってくださった、ありがたーい聖人様の、長あーい御話を聞かないと買えなくて、プレイ時間が限られている人は入手できないんだよ! 転売されているのはぼったくり価格ばっかだし!」

「わー……」


 何してるの? ピグモル神官長。聖人参様の布教なんてしなくていいのだよ? 私が掲示板で話題になったって話、神殿のせい?

 ハッカがまだ説明してくれていたけれど、聞きたくない。もう寝よう。

 ガドルは明日も朝から行動を始めると思うので、ニホンアマガエルの着ぐるみを装備したまま、床に盛った腐葉土に潜る。


「え? にんじん、何それ? なんで土に潜るの?」

「わー?」


 ハッカたちが目を丸くしている。


「蛙だからか? 土に潜って冬眠するんだよな?」

「わー!?」


 サラダが指で突いてきた。失礼だぞ!

 たしかにチャコガエルは地中棲で土の中にいる時間が長い。冬眠ではなく夏眠もするけれど。


『私はマンドラゴラだからな。食事は腐葉土から吸収するのだ』


 四人から、可哀そうと書かれた眼差しを注がれる。

 くっ。たしかにこの世界、五感がしっかりしているから、料理を食べられたら楽しいのだろうとは思うさ! だけどマンドラゴラライフが気に入ってしまったのだから仕方あるまい。


「わー……」


 現実世界に帰ったら、美味しい物を食べよう。


『おやすみ、ガドル。……ああ、これ、後で飲んでくれ』

「おやすみ、にんじん。ありがとう」

「わー」


 こうして私はログアウト(ふて寝する)


「ちょっと待って! それ回復薬じゃん! え? なんで飲むの? え? 使い方が――」


 ガドルに渡した【友に捧げるタタビマの薫り】を、横からこっそり鑑定したらしきハッカが騒ぎだしたけれど、最後まで聞き取る前に回線が切れた。



・・・



 昨日は目的の八層目手前の階段でログアウトしたわけだが、ログインするとそこは階段ではなかった。ハッカたちの姿もない。


「目が覚めたか? とりあえず、これをしまっておいてくれ」

「わー」


 どうやら私がいない間にも、ガドルは魔物を討伐して油を集めてくれていたみたいだ。ガドルが差し出した袋には、たくさんの球体が詰まっていた。たぶん、中に油が詰まっているのだろう。ありがたくリングに回収させてもらう。


『ありがとう』

「構わん」


 アイテム一覧でアイテム名を確認すると、やはり油だった。『古太陽花ふるたいようばなの古種油』という種類が多いな。次いで多いのが『古鳩卵木ふるくらんこの古果肉油』。

 古太陽花は向日葵かな。だとすれば古太陽花の古種油は、向日葵油だろう。古鳩卵木は……。


「わー?」


 鳩の卵。そして果肉の油。

 ノアの方舟から飛び立った鳩が咥えて戻ってきたのが、オリーブの葉と言われている。オリーブの実は卵形。大きく育った実であれば、鳩の卵と似ていると言えなくもない。そして果肉から絞る油といえば、オリーブ油が有名だ。以上の推察より、古鳩卵木はオリーブではなかろうかと思う。


 気になる点といえば、古太陽花の種油という油もあることだ。油の前に『古』が付いていない油があるということは、古種油と古果肉油は古い油なのかもしれない。

 ガドル、また不運を発揮したのだな。

 とりあえず、食用油が手に入ることは確認できた。これでパンケーキ屋開店にまた一歩近付いたわけだ。


「わー!」


 喜んでいたら、前方でざわざわと動く気配。生成り色のロープが、にょろにょろと地面や壁を這って伸びてくる。その先を見れば――


「わ!? わー……」


 大きな向日葵が咲いていた。こいつが古太陽花だな。

 目にも鮮やかな黄色い花弁は、牛の舌を思わせる厚みと長さ。大きな葉っぱを幽霊の手みたいに垂らし、こちらに近付いてくる。ロープに見えたのは、古太陽花の根だった。

 たしか、古椿の霊というお化けがいたな。

 我々を察知した古太陽花が、俯けていた花を上げてこちらを向く。そして、種が発射された。


「わーっ!?」


 一斉に放たれる無数の種は、一粒一粒が握り拳くらい大きい。当たったら私など吹き飛びそうだ。

 地面を蹴ったガドルが、壁を駆けて古太陽花の後ろに回り込む。擦れ違う瞬間、ガドルのクローが閃いた。銀色の三本線が縦横無尽に描かれ、後に残るのは、ばらばらになった古太陽花の残骸。


「わー」


 南無。

 しばらくすると古太陽花が消え、代わりに種が現れる。地面に下ろしてもらって、ガドルと一つずつ選ぶ。

 放置しておいてもリングが回収してくれるのだが、その場合は私の分しか手に入らない。だがきちんと拾えばガドルの分も手に入るのだ。

 私たちが種を選ぶと他の種は消え、選んだ種の色が変わった。


「ほら。種油だ」

「わー!」


 ガドルが差し出してくれた黒い種を鑑定してみる。リングに入れた状態では、鑑定できないからな。


【古太陽花の古種油】

 古太陽花から絞られた古い種油。食べても死にはしない。



「わー……」


 やはり古い油だった。死にはしなくてもお腹を壊すかもしれない。店で使うのは控えたほうがいいかな。


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にんじんが行く!
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一迅社ノベルス様より、9月2日発売!

― 新着の感想 ―
[良い点] 古くてお腹壊しそうな油? ハハッ、そんなの大丈夫大丈夫! 聖人参サマがちょちょっと踊れば、ピカッと光って超レア聖油の完成さ!
[一言] 古いのは燃料油利用かな? お約束としては石鹸作りがあるけれども、にんじんがあえてゲーム内でそれをする理由も無いですしね。
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