29.前方ではサラダとシジミが
前方ではサラダとシジミがせっせとお化けたちと戦っているけれど、ハッカも陽炎も参戦するつもりはないみたいだ。マイペースに二人の後を付いていく。
くすくすと笑ったハッカが、ふと何かを思い出したかのように笑みを引っ込めた。
「そういえば、にんじんは中華饅と知り合いなの?」
「わー?」
中華饅戦隊は、東の草原を初制覇しセカードの町を解放したパーティだ。たぶん強いのだろうけれども、メンバーは一癖も二癖もありそうな人たちで、極力関わりたくない。私をカレーにしようと狙っている節があるしな。
『この世界で何度か会って喋ったことはあるが、それほど親しくはないぞ? 何かあったのか?』
「そうなの? それにしては気にしているみたいだったけど。後ろ盾に名乗りを上げてたし。……あー。ほら、にんじんって、やっかみを浴びそうじゃん?」
ハッカの視線がガドルをちらりと見る。
「わー……」
やはりそうだよな。
ガドルは強い。他の異界の旅人たちが頑張って魔物と戦っているのに、私はガドルの肩に乗せてもらっているだけだ。ほとんど戦闘らしいことはしていない。
第三者視点で見れば、妬まれても文句の言いようがない状態である。
あれ? もしかして私、一人で歩いていたら闇討ちされかねない?
「わー!?」
「にんじん?」
私の悲鳴に慌ててガドルが顔を向けた。心配そうな顔だけれども、真実は告げられない。
優しい彼のことだ。共に居ることで私が不利益を被るかもしれないと知ったら、悲しむのは目に見えている。彼の左右の耳元で話しているのだから、隠せてない気がするけれど。
「わー……」
葉を萎れさせていると、ハッカがくすくすと笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ? ちゃんと釘を刺しておいたから」
「わー?」
「掲示板でにんじんの話題が出ていたからさ。うちもにんじんの後ろにいるって匂わせておいたんだよ」
マンドラゴラ一株程度なら、誰でも一握り。だけど強いパーティが後ろに付いているので、手を出せないということか。
というか、掲示板で私の話題だと? 私、そんなに目立っていないはずなのに。そもそも、異界の旅人との交流があまりないからな。それでも情報は、どこからともなく漏れるということか。
『ありがとう。もしかして、私のほうが借りがあるのではなかろうか?』
油はお断りしたほうがいいか?
「気にしないで。こっちが勝手にやったことだから。押し売りするほど、あくどくないつもりだよ?」
そんなふうにハッカと喋っている間にも、ちょくちょく魔物が襲ってきていた。太鼓お化けとか。笛お化けとか。提灯お化けとか。金魚提灯のほうが強そうに見えるけれど、より深層にいるってことはノーマル提灯のほうが強いのだろうか?)
前言通り、ガドルは参戦せず、サラダとシジミが倒していく。二人が手間取っていると、陽炎も参戦する。ガドルみたいに一瞬とはいかないけれど、苦戦している様子は見当たらない。本当に強いのだな。
ガドルは耳を立てて警戒はしているので、いざというときは動くつもりだろう。でも大丈夫そうと見て、後ろから道順を示すことに徹していた。
『ハッカは参戦しないのか?』
「いいのいいの。若い者に任せとけば」
やっぱり中身は若くないのか。見た目は若い妖精なのにな。
オンラインゲームのアバターが現実世界の姿と乖離しているのはよくあること。実は中身が百歳超えのお爺ちゃんという可能性も無きにしも非ず。……百歳で年寄り扱いすると怒る人もいるから、百歳超えのお兄さんと言い替えておこう。
それはさておき、ハッカに対して、もっと礼節を弁えて話したほうがいいだろうか? 私より年上だよな。でもこの世界では少女の見た目だから、外見に合わせたほうがいいか。
「しっかし、魔物から手に入るアイテムはどうにかならないかねえ? ストローなんていらねえよ」
「わー……」
拾ったアイテムを見たハッカが愚痴る。
キャラを統一してくれ。唐突に出てくる中の人の人格に、少しばかり戸惑ってしまうぞ。
異界の旅人の実態を知らないガドルなんて、困惑して耳と尻尾の気が逆立っているではないか。
「よっし! フライパンを使おう!」
前方からサラダの声。
「兄さん……」
そして呆れた目を向ける陽炎とシジミ。
太鼓お化けのフライパンだな。サラダが使っているのは鉄製の丸いフライパンだが、太鼓お化けからは他にも、長方形の玉子焼き器やホットサンドメーカーも出るぞ。ちなみに提灯からは諸々の鍋が出る。
哀れフライパンで倒される提灯お化け。フライパンだけに、火に強いな。
・・・
祭囃子のお化けエリアを抜け、階段に到着。今日はここで終わりだ。
道中で盆踊り大会に二度遭遇したが、無事に成仏いただいた。南無。
私、あまり役に立っていないけれど、油を頂いてもいいのだろうか?
「え? 待って? 早くない?」
ハッカが驚きの声を上げ、ガドルの肩からシジミの肩へ移る。
「早いね。もう一日は掛かると思っていたのに」
入り口付近に留まり、憮然とした表情でひそひそ話す四人。
約束は階段までだ。放っておこう。
「わー」
お疲れ様、ガドル。ステーキ定食を召し上がれ。
階段に腰を下ろしたガドルに、リングから取り出したステーキ定食を差し出す。リングの中は時間が止まっているので、出来立てほかほかだ。分厚く食べ応えのある肉に、蒸した人参とジャガイモが添えてある。
「ありがとう」
受け取ったガドルが、さっそくステーキにかぶりつく。
今日は走りっぱなしだったからな。間食はしたけれど、腹が減っているだろう。後で【友に捧げるタタビマの薫り】も一本付けるか。
「あ、にんじん! 約束通り、この層で手に入れたアイテムを渡すね?」
ひそひそ話が終わったらしい。ハッカが話しかけてきた。
『別にいいぞ? 食用油だけで充分だ』
フライパンや鍋が大量に有っても、使い道がないからな。
「……わー?」
フライパンや鍋はいらないけれど、欲しい物があった。
『ストローだけ貰ってもいいか?』
「え? ストローなんて、外れアイテムじゃない? ……ああ、パンケーキ屋用か」
「わー」
納得していただけたらしい。