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28.ええーい! だったら

「ええーい! だったらこれでどうだ! にんじんはおと……雄株? だよね? こちらの美人、サラダとの一日デート権を進呈だ! 大丈夫。ちゃんとにんじんの理想の女性を演じさせるから」

「わー……」


 いらない……。

 これ以上疑っていても、余計にしょうもないものを押し付けられれそうだ。

 幻聴発動。


『見返りを要求しているわけではない。同行するだけにしては私に利益があり過ぎるだろう? 何か裏があるのではないか?』


 ストレートに質問する。

 ハッカはきょとんと目を丸くした後、脱力と共に破顔した。


「そういうことかあ。でもさ。にんじんだって分かるでしょ?」

「わー?」


 何がだ?

 困惑する私とガドル。……ガドルも理解できていないのだな。私だけでなくて安心したよ。


「もぉうっ! 本気!? それとも天然なの? この迷宮、セーブポイントが見つかってないんだよ! きりのいい十層目に到着すればセーブできて、地上へは転移で戻れるんじゃないかって推測されているけど」


 ハッカが癇癪を起して暴れ出す。シジミがどうどうと落ち着かせているけれど、落ち付く気配はない。溜まっているストレスは相当だったのだろう。

 しかし、十層目に到達するとセーブできるねえ。――つまり十層目に、神殿にある転移装置に似たものがあり、死霊系迷宮から地上に転移できるということだろう。そして次に死霊系迷宮へ来たときは、以前到達した層から始められるということか。


「わー?」


 ガドルに問う視線を投げてみる。


「そういう迷宮もあるが……」


 ここにはなかったよな? あれば前回潜ったときに一層目からではなく、ガドルがすでに到達していた三十階層から始めたはずだ。その場合は、初迷宮の私は置いて行かれただろうけれども。

 しかし私とガドルが迷宮に入ったのは、正式に死霊系迷宮が解放される前のこと。解放されたことで、システムが変わった可能性は否定できない。その辺はゲームだからな。


「もうね! 半月以上だよ? 死に戻れば地上に出られるって分かってるけど、わざとやられるなんて嫌でしょ? 迷宮を探索するのがメインになってるゲーム(いせかい)もあるけどさ! ここは違うでしょ!? もう出たいのー! 神官を連れて、さくさく進みたいのぉー!」


 きーっと叫びながら、ハッカが一反木綿のランチョンマットを噛みしめる。可愛い花柄だ。

 有効利用しているな。使い方が間違っているけれど。


 私もガドルと最初に潜ったとき、脱出までに一ヶ月以上も掛かった。途中まで経路を知っているガドルと一緒でもそれだけの時間を要したのだ。初見だと、いったい何ヶ月掛かるのやら。

 大金を払ってでも案内役を雇いたいと考えるのは有り得るか。

 私の心情としては、彼らと同行しても構わない。だけど私にはガドルがいる。というより、頑張っているのはガドルで、私は何もしていないからな。彼の意見を優先したい。


「わー?」


 どう思う?


「構わん。迷宮での助け合いは当然のことだ」


 あっさりと許可が出た。

 さすが男前ガドル! 私がログアウトしている間に異界の旅人と揉めたと聞いたのに、困った人に手を差し伸べることに躊躇がない。


「ありがとう! 御礼にこの赤毛を、好きなだけ貸してあげるから!」

「要らん」


 飛び上がらんばかりに――すでに飛んでいたな――喜びはしゃぐハッカが差し出した対価を、ガドルは即答で断る。とてつもなく不快な表情なのは、仲間を簡単に売るハッカに対してだろうか? それともサラダと一日過ごす状況を想像したからだろうか?

 後者だな。サラダを視界に入れたガドルの顔が、センブリでも飲んだかのように苦くしかめられたから。


「わ」


 あ。いいことを思いついた。


『対価は何でもいいのか?』

「いいよ!」


 確かめるために聞くと、ハッカが飛びついてきた。残り三人の顔にも承諾の意思が見える。よし。


『次の階層で、食用油が手に入るそうなのだ。それを譲ってくれないか? できれば迷宮を出た後で』


 リングに収納できるアイテムの数には限りがある。迷宮内で渡された場合、余剰分が無駄になってしまう。

 私の素晴らしい提案に対して、ハッカたちは不思議そうな顔だ。


「食用油? いいけど、何に使うのさ? というより、なんで次の層で出てくるアイテムを知っているの?」

「わー……」


 いかん。失言だったか。

 他の異界の旅人たちが死霊系迷宮へ入れなかった時期に入って、最下層まで到達しているのだ。知られたらやっかみを買うかもしれない。


『噂をだな……』

「ふうん?」


 疑いの目を向けられて、根が湿る。誤魔化さねば!


『油はパンケーキを焼くのに使うのだ!』

「パンケーキ? なんでパンケーキ? というか、そんなに油いる?」

『パンケーキ屋を開くのだ!』


 重曹が余っているからな。

 説明したら納得してくれた。しかし――


「神官を辞めて料理人になるの? 店舗機能は解放されたみたいだけど、まだショップどころか、持ち家さえ手に入れる方法は見つかってないみたいだよ? しばらくはお預けだねえ。開いたらお邪魔するよ」

「わー……」


 開店しても黙っておいたほうがいいだろうか。そして私が料理をするわけではないぞ。



・・・



 ハッカたちとの話はついたので、先へ進む。ガドルは彼らを引き連れて走るつもりはないみたいで、普通に歩いていた。


『しかし、異界の旅人を見ないな』


 せっかく陽炎たちがいるのだ。情報交換と行こう。


「ほとんどの異界の旅人は、まだ三層目辺りだよ。一層目で足止めされている人も多いみたいだね。トップはうちと中華饅戦隊で争ってるんだけど……」


 私の質問に、ガドルの右肩に座ったハッカが答えてくれる。じとーっとした目をガドルの左肩に向けてくるので、私も左を見る。壁しかないな。


『へえ。凄いんだな』


 そういえば以前、陽炎が自分は有名だと言っていた。自意識過剰でも、変なことをやらかして目立ったわけでもなかったらしい。


「棒読み!? そしてボクが見つめているのは、にんじんだからね? ソロでこんな所まで来るなんてさ。トッププレイヤーの仲間入りじゃん?」


 にまにまと嫌な笑みを浮かべて追及してくる。からかっておるな。


「わー」


 知らぬ。

 ふいっとそっぽを向いてやる。


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