27.そして聞こえてくる
そして聞こえてくる賑やかな祭囃子。
「わーっ!?」
やばい! 隠れて覗くつもりだったのに、私も操られてしまうではないか!
「わー……」
装備していたニホンアマガエルの着ぐるみから脱皮して、踊りながら道の奥を目指す私。ミイラ取りがミイラになってしまった。
「にんじん……」
ガドルが呆れた顔で私を見送る。彼も影響が出ているはずなのに、盆踊りに加わる気配はない。
くっ。私、レベルは結構上がったのに! まだ盆踊り大会の誘惑に抗えないのか!? 精神力はどうすれば鍛えられるのだろう?
「わー……」
心の内で文句を言いつつ進んでいく。
いつもは過保護なガドルだけれども、この後の予想が付いているからだろう。まったく焦りを見せない。
操られた状態で道を曲がった先に、盆踊り会場が見えた。
浮かんだ提灯お化けが照らす中。櫓の周りでお化けたちが踊っている。太鼓に鐘、笛、拍子木のお化け。そしてさり気なく混ざっている陽炎たち五人。
拍子木のほうが割り箸を落としそうに見えるのに、なぜ金魚提灯が箸を落とすのだろうな。ちなみに拍子木はトングを落とす。
「あー……。ここで終わりかあ。せめて戦って追い出されたかったな」
「ちょっと! ログアウトもできないんだけど?」
赤髪の綺麗なお姉さんことサラダと、妖精のハッカが騒いでいた。
「諦めろ。イベントの時に見ただろう? 神官の魔法か聖水がないと、これは解除できん」
「だから聖水を手に入れてから迷宮に入ろうって言ったのに。兄さんが一番乗りだとか言って駆け出すから」
表情を失くした陽炎が淡々と返し、シジミが肩を落とす。
そうか。盆踊り大会は聖水でも解除できたのか。……いやガドルに掛けたけど、効果はなかった。飲めばよかったのか?
「わー?」
使い方は分からないけれど、聖水を出したほうがよいのだろうか?
後ろをのんびりついてくるガドルを見上げると、苦笑された。
「あの四人なら、見られても大丈夫だろう。踊って来い。同じ阿呆なら踊らないと損なのだろう?」
「わー……」
違う。聞きたかったのはそっちじゃない。ここで聖水を使ってもいいかだ。
そして私は踊りたいわけではない。思い返してみれば、踊ってばかりいるけれど。しかしそれは聖水を作るためや聖魔法を使うために仕方なくであって、決して踊りたくて踊っているわけではないのだ。
悲嘆にくれていると、陽炎とばっちり視線が合った。
陽炎の虚ろだった表情に生気が戻り、目を丸くしたと思えば、目を逸らして口の端を引きつらせる。とても嫌そうな顔だ。
気持ちはよく分かる。踊っている姿を知り合いに見られたら嫌だよな。私には顔がないので分からないだろうが、心の中では私も顔を引きつらせているよ。
だがここは盆踊り会場。踊るのは恥ずべきことではないのだ!
「陽炎? どうしたの? って、にんじん!?」
自分に言い聞かせていたら、陽炎の視線を追ったハッカたちまでが私に気付き、驚いた顔をした。
揃って注目するではない。恥ずかしすぎるぞ!
「わー……」
遠くを見てしまうけれど、根は勝手に盆踊り会場へ向かう。
じりじりと近付いていく私に、ハッカが救いを求めてきた。
「にんじんって、神官だったよね? 御礼はするから助けて! そろそろ生命力が限界なの!」
「わー?」
踊っているだけなのに、生命力が限界とはこれいかに?
「あー。にんじんは討伐戦に参加していなかったから知らないのか。この盆踊り、踊り続けると生命力が減っていくんだよ」
「わー!?」
そんな危険な踊りだったのか!?
驚いている内に、祭りの輪に到達。陽炎たちやお化けたちに混じって踊る。
「わーぁ、わ、わ!」
太鼓お化けに合わせて、人型の者たちが足を止めて手を二度打つ。そして成仏していくお化けたち。
「わー」
南無。
私、マンドラゴラだけど聖人参なのだよ。神官の上位職業だ。だからお化けたちを成仏させる聖魔法が使える。使い方は見ての通り、盆踊りを踊ること。ちょっと現実逃避したくなる発現方法だよな。
「わー」
改めて、南無。天に昇っていくお化けたちに祈りを捧げる。
今度こそ、きちんと成仏するのだぞ。あの世でしっかり魂を休めたら、大切にしてくれる人の所に生まれ変わるといい。そうして末永く幸せな時を過ごせますように。
「え? 今の何? 神官だから聖魔法を使ったんだろうけれど、全部を一撃?」
ハッカたちがお化けたちの成仏も祈らず、何やら騒いでいる。
「わー?」
初対面でサラダが果たし合いを挑んできたものの、酔っていなければ常識人だと思っていたのに。故人の冥福を祈らず騒ぐとは。見損なったぞ!
「わー! わー!」
怒る私を、ガドルがひょいっと拾い上げた。
「一応迷宮の中だ。何があるか分からないから、肩に戻っておけ」
「わー……」
ニホンアマガエルの着ぐるみを再装備して、ガドルの左肩にぴとり。
話し合いが終わったのか、陽炎たちがこちらを見る。
「ごめんごめん。まずはお礼をしないとね。助けてくれてありがとう。それで、相談なんだけど……」
言い辛いのか、ハッカの笑顔が強張っていた。サラダとシジミは普段と変わらぬ表情だが、陽炎は納得していない様子だな。眉間にしわが寄っているぞ。
「お願い! この階層だけでいいから、一緒に行ってくれない? 魔物はこちらで倒すし、手に入れたアイテムは全部譲るから!」
下げた頭の前で両手を合わせ、拝んでくるハッカ。私ではなく、お化けたちを拝むがいい。
死者を悼まぬ態度に一瞬むっとしたけれど、冷静に彼女――彼? の言葉を復唱して驚く。
「わーっ!?」
条件が破格過ぎないか?
なにか裏があるのではないかと、じとり、じとじとりとハッカを凝視する。
「この階層のアイテムだけじゃ足りない? だったら他の階層のアイテムでも、欲しい物があるならあげるからさ! レアでもいいよ?」
「わー?」
吊り上げるつもりなどなかったのに、さらに好条件になった。これは怪しすぎる。
「わー?」
本心を言うのだ。何を企んでいる?





