26.新たに出現した金魚提灯を
新たに出現した金魚提灯をガドルが倒す。今度は割り箸が入ってきた。
塗り箸は滅多に出ないレアアイテム。通常アイテムは割り箸だ。
リングの中に溜まっていく割り箸。以前手に入れたものは、パンケーキ屋で使うかと店舗の隅に置いてきたけれど、また増えていくな。
しかしこれ、冒険者ギルドは買い取ってくれるのだろうか? この世界の住人は箸を使わない。マッチよりも酷い扱いになりそうだ。頑張れムッキーリギルド長。
それにしても――
『魔物の数が少ないな』
死霊系迷宮が解放される前にこっそり侵入した時は、同時に数匹どころか数十匹も現れた。ゾンビエリアなんて、地面がゾンビで埋め尽くされていたほどだ。
「あの時は間引かれずに増殖し続けていたからだろう。あんなに魔物が溢れる迷宮は異常だ」
「わー」
なるほど。
以前はデッドボール男爵によって封鎖されたまま、放置されていたらしいからな。今は国が管理しているし、冒険者たちに解放されている。数が減っているのは当然か。
『ところでガドル。走りっぱなしみたいだが大丈夫か?』
「軽く流しているだけだ。階段で休憩もしているし、問題ない。……お前が起きていられる時間は短いからな。本当はお前が目を覚ます前に、八層目まで到達しておきたかったのだが」
ガドルは苦い顔だ。
完璧を目指すと疲れるぞ?
『無茶をするな』
「そうは言うが、改装が終わるまでに戻りたいのだろう?」
「わー」
まあな。
『だが日数にはまだ余裕があるだろう? なにより、ガドルの体のほうが大切だ』
「にんじん……。安心しろ。一日走ったくらいでどうこうなるほど軟じゃない」
ぶっきらぼうに言って私から顔を背けたガドル。だけど彼の口元は緩んでいた。恥ずかしがり屋さんめ。
・・・
階段に辿り着いたところで一休み。水分と食料を補給した。
ここまで順調に来ているけれど、それはガドルが道順を憶えているから。迷宮はその名にふさわしく、複雑な迷路になっている。初見ならば、一層目だけで一日以上掛かるかもしれない。実際、以前この迷宮に潜ったときは、道順の分からない下層で一層に五日ほど掛かったこともある。
とはいえ下層は道順を知っていても一層に丸一日掛かったりもしたから、参考にならないかもしれないけれど。
休憩を終えて次の層へ。
私、何もしていないな。せめて自分の根冠で歩くと言いたい気分だが、却って足を引っ張るのは明白だ。もやもやするけれど大人しくしておく。
「わー……」
役立たずっぷりに、ちょっとアンニュイな気分になる。
そんな思いがフラグになったのか。ガドルが足を止めた。左側に分岐している道を見つめ、眉を寄せたしかめっ面だ。
「わー?」
どうした?
問うと、一度開きかけた口をすぐに閉じ、ためらいを見せる。
「わー?」
本当にどうした?
しばらく逡巡する様子を見せた後、諦めたように息を吐いた。
「にんじんが起きる前、魔物に苦戦している異界の旅人がいたから手助けしたのだが」
言い辛そうに喋り出す。
なんとなく読めたぞ。
『獲物を横取りしたと、文句を言われたのか?』
当たっていたみたいだ。ガドルが虚を突かれた顔で私を凝視する。
不特定多数の人間が遊ぶオンラインゲームでは、他のプレイヤーが戦っている魔物に手を出すのはマナー違反だ。
魔物を倒したプレイヤーたちには、経験値やアイテムが手に入る。パーティを組んでいないプレイヤーが参戦すれば、そちらに経験値やアイテムが奪われてしまう。ゲームによって細かいルールは違うけれど、自分たちが頑張って倒そうとしていたのに横槍を入れられれば、癪に障るというものだ。
とはいえガドルを含めこの世界の住人にとっては、戦いはゲームではなく命を懸けた死闘。
怪我をすれば生活に支障が出るし、命を落とせば生き返ることはない。魔物との戦いに苦戦している人を見つければ、助けるのは当然の行動だろう。
私も現実で雀蜂に襲われている人がいたら……。遠くから助言するのが精一杯だな。怒った雀蜂の中に突っ込んでいけるほど、命知らずではない。
とりあえず全力疾走で逃げるか、無理なら黒や赤い物を身に付けているなら捨てて地面に伏せ、白いTシャツなどで頭を覆って擬態すべし。
蜂は黒や赤を攻撃したがる。あと香水や香料入りの柔軟剤を使っている服を着ている場合も襲われやすい。
怒り狂っている場合は、対策しても襲ってくるかもしれないけれど。
「わー」
ガドルは凄いな。自分の身の危険を顧みず、困っている人を助けられるのだから。
尊敬の眼差しを向けると、ガドルが何とも言い難い歪んだ顔をした。話の流れ的に、私の態度は不自然だったな。すまぬ。
『異界の旅人にとって、魔物との戦いはゲームなのだ。獲物を奪われることを嫌う。嫌な思いをさせてすまない。だけど私は、ガドルの行動を尊敬するよ。他人のために危険な状況へ飛び込んでいけるなんて、誰にでも出来る行動ではないから』
ガドルは悲しげな顔をした後、首を横に振る。
「にんじんが謝ることではない。ならばこれも、放っておいたほうがいいか?」
「わー?」
これ?
ガドルの視線は、左の脇道を指す。
この層にいる魔物は、楽器をモチーフにしたお化けたちだ。太鼓お化けとか、笛お化けとか……。
「わー……」
盆踊っているのか。盆踊っているのだな?
楽器お化けは群になると、盆踊り大会を開催する。その音楽を聴いてしまうと、体が勝手に動いて踊り出してしまうのだ。
『異界の旅人なんだよな?』
ここまで人の姿を見ていないけれど、死霊系迷宮を攻略しようと挑戦している異界の旅人は大勢いるはずだ。道が複雑だから遭遇しなかったのかな?
「ああ。以前、大蜘蛛の撚糸をトレードした奴らだ」
「わー……」
陽炎たちか。
……。見たいな。陽炎たちが盆踊り大会に参加している姿は、ちょっとおもしろそうだ。
『ガドル、行こう! 見つからないように隠れて、様子を窺うのだ!』
私が意気込むと、ガドルが真剣な表情で頷き歩き出す。
この表情は、万が一の時は責められても助けようと決心した顔だな。私は悪戯心を疼かせただけなのに。
「わー……」
若干の罪悪感に維管束をつきつき突かれながら、盆踊り会場に向かって進む。