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25.そして翌日

 そして翌日。ログインすると、すでに死霊系迷宮の中にいた。

 私は神樹の苗君の隣に植わった植木鉢姿。鍾乳洞を思わせる滑らかな岩肌に囲まれた通路を、ガドルに猛スピードで運ばれていく。

 暗い空間の中、細長くうねるものが視界の端に一瞬だけ映った。


「……。わーっ!?」


 待って! ガドル! 今、蛇がいた気がする!


「起きたか? にんじん。階段についたら下ろしてやるから、しばらくそのままで我慢しろ」

「わー!?」


 違う! 植木鉢から出たくて叫んだんじゃない! 今、蛇っぽいものが見えたのだ。

 他にもいるだろうかと、きょろきょろと辺りを見回す。すると天井から、黒く長いものが飛び掛かってきた。しかしその姿をしっかり確認する間もなく、ガドルが左腕の義手でぶつ切りにする。


「わああぁぁぁぁっ!!」


 やっぱり蛇いいぃぃーっ!

 哀れ五つに分かれた蛇――よく見ると鎖っぽいな――は、すぐに後方へ流れてしまって視界から消えた。

 ガドルの足が速すぎてな。ニホンアマガエル姿なら後ろを向いて確認する時間があったのかもしれないけれど、植木鉢に埋まっていては、ガドルの胸板が邪魔をして後方が見えぬ。


「すまん。死霊系は大丈夫だと言っていたが、やはり生き物っぽいものは駄目か。次からは気を付ける」


 叫んでいると、ガドルが申し訳なさそうな顔で私を見た。

 RPGに参加していながら、私は魔物の命を奪うことへの忌諱感が消えない。死霊系は命を奪うのではなく成仏させるので、平気なのだけれども。


『別の世界のことを思い出してしまっただけだ。気にしないでくれ』

「そうか」


 ガドルはちょっぴり切なげな顔。私が別の世界に行ってしまうとでも思ったのだろうか?

 じっと見つめていたら、ガドルが口の端を引き上げて笑みを作った。


「どんな世界だ?」


 私に気を使って話を振ってくれたのだろうか。聞いておきながら、それほど聞きたそうには見えない。前を向いて走る彼の表情は、寂しげに見える。

 だからは『田んぼでばったり~蛇が泳いできてギャーッ!~』について、簡潔に述べるに留めた。


『長閑な田舎に似た世界でな。私は蛙になって、蛇から逃げ惑うのだ』

「……そうか」


 ガドルの表情が、すんっと抜け落ちた。何故だ?

 続編の『ジャングルでぱっくん~蛇が降ってきてギャーッ!~』、やりたかったな。話題に上ったせいで、『ジャングルでぱっくん~蛇が降ってきてギャーッ!~』への想いが甦ってきてしまった。一日くらいなら浮気してもいいだろうか?


 気を紛らわせるため、先ほどの蛇らしきお化けから、蛇グッズが回収されていないか確認してみる。

 異界の旅人が持つリングは便利だ。討伐した魔物から現れたアイテムは、ある程度離れれば自動で回収される。

 蛇の着ぐるみとかあったらいいな。私は蛙党だけど。

 アイテム一覧を確かめると、鎖蛇の肌着が入っていた。私、着られるのだろうか?



・・・



 層と層との間にある階段に到着すると、ガドルが植木鉢を地面に下ろしてくれた。もぞもぞと這い出して、神樹の苗君ごと植木鉢をリングにしまう。そして鎖蛇の肌着を試着する。


「わー!」


 着られた。さすがはゲーム。サイズが私に合わせて小さくなったよ。

 鎖蛇の肌着は、赤と黒の斑点が特徴的な蛇皮模様のタンクトップだ。残念ながら、にょろりんな尻尾はない。

 これはヤマカガシだな。愛らしいつぶらな瞳と剽軽なお顔で油断を誘ってくるけれど、猛毒を持つ。奥歯でしっかり咬まれなければ、毒の被害を受ける可能性は低いけどね。

 とはいえ死亡例もあるので、噛まれたらすぐに病院へ行くことをお奨めする。ヤマカガシの毒は噛まれた直後に痛みを感じなくても、血液に作用して出血が止まらなくなるなどの症状が出るのだ。毒を流し込まれなくても雑菌で化膿する場合もある。


 それはともかく、どこかにズボンを落とす魔物がいないだろうか。このままだと、シャツだけ着ているマスコットとズボンだけ穿いているマスコット、どっちのほうが変態か論争に巻き込まれてしまう。


「……にんじん。それでくっ付けるのか?」

「わー?」


 困り顔のガドルに問われて、自分の姿を確認。なんだかオサレなマンドラゴラになっていた。

 ちゃんと蛇皮が再現されていたけれど、前も後ろも背中側だ。これではガドルの鎧を這い登ることはできまい。

 さくっと脱いで、ニホンアマガエルの着ぐるみにチェンジ。

 確かめてみただけだからな。未練はない。

 ぴょんこと飛んで差し出されたガドルの手に着地。そのまま腕を伝って右肩から首の後ろを通り、私の指定席である左肩にぴとりと貼りつく。


「準備が出来たなら行くぞ?」

『食事は大丈夫か?』

「……串肉を頼む」

「わー」


 リングから取り出した串肉を右手で受け取ると、ガドルはかじりながら次の層へ出た。そして駆け出す。

 串肉を食べながら走るのは危ないぞ?

 一本目を食べ終えたガドルが、手を差し出した。


「わー」


 二本目をリングから出せば、危なげなくキャッチする。

 しかし地上で見かけた魔物は、いずれも虫系の姿をしていた。牛さんや豚さんは見たことがない。

 現実世界でも町の中でお目にかかることはないから、たぶんどこか離れた場所で育てているのだろう。そう思っていたのだが、商業ギルドで牛乳が通じなかったのだよな。


「わー……」


 これ、何の肉なのだろう?

 まあいいか。マンドラゴラな私は食事ができない。そしてガドルはこの世界の住人だから、正体を知った上で食べているはずだ。気にする必要はないな。


 前方でぷかぷか浮かんでいた金魚提灯が、こちらに気付き目を怒らせる。ハリセンボンと呼ぶには、いささか太く鋭い針を全身に生やし向かってきた。だがガドルのクローによって、すれ違い様にあっけなく裂かれる。

 後ろを見ると、金魚提灯が地面に落ちて燃えていた。灯りが小さくなった頃、リングへアイテムが入ってくる。


「わー」


 塗り箸。当たりだな。前回と同じなら、金魚模様が入った夫婦箸だろう。

 たかが箸と侮ることなかれ。輪島塗などを代表とする日本の伝統工芸漆塗りは、艷やかな美しさが魅力的。そして漆塗りの食器は口当たりが柔らかい。量産品の箸に比べれば桁違いで高いけれど、手の込んだ製作過程を知ればむしろ安いと思えるだろう。

 箸は毎日使うもの。よい品を選べば気分もよくなる。更に食事の度に目にすることで、潜在意識が自分は高級品を使うにふさわしい、価値の高い存在だと認識していく。そうすると自然と金回りがよくなってくるそうだ。


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にんじんが行く!
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一迅社ノベルス様より、9月2日発売!

― 新着の感想 ―
[一言] 「ジャングルでぱっくん」なのに、舞台は長閑な田舎なのか・・・
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