08.折角だし……
「わー……」
折角だし……。
食パンを取り出して、二股の根で適当に千切る。残りと共に、いったん収納。
ラニ草も刻む。……根が痛くなりそうだ。こちらも収納。
それから鍋にダイブ。
千切ったパンと刻んだラニ草を取り出すと、鍋はパンの海。
「わー……」
パンに埋まる私。
もがきながら、なんとか脱出した。
水と違って浮力がないため、パンとラニ草で山を作り、鍋の縁まで登る。縁に根かけてから、純水を投入した。
一般的なパン粥は牛乳を使うけれど、私が食べるわけではないので水でいいだろう。牛乳より水のほうが消化に優しいしな。たぶん。
……牛乳が売ってなかったんだよ。薬作りに使わないから当然と言えば当然だけど。
床に飛び降りてから、コンロのスイッチをぽちっと。
回復薬のように煎じたりはしない。沸騰して少ししたら火を止める。
机の上に、汁椀に入ったパン粥が四つ現れた。
≪【薬膳(パン粥・にんじんオリジナル)】が作成されました。名前を付けますか?≫
今度はちゃんと名前を付けるぞ。
「わー!」
【パン粥にラニ草を添えて】でお願いします。
≪【パン粥にラニ草を添えて】がプレイヤーレシピとして登録されます≫
出来たパン粥を鑑定してみる。
【パン粥にラニ草を添えて】
・残りEPが10未満の場合:EP40、HP10回復させる。
・残りEPが10以上の場合:EP20、HP1回復させる。
予想通り、ラニ草を加えたことでHPの回復効果も付いた。中々の出来ではなかろうか。
残存EPによって効果が変動するのは、粥だからだろう。衰弱している人に優しく、健康な人には軽く。
ちなみにEPはレベルが上がろうと百で固定されている。
強くなるに従って胃が大きくなることはないらしい。
予想通りというか巧くいったというべきか。薬膳なので、自動調薬が可能だ。【パン粥にラニ草を添えて】を自動調薬で量産していく。
食パンがね、食べられないのに大量にあるんですよ。誰だよ、こんなに買い込んだの?
……私です。
回復薬に比べて出来上がるまでが早く、五分で十椀出来上がった。薬と違って品質は一定らしい。
自動調薬中は暇なので、【純水】を装備し、マンドラゴラ水も作っていく。こちらは粥には使わない。上級MP回復薬用に収納しておいた。
百食できたところで今日は終了。
収納ボックスが一アイテム九十九個までしか収納できなかったので、余った五個は売る。
食パンは三斤減っていた。内一斤は半分近く残っている。
まだまだあるな。
薬師ギルドから出て、安全な場所を探す。
植木鉢を置いて根を張る。ログアウト。
ログイン。今日は調薬室で瓶詰はしないぞ。
植木鉢をしまって町の中を歩いていく。今どこにいるのかさっぱり分からない。
「わー!」
地図を表示。現在地と目的地を確認して、っと。……Uターン。
ぽてぽてと進む。
辿り着いたのは、初日に迷い込んだスラム街。現実世界より酷い有り様で、力なく横たわっている人があちこちに。
男性が多いけど、女性もいれば幼い子供もいる。種族は人間がほとんど。でも獣人も見かけた。エルフや魔物はいないっぽい。
手前の通りは明るい町並みが広がり、活き活きとした人々の営みが繰り広げられているというのに、落差が酷いな。
「わー……」
作り物だと分かっていても、胸が痛くなる。
昨日作った【パン粥にラニ草を添えて】を、力なく壁にもたれて座る少年の前に置く。
作ってから一日経っているのに、湯気が立っていた。
熱々はよくないよな。冷ましたほうがいいか?
一度引っ込めようかと思案していると、目の前に置かれた【パン粥にラニ草を添えて】に気付いた少年が、手を伸ばす。
でも彼の手が届く前に、大きな塊が私の前を駆け抜ける。
「わ?」
根を捻って大きな塊を確認すると、体格のいい男が見えた。頭に三角の耳がある、犬系の獣人だ。
獣人は嗅覚がいいらしい。
仄かな香りに気付いた獣人たちが集まってきて、一杯の【パン粥にラニ草を添えて】を奪い合う。
「寄越せ!」
「俺のだ!」
やばい、蹴られる。
「わー!?」
慌てて姿勢を低くして壁側に跳び、難を逃れた。
ほっと根を撫で下ろしてから、這って壁際へ移動。改めて争う獣人たちを見る。
さっきより人が増えていた。人間も混じっている。
たった一杯のパン粥。すでに空になっているはずなのに、争いは悪化していく。
安易な善行が、追いつめられていた彼らを更に傷付けてしまった。
「わー!」
反省は後。【幻聴】発動!
『待って! まだあるから喧嘩しないで!』
急いで声を掛けてから、パン粥を出していく。
あっという間に奪われた。
あげるために作ってきたんだから、いいんだけどね。私、食べられないし。
男たちの争いに巻き込まれないためだろう。子供や女性たちが遠巻きに見ている。
踏まれないように気を付けながら、そちらへ向かう。
『一人一椀ずつね』
パン粥を貪る男たちを羨ましそうに見ていた視線が、私に集まった。
「人参?」
子供たちがきょとん目を丸くして私を見る。
手を伸ばしてきたので、捕まる前にさっと避けて、代わりにパン粥を出す。
「食べ物だ!」
「まだ温かいよ」
子供たちは、ためらうことなく椀を手にし、口に運ぶ。中にはその場で食べることなく、どこかへ持っていく子供もいた。
家族や友達がいるんだね?
貧困国で食料の配給をすると、一日に一度しか与えられないコップ一杯の御粥でさえ、持ち帰って兄弟に別け与えようとする子供がいる。
『まだあるから! 連れてくるか、もう一度取りにお出で』
パン粥を零さないようにゆっくりと去っていく子供に、声を投げた。
足を止めた少年は驚いた顔で振り返る。嬉しそうな笑顔を残して去っていった。
「あなたがこれを?」
女性の一人が、私の前に膝を突いて問うてきた。葉を揺らして頷く。
「ありがとう、人参さん」
「わー」
どういたしまして。
それにしてもNPCたちは、プレイヤーの名前が見えるのだろうか? なぜ子供もこの女性も、私の名前を知っているのだろう?
根元を傾げていると、幼い子供や足を引き摺った人たちが集まってきた。パン粥の話を聞いて、寝床から出てきたのだろう。
「わー」
次々と収納ボックスの中からパン粥を出していく。
【パン粥にラニ草を添えて】は、EPが10以上あると20しか回復できないが、おそらくここにいる人たちは、10を下回っている。
一杯でEP40、HP10回復できるはずだ。
食べた人たちの表情が、わずかだけど明るくなっていく。子供たちに至っては、嬉しそうに、にこにこ笑いだす。
――嗚呼、幸せだな。