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22.僕の名前かい?

「僕の名前かい? アワワ・ピカーンさ。こう見えても元は貴族! そして芸術家さ! 剣を学んでいたから、用心棒もできる。雇わないなんてありえないだろう?」


 ちっちと言わんばかりに、立てた人差し指を左右に振る。


「わー……」


 なんだろう? なんでこんなのがスラムにいたのだ?

 ……。いたのか? これだけ目立つ人なら、私、憶えていると思うのだけれども? まったく記憶にないぞ?


「わー?」


 ガドルを見上げると、眉をひそめてアワワ・ピカーンを凝視している。たぶん、ガドルも記憶を掘り返しているのだろう。


「……。わ?」


 え? スラムに住んでいたガドルも知らないの? どういうこと? 新人さん?

 疑問はとりあえず横に置いておいて、だ。


『ピカーンさんは健康そうだし、他の仕事に就けるのではないか?』


 率直な疑問を投げかけてみる。とたんに凍り付く、アワワ・ピカーン。


「ふっ。知っているかい? 優れた天才というのは、凡人には理解できないものなのだよっ!」

「わー……」


 つまり、断られたのだな。そして周囲から向けられている迷惑そうな視線を見る限り、爪弾きにされているのだな。煩いものな。理解したよ。

 しかしなあ。彼に用心棒が務まるのか甚だ疑問だ。


『ガドル、少し試してみてもらってもいいか?』

「分かった」


 ぐだぐだ話すよりも、ちゃっちゃと試したほうが早い。時間は有限なのだ。

 そんなわけで、聖騎士たちの鍛錬場を拝借する。なぜかアワワ・ピカーン以外の男たちも付いてきた。

 私はガドルから離れ、安全な場所で見物だ。


「時間の無駄だ。まとめて掛かって来い」


 鍛錬場の中央に立ったガドルが、気負う様子もなく挑戦者たちに告げる。

 挑戦者たちは男性だけではなく、女性もいた。……って、聖騎士! なんでお前たちまで混じっているのだ!? 勝ち残っても雇わないからな!

 そして始まるパンケーキ屋の用心棒の座を巡る戦い。

 ガドルの圧勝かと思われたけれども、意外なことに、アワワ・ピカーンが最後まで残った。


「ふふっ。中々やるじゃないか、虎君」

「わー……」


 余裕を見せる台詞に聞こえるが、顔の形が変わっていないか? ぼこぼこに見えるのだが?

 ガドルも困惑した表情だ。


「大怪我をしない内に……すでにしているか? 体に支障が出る前に諦めろ」

「ふっ。この程度の掠り傷で、僕が諦める? ふふ。笑わせないでおくれ」


 足が異常な内股になってるのは、折れているからだよな? 顔も変形して鼻血が出ているのだけれども。それで掠り傷と言われると戸惑うぞ?

 しかしガドルさん、やり過ぎでは?


「わー?」


 いつも温厚な相方の凶行に、困惑する私。加減は出来なかったのだろうか?

 私の視線を感じたガドルが、無実を主張するように首を横に振る。なんだ?


「来ないのなら、僕から行くよ!」


 聖騎士から借りたレイピアを手に、駆け出す――駆け出す? アワワ・ピカーン。


「アン、ドュ、トロワアアァァッ!」

「わー……」


 それは決して、戦いの掛け声ではなかろう。

 くるくると回りながら距離を詰め、その回転の勢いを利用した回し蹴りを放つ。


「わー?」


 レイピアの意味は?

 ガドルは避けることなく片腕でガードした。淡々とした表情なので、ダメージはないみたいだ。だけど――


「わーっ!?」


 足いいぃぃっ!

 勢いのまま鞭のようにしなる足。ガドルが慌てて上半身を屈めて避ける。

 待って。それ、くっ付いてるけど折れてるよね? いや、そもそもくっ付いているのか? ズボンに隠れて見えないけれど、大丈夫なのか? 私、癒しの歌使ったほうがいい? え? もしかして人間ではなく、蛇系の獣人だったりする? え? ええ……??

 かつて世界を席巻した大人気アニメの主人公みたいな体の動きを見せているけれど、そういう種族なのか? 伸びるの? 関節を無視して曲がるの?

 混乱して周囲を見回したら、目撃者たちは揃って口をぱかーんと開けて唖然としていた。


「わー……」


 どうやらこの世界の常識的にも、アワワ・ピカーンの身体は超常現象らしい。


「にんじん、もういいのではないか?」


 ガドルの呆れ声。もとい、困惑とどん引きと、軽い慄き混じりの声。


「わー!」


 そうだな。私の思考回路が限界だ。


『そこまで!』


 私の掛け声で、アワワ・ピカーンがガドルから離れていく。

 いや待って。その足でなんで動けるの? どうなってるの?

 とりあえず回復薬を――とアイテム一覧を開く私。


「ふふ。にんじん君。私の勇姿は気に入ってくれたかい? 雇わずにはいられないだろう?」

「わー! ……わー?」


 今はそれどころでは……って、は?

 私の前にやってきて、髪をきざったらしく掻き上げるアワワ・ピカーン。彼の体には怪我の痕跡がなかった。


「わー?」


 意味が分からないって? 私も分からない。

 誰か説明して。切実に。



・・・



『――つまり、超回復のギフトを持っていると?』


 ディリレさんと話した小部屋に移動して、アワワ・ピカーンから事情を聞いた。

 彼は生まれつき女神様から超回復のギフトを与えられていて、どんな大怪我もすぐに治ってしまうそうだ。


「その通り! そのせいで騎士団からの勧誘が激しくてね! 僕は騎士なんて興味ないのに」

「わー……」


 事情は理解した。だがしかし。


『それで、なぜ私に雇ってほしいと? パンケーキ屋だぞ? 芸術とは関係ないと思うのだが?』


 ついでに騎士を嫌がっていたなら、用心棒も嫌だろうに。

 素朴な疑問を投げかける私に、アワワ・ピカーンは立てた人差し指をちっちと左右に振る。


「ノン、ノン! 隠しても無駄だよ? こう見えて僕は情報通。パンケーキとやら、異界の芸術作品だと聞いた」

「わ?」


 どこで? いや、たぶん異界の旅人が話したのだろうけれど。パンケーキが芸術作品とな?


「丸いキャンバスを、白いクリームや赤黒い塊、各種果物で飾り付ける! 目に鮮やかなスイーツだと言うではないか!」

「わー……」


 言われてみれば、華やかな見た目のパンケーキは多い。白い生クリームの上に赤や紫のベリーを散らしたり、求肥を乗せて抹茶を振り天辺に苺を乗せたり。

 舌だけでなく目でも楽しめるのが、女性に人気の秘訣だからな。私が家で作るパンケーキは緑色だけど。パンケーキもトッピングも緑色だけど。抹茶パンケーキ風と思えばお洒落だな。きっと。


「わー」


 ふむ。

 正直なところ、私にそっち方面のセンスは皆無だ。ここは専門の人に任せるのがよいのではなかろうか。

 ぶっちゃけ材料費が思ったよりも高くて、普通に作ると価格設定が高額になる気がするのだよ。それにポル君は美味しいと言ってくれたけれども、パンケーキの味を知っている異界の旅人たちの舌を満足させられるかと問われれば、まったく自信がない。

 ここは見た目で勝負するのも有りなのではなかろうか?


「わー」


 よし。


『採用!』

「にんじん?」

「ふっ。君なら僕の価値が分かると思っていたよ、にんじん君」


 ガドルが正気を疑うような目を向けてくるけれど、正気だとも。

 アワワ・ピカーンの個性は強すぎる気がしなくもないが、悪い人ではないと思うのだ。それに客商売。キャラが立っている店員がいれば、話題にもなる。


「では店の準備ができたらよろしく頼む」

「任せてくれたまえ。僕がいるのだ。君の店はファード――いや、ベボール王国一の人気店となるだろう!」


 両手を高らかに広げてポーズを決めるアワワ・ピカーン。背後に薔薇か孔雀の羽が幻視できそうだ。

 私、もう寝ていいかな?

 幾ばくかの寄付をドドイル神官に渡して、神殿を後にした。


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