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20.そ、そうだ!

『そ、そうだ! 少し話をさせてもらってもいいだろうか?』


 沈痛な空気をぶん投げんと、私は無理矢理話題を振る。生前葬は長生きするという迷信は聞くけれど、私はしんみりした空気が苦手なのだ。


「なんでしょうか?」


 三人揃って私を見上げてくる。……訂正。ディリレさんは、ずれた方向を見ているな。


『ディリレさんの体の状態を聞いてもいいだろうか?』


 いざとなったら私の治癒魔法『癒しの歌』を使って回復できると思うけれど、ガドルと閣下から、安易に使うことは禁止されている。非道かもしれないけれど、今の彼女のままで働けるのか知りたい。

 って、この聞き方は、もしかしなくても配慮が足りなかっただろうか? 私、そういう面に疎いからな。何をコンプレックスと感じるかは人それぞれだから、難しいのだよ。

 ディリレさんは哀しげに顔を歪めたけれど、すぐに穏やかな表情を取り繕った。やっぱりアウトか!?


『申し訳ない。配慮の足りない質問だった。答えたくなければ、答えなくて構わない』


 慌てて言葉を付け加える。

 だけどディリレさんは首をゆっくりと横に振り、口角を柔らかく引き上げて微笑みを浮かべた。儚げな美しさに、思わず息を呑む。ガドルの咽も上下した。


「お気になさらないでください。見ての通り、私は目が見えません」


 私の姿を映していない瞳。だけど真っ直ぐに見ようとしているのは分かる。彼女は今、這い上がるために私の葉を掴もうとしているのだ。

 ならば、彼女を思いやるという言い訳で遠慮するのは間違っているだろう。それは自己満足でしかない。私も真正面から向き合おうではないか。


『他に不調はあるだろうか?』

「スラムにいた時は体の状態が思わしくなく、ポルに面倒を掛けていました。けれど神殿に保護していただいてからは、お蔭様でだいぶ回復しました。身を持ち崩す以前は、人並み程度には動けていたと思います」


 体調不良の原因は、栄養失調とストレスだろうか。ならば健康的な食事と安心して暮らせる場所を提供できれば、順調に回復できるかもしれない。

 他にも仕事を欲している人は大勢いる。もっと多くの人に声を掛けてから選ぶべきなのだろう。でも、このまま彼女たちを放っていけば、きっと維管束がつかえ続けると思うのだ。


『私のお店で働いてくれる人を探している。もしも働く気があるのなら――』


 途中まで言ったところで、私は言葉を失った。

 ディリレさんが、その場に土下座したから。


「お願いします! 何でもいたします! どうか、どうか雇ってください! 給金はなくても構いません。ですからどうか、ポルにだけは飢えることのない生活をお与えください!」


 悲痛な声で叫ぶ姿に、私だけでなくガドルやドドイル神官も衝撃を受ける。

 働けない状況に、彼女自身が一番悔しい思いをしていたのだ。


「お母さん……」


 母親の姿に胸を打たれたのか。ポル君は顔をくしゃりと歪めて泣きそうだ。でも唇をぎゅっと噛みしめて涙を呑み込むと、私をぎっと睨み上げた。


「にんじん、お願い! お母さんを雇ってあげて!」


 そして一緒になって土下座する小さな体。


「私からもお願いしていいでしょうか? にんじんさん、ディリレさんはいい人ですよ。幼いポル君を抱えて大変だったでしょうに、私のような身寄りもなく、身動きも取れなかった年寄りの面倒まで看てくれていたのですから」


 お婆ちゃんも口を添える。

 ……って、え? 今の言い方だと、身内じゃないってことになるよな? スラムで出会った赤の他人? 目が見えない上に、幼子まで抱えていたのに、たまたま知り合っただけの、寝たきりだったお婆ちゃんを助けていたの? ディリレさん、聖人過ぎない? 私、人間に戻っても真似できる自信がさっぱりないのだけれども。

 お婆ちゃんの話は続く。


「ポル君もいい子でしてね。お母さんが体調を崩してからは、まだ幼いのに一生懸命、食べ物を探してきてくれて。自分だってひもじいでしょうに。ディリレさんとこの婆に分けてくれて」


 目尻に滲む涙を袖で拭いながら、スラムでの生活を語ってくれた。

 ドドイル神官がもらい泣きして、びいいぃぃんっと鼻をかむ。

 私も人参ジュースが染み出そうだよ。ガドルも切なそうな顔だな。

 これもう、なかったことになんて言えないよ。採用決定だよ。早く店舗を手に入れて開業しなきゃ。その前に住環境の準備かな? また忙しくなりそうだ。


 このまま話を進めようかと思ったけれど、周囲の目が気になった。

 働き口を求めているのは、ディリレさんだけではない。熱のこもった視線が幾つも私に突き刺さる。


「ドドイル神官殿。空き部屋はあるだろうか?」


 私が言いだすより先に、ガドルが問うてくれた。


「ええ、どうぞこちらに」


 ディリレさんとポル君を連れて、別室に移動する。背中に刺さる残念そうな視線が、維管束の中まで貫く。

 痛いな。自分の無力さが情けなくなるよ。


「にんじん。お前は充分やっている。自分を責めるな。胸を張れ」

「わー……」


 分かっているさ。私は神ではないのだ。伸ばせる葉は限られている。だけど、辛いものは辛いのだ。

 ドドイル神官の案内で小部屋に入る。テーブルが一つと、幾つかの椅子が置かれていた。それぞれ椅子に腰かけてもらう。

 気持ちを切り替えて面接だ。


『お店はパンケーキ屋だ。パンケーキという簡単な料理を作ってもらい、お客さんに提供する』


 説明を始めてはみたものの、ディリレさんは小首を傾げている。パンケーキがどんなものか想像できないのだろう。

 というわけで、説明しながら実践。材料は商業ギルドで購入した物を利用する。

 自動調薬は使わない。あれはホラーだ。子供の前で起動してはいけない。

 パンケーキ作り二回目のガドルは、手際がよくなっていた。

 私の説明では足りない部分を、見えないディリレさんにポル君が細かく教えている。


「わー!」


 さあ、出来上がりだ。召し上がれ。

 一枚のパンケーキを、ディリレさんとポル君が分け合って食べる。


「ん! あっまーい! 美味しい!」


 プレーンの他愛無いパンケーキ。だけどポル君にとっては、とても美味しいスイーツだったみたいだ。


帯付きの表紙も頂いたので↓に貼っています。

(わー}ヽ(*´▽`*)ノ

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にんじんが行く!
https://www.amazon.co.jp/dp/4758096732/


一迅社ノベルス様より、9月2日発売!

― 新着の感想 ―
「にんじんジュースが染み出る」って! ちゃんと読んでないと誤解を受けそうな表現ですねw
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