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17.二枚目のパンケーキは

 二枚目のパンケーキは生地が多めに使われ厚みが増していた。

 店に出すなら改良が必要だろうけれど、今日は売り物として提供するわけではない。どういうものか分かればいいのだから、これでいいのだ。一から作り直す気力はない!


『これがパンケーキだ。食べてみてくれ』


 勧めると、ガドルはためらいなく手でつかむ。もぐもぐと咀嚼して、ごくりと呑み込んだ。


「甘いな」

「わー」


 砂糖が入っているからな。

 ガドルが食べ終えたのを見て、ポッコリーギルド長もパンケーキに手を伸ばした。こちらはナイフとフォークを使い、一口サイズに小さく切って口へ運ぶ。


「シンプルで素朴な味わいですな。しかしこちら、貴族の方にはいささか……」


 言葉を濁すポッコリーギルド長。

 彼の言葉に不快感を表したガドルを、横に葉を振って諌める。

 貴族向けに店を構えるつもりはない。それに、まともに調理器具を扱えないマンドラゴラと、料理初心者と思われるガドルで作ったのだ。行程も幾つか省いているし、材料の計量も適当。

 これで手放しで褒められたら、ポッコリーギルド長の食生活を心配してしまう。


『客層は一般の人たちを想定している。スラムで暮らす人たちの雇用対策の一例として、簡単な料理を提供する店を作ろうと思っただけだからな』


 とはいえキャーチャー閣下が興味を示していたから、お洒落なパンケーキも用意する必要が出てくるかもしれないけれど。お洒落な感じにデコレーションすれば、貴族のティータイムにも使えるだろう。

 それはそうとして、私の発言を聞いたポッコリーギルド長が渋い顔だ。


「スラム、ですか?」

「わー」


 私が肯定するなり、ポッコリーギルド長の眉間にしわが寄り、顔がしかめられていく。


「最近、国や神殿から、スラムの者たちに仕事を斡旋するようにとお達しがありました。ですが正直なところ、彼らを雇うことはお薦めできません。あそこは働くことを放棄した、堕落者たちの巣窟です」


 なるほど。ポッコリーギルド長はそういう意見の持ち主か。


『ギルド長が言う通り、スラムにいる人たちは働くことを諦めた人たちかもしれない。けれど怠けたくて働く権利を放棄したとは限らないだろう? 働きたいけれど、様々な事情があって仕方なく諦めた人だっているはずだ。そういう人たちに、もう一度奮起する場所を提供できれば思うのだ』


 人生が順風な人ばかりではない。予期せぬトラブルに見舞われることもあるだろう。

 その際にセーフティーネットが用意されていれば、最低限の生活は送れるかもしれない。けれど、この世界はそういった仕組みが乏しかった。働けなくなれば即無収入となってしまう。

 わずかな貯蓄があったとしても、病気や怪我になれば治療費であっと言う間に消える。子供たちなんて、そもそもお金を貯める機会自体を与えられていない。


 お金がなければ住む所だって失ってしまうのだ。衣食住さえ保障されない状況から、自力で這い上がるのは大変だろう。その日生きるだけで精一杯だから。

 そんな明日も分からぬ生活から這い上がれずにもがいている人を、堕落した者だとは思えない。だから少しだけ、葉を差し伸べられればいいなと思ったのだ。


 私の行動が正解かどうかなんて知らない。独りよがりの偽善なのかもしれない。でも、やりたいからやる。私の葉を掴むのも、拒絶するのも、そして奮起して這い上がるのも、それは彼らの決断次第だ。


「本当に働きたいのであれば、仕事はあるはずです。選り好みをしているから働けないのでしょう? それは苦労を嫌った結果――働くことを放棄したということではないでしょうか?」


 私の意見に疑問を投じるポッコリーギルド長。


『では、仮にあなたが病に侵され、起き上がれなくなったら? それでも働けないのは苦労を嫌い、働くことを放棄したと言えるだろうか?』

「それは……。いえ、口が動くのであれば、指示を出すことはできます」


 一瞬だけ言葉を途切れさせたけれど、すぐに返してきた。

 だけど、想像力が低くないだろうか。上に立ち続けてきたから、指示に従う人がいるという状況が当たり前になっているのかもしれない。もしくは自分の考えを撤回したくないという無意識な思いが、屁理屈をこね上げたのかもしれないな。


『指示できる相手がいれば、その主張は通るかもしれない。だけど全ての人が下働きを雇う余裕があると思うか? 働けない人の代わりに働いて、その稼ぎを捧げるお人好しがいるだろうか?』

「それは……」


 ポッコリーギルド長は口ごもり、目を泳がせる。


『今のは極端な例だ。けれど、体を壊した者。幼い子供を抱える一人親。他にも色々な事情があって、職を選ばざるを得ない人はいる。大多数の人たちのようには働けなくても、働く意欲はある人たち。私はそういう人たちの受け皿があればと思う』


 たった一店舗では、大した受け皿にはならないだろう。せいぜい醤油皿か、もっともっと小さいかもしれない。だけど小さな皿をたくさん寄せ集めれば、大皿にも負けない受け皿になるはずだ。

 目から鱗が落ちたとばかりに、ポッコリーギルド長が私を凝視する。しばしの間を置き、乾いた唇をわななかせ、視線を彷徨わせた。自分の常識から外れた考えに触れて、混乱しているのだろうか。


「賃金はどうするのです? まともに働けない者に、他の者と同様の賃金は与えられません。慈善事業をしろと?」


 どうやら新たな知識を咀嚼し呑み込んだらしい。疑問を投げかける彼の目には、学ぶ意思が宿る。思ったよりも柔軟な思考の持ち主だったみたいだ。

 しかし難しい問題だな。


『個人的な意見になるが、同等にする必要はないと考える。ただし、不当に低い賃金で働かせるのは駄目だ。働きにあった対価を支払う。慈善事業かと問われれば否定はできない。だけど、互いに利益を得られる道はあるはずだ』


 どうしたって、健康かつ時間を自由に使える人と、体に支障があったり時間に制限があったりする人では、労働力に差が出てしまう。だから支払われる賃金を同じにするつもりはない。

 余裕のある人だって、支え続ければ疲弊していく。支えられる側も、支えられ続ければ罪悪感を抱いたり逆に優遇されて当たり前という思考が生まれ、歪みやすくなる。そうなれば悪循環になってしまうから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 本当にそうだよね〜。最低賃金だけ上げる政策はこの視点が足りない。そもそも人の能力には差があるんだから、同じ時間で同じ給料払ってれば不満が出るのは当然。 特にスラムに居るような人々は生きよう…
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