15.よし! 次は
『よし! 次は卵だ!』
別のボウルでメレンゲを作るのだ!
そう意気込んだものの、疑問符が浮かぶ。
蛇の卵って、ほぼ卵黄で水分が少ないのだよ。だから産み落とされた卵は、周囲の湿った土から水分を吸収する。それでも卵白のようにたっぷりとはいかないから、卵の中で赤ちゃんは動くことができない。そのため、産み落とされてから殻を割るまでに卵を動かされてしまうと、中で溺れ死んでしまう。
つまり、蛇の卵ではメレンゲが作れない。
「わー……」
とはいえこれは現実世界での話。そもそもコケトリスが蛇に分類されるのか定かではないからな。
ガドルに頼み、別のボウルにコケトリスの卵を割り(?)入れてもらう。鶏卵サイズの白いコケトリスの卵は、形が楕円形というか蚕の繭に似た形をしていた。
ガドルが爪先で卵を裂く。
蛇の卵は鳥の卵と違って柔らかく、叩いてひびを入れて割るということは難しい。殻の内側にある卵殻膜を厚くしてしっかりさせた感じと言えば伝わるだろうか。
ぽとりと卵がボウルの中へ。
「……。わー……」
中は鶏の卵だな。心配する必要はなかった。
卵黄を分ける作業はガドルには難しそうなので、全卵のまま掻き混ぜてもらう。ガドルなら全卵でも大丈夫だろう。
短くなった割り箸が高速で動く。キキキキキキンと、卵を泡立てているとは思えぬ高音が響いた。
割り箸だよな?
ぴんっと角が立ったところで混ぜるのを止める。
『ガドル、見事だぞ』
「ふっ。俺だってやろうと思えばできる」
照れくささが混じった誇らしい表情のガドル。白虎尻尾がゆらゆら揺れていた。
次に粉類を入れているボウルに、乳豆と食用油を入れてもらう。
乳豆は豆乳と推測していたのだが、マンゴーサイズの大豆だった。胚芽を取った穴から、とぽとぽとミルクを注ぐ。
人工的に作られた容器に見えてしまうけれど、この姿で木になっているらしい。未熟だとチーズっぽくて、完熟するとミルクになるそうだ。牛乳を醗酵させてチーズを作る現実とは逆だな。
食用油も追加する。はちみつ色で、香りに癖はない。菜種油っぽいけれど、何の油だろうな?
蛇足だが、本来はバターを使う。溶かすか練るかしないといけないので、手っ取り早い植物油を所望したまでだ。風味は劣るがお手軽である。
さて、これを混ぜるわけだが……。
ガドルを見上げると、任せろと言いたげな表情で私を見ていた。卵の泡立てで自信を得たらしい。
だが彼に混ぜてもらったら、粉類の二の舞になりそうだ。特に泡立てた卵を混ぜ合わせるときは、優しくさっくりが基本。力技で混ぜると、せっかくの気泡が消えてしまう。
ここからは私が作業するしかあるまい。
「わー!」
気合を入れ直して、根元をきりりと引き締める。まずは新しい割り箸を出してっと。
『割り箸の細いほうを下にしてボウルに入れてくれ。それから私を縁に座らせて、ガドルはボウルが動かないよう支えていてほしい』
「容易いことだ」
私の真剣な声を聞いて、ガドルもきりりと表情を引き締めた。相棒よ、頼んだぞ。
頷き合い、パンケーキ作りに挑む。
ボウルの縁に根掛けた私は、二股の根で割り箸を挟んだ。割りはしない。二本になったら操るのが大変だからな。
「わー、わー、わー」
わっせわっせと割り箸を動かす。
「わー……」
巧く混ざらないな。
どうしたものかと思考を廻らせ、ふと気付く。
私が作る回復薬は、私が浸かった水を使っているのだ。泡立て器を使わずとも、私がボウルの中に入って掻き混ぜればよいのではなかろうか?
動きを止めてガドルの顔を見つめる私を、ガドルが訝しげに見る。
ちらりとポッコリーギルド長のほうも窺うと、目ん玉をひん剥いて私を凝視していた。怖い。すぐさま視線をガドルへ戻す。
『ガドル。私が入って混ぜたパンケーキは、食べるのに抵抗があるだろうか?』
試食するであろう彼に問うてみる。
ガドルは軽く目を瞠ってから、ふっと目元を和らげた。
「今更だろう?」
「わー」
試食人の承諾を得たので、ボウルの中にたぷんっと入る。油や小麦粉がぬるぬるして、ちょっと気持ち悪いな。
邪魔になった割り箸は取り出してもらう。そしてボウルの中を走り回り、生地を混ぜていく。乙女でも葡萄でもないけれど、踏み踏み。
「わー、わー、わっ!? わー……」
滑って転んだ。犯人は油かな? 根餅を搗いたせいで、全草がべとべとになってしまった。
「大丈夫か? にんじん」
ガドルが心配そうに覗き込んでくる。
「わー」
大丈夫だ。
頷いた私は立ち上がり、再び駆け出した。混ぜ合わされるに従って、生地が根にくっ付いて私の根冠を重くする。
「わー……わー……」
なんとか混ざり合い、生地が馴染んだ。
『よし! 次は泡立てた卵を少し加えてくれ!』
「このくらいか?」
ガドルがしっかり泡立ててくれたふわふわ卵が、ぽとりと落とされる。
「わーわーわー!」
私はボウルの中で駆け回り、生地を混ぜていく。
ポッコリーギルド長の目がぎらぎらと輝き始めたけれど、今は放っておこう。ガドルにぎろりと睨まれて身を縮めて震えているけれど、パンケーキ作りが優先だ。
「わー!」
生地がいい感じに混ざったところで、私は再びボウルの縁へ。
しかし私、どろどろだ。このまま熱した油に飛び込めば、マンドラゴラの天ぷらが出来上がるだろう。砂糖入りだけど。
「わー……」
熱いのは嫌だな。
残りのふわふわ卵を入れてもらい、割り箸でさっくり混ぜる。これで生地は完成だ。
『後は焼くだけだが……』
コンロとフライパンはリングの中にある。だけど袋から出すには大きくて、見破られてしまわないかと躊躇してしまう。
どうしたものかと思案していると、ポッコリーギルド長が気を回してくれた。
「フライパンで焼くということでしたな? コンロとフライパンを用意させましょう」
職員を呼び、コンロとフライパンを運んでくるよう命じる。
運ばれてくるまでの間に、私は水浴びだ。空のボウルに入り、葉上から水を注いでもらう。葉や根に付いた生地を落とそうと根を揺すったり、ボウルに擦り付けてみたりするけれど、巧く取れないな。