14.さて、なんと答えたものか
さて、なんと答えたものか。卵として人気なのは、やはりウコッケイだろう。真っ白な可愛い鶏だが、気性が荒くて油断すると鋭い爪で襲いかかり、人間を流血させる。
だがこれから取引をする相手だ。面倒な相手と思われるのは避けたい。ここは無難に答えたほうがいいだろう。
『レグホンで頼む』
悩みに悩んで選び抜いたのに、ポッコリーギルド長がフリーズした。五秒ほど微動だにせず、その後、瞬きを繰り返しながら視線を横に流す。
「も、申し訳ありません。浅学なもので、その、レグホンという生物を知りません」
「わー……」
しくじった。現実世界とは品種が違うのか。もっと素直に答えるのだった。
『鶏でお願いします』
先程の失敗はなかったことにして、言い直す。
「ニワトリ、ですか? その、浅学でして――」
「わー……」
鶏自体がいなかった件。
ではこの世界のケーキやフライは、いったい何の卵を使っているのだ? オムレツっぽい物も食堂で見た記憶があるのに。
そんな疑問をぶつけたら、ポッコリーギルド長の肩からようやく力が抜けた。
「コケトリスの卵ですね。用意できます」
コケトリス……。たしか鶏と蛇を混ぜた生き物だったか。おそらく、鶏を丸呑みしようとして失敗した蛇か、蛇を食事中の鶏を見間違えたものだと思われる。
……あれはコカトリスだったか。では、コケトリスとは何だ?
「わー?」
ガドルを振り返る。
教えてくれ、相棒よ!
「コケトリスは苔を食う魔物で、鳥に似た嘴を持つ蛇だ」
「わー……」
異界の旅人さん方。この世界の卵料理は、蛇の卵らしいですよ。
「わー?」
あれ? 蛇の卵?
蝮の卵は美味しいらしいけれど、彼女たちは卵胎生。子蛇の状態で産まれてくる。だから卵を食べるというより、モツ煮にするイメージだ。
そして卵生の蛇の卵は匂いがきつくて不味いと聞いた。種類によっては美味しいのかもしれないけれど、お菓子作りに使えるのかは疑問が残るところ。
まあいいや。この世界では使えるみたいだから、使えばいいさ。
暇になったらコケトリスを捕まえに行くのもいいかもしれない。私は餌にはならんがな!
「それで、ギュウニュウと言いますのは?」
ポッコリーギルド長が聞いてきたけれど、牛と言って通じるのか不安しかない。
『ミルクのことだ』
これで通じるか?
維管束をどきどきさせながら判定を待つ。
「ああ。乳豆のことですね。すぐに用意します」
「わー……」
なんだか痛そうな名前だな。
ポッコリーギルド長がテーブルの上に置かれたベルを鳴らすと、従業員が入ってきた。ポッコリーギルド長に耳打ちされるなり、踵を返して出ていく。そうして揃った材料と調理器具。泡立て器がないな。まあいいや。
まずは粉類をボウルに入れる。
問題は、私が粉類をボウルに移せないことだ。
「わー……」
ガドルを見上げると、私の意を察してテーブルの上に視線を向けた。
「どうすればいい?」
『小麦粉をボウルに入れてほしい』
「分かった」
頷いたガドルが、小麦粉の入った袋に手を伸ばす。だが袋は二種類ある。
ポッコリーギルド長に了承を取って中を見せてもらうと、一方は白い普通の小麦粉で、もう一方は生成り色。後者はおそらく全粒粉だな。
……小麦だよな? いかん。疑心暗鬼になってきている。
現実では精白した白い小麦粉を使うのが一般的だけれど、価格を抑えるために全粒粉を選ぶ。細かく挽かれているので製菓にも利用できるはずだ。
『カップ一杯くらいでいいぞ?』
「分かった」
続いて砂糖も加え、転落岩から手に入れた重曹を砕いて加えてもらう。米粒大の物が幾つか混ざったので、苦味の出る部分があるかもしれない。試作品だから許してくれるだろう。
店舗を構えるなら、粉振るいを手に入れる必要があるな。
これを泡立て器で軽く混ぜたいのだが、こちらもない。死霊系迷宮で手に入れた割り箸で代用するか。
リングを起動しようとすると、ガドルがすかさず例の個性的な袋を取り出した。
そこまでする必要があるのだろうかと、彼の過保護っぷりに呆れつつ割り箸を出す。現れた途端に割り箸が消え、振り返ればガドルが袋から取り出すところだった。
「わ?」
一瞬驚いたけれど、私がリングから取り出した割り箸を目にも留まらぬ素早さでキャッチし、袋から出したように偽装したみたいだ。
そんな彼の手元を、ポッコリーギルド長が目をぎらぎら光らせて見つめる。
「そ、そちらを売っていただくことは?」
「断る」
にべもないガドル。
けれど彼がリングを隠すよう、口を酸っぱくして言っていた理由がよく分かったよ。今後は気を付けよう。
『割り箸を割って、軽く混ぜてくれ』
「分かった」
頷いたガドルが、割り箸を真っ二つに割った。そして三つになった短い棒。
「わー……」
違うのだ、ガドル。割れ目に沿って、縦に裂くのだ。初見の人には分かり辛かったか。
粉類を混ぜ合わせるのは、固まっている粉を崩したり、混ぜた材料が偏らないようにするためだ。砂糖や重曹が一ヶ所に固まっていたら、膨らみや味にむらが出てしまうからな。
他に空気を混ぜ込むという理由も聞いたが、よく分からぬ。ふわふわになあれ。
ガドルが短くなった割り箸で粉類を混ぜ始めた。ボウルから、もくもくと白い煙がたなびく。
「わー? ……わーっ!?」
ストップ、ストップ!
私の叫びを聞いて、ガドルの手が止まる。きょとんとした目で見てきても駄目だぞ?
軽くって言ったよな? なんで粉が舞いまくってるんだ!?
「わー……」
呆然とする私。
「すまん」
ガドルが申し訳なさそうに、耳をへにょりと下げた。
どうやら彼に料理の才能はないらしい。というより、力とスピードが有り余っていて、繊細な作業は難しいのかもしれないな。
いや? 待てよ?
お店ではオーソドックスなパンケーキを出すつもりだったけれど、ガドルのこの力を利用すれば、スフレパンケーキを作れるのではなかろうか。