13.転移装置がある部屋まで
転移装置がある部屋までポーリック神官に運んでもらい、ガドルの肩へ戻る。別れを告げて、ファードの町に転移した。
「ポーリック神官は、ああいう人だったのだな」
詰めていた息を吐くように、ガドルがぽつりと零す。本人の前では我慢していたのだろう。
ポーリック神官が立っていた場所を見つめていたガドルが、ふっと表情を緩めた。
聖人参を崇める奇行に驚いたのだろうけれど、ポーリック神官がいい人なのを、ガドルはきちんと理解している。だから、堅苦しいイメージの神官が思っていたより人間味に溢れていて、親しみを覚えたといった感じかな。
だからといって、ポーリック神官の影響を受けて、あんなふうにはなってほしくないけれど。対等な友のままでいてほしい。
宿を取って部屋に入ると、神樹の苗君を取り出す。
今夜は回復薬ではなく、出来立ての聖水を御裾分け。神樹の苗君が、いつもより嬉しそうに葉を煌めかせる。
「わー!」
気に入ってもらえて嬉しいぞ。
考えてみれば、神樹の苗だものな。回復薬より聖水のほうが好みなのかもしれない。
祈りの泉の水をたくさんもらってきたから、次からは聖水をあげるようにしようかな。
葉っぱで優しく幹を撫でてから、隣に潜る。
『おやすみ、神樹の苗君。おやすみ、ガドル』
「ああ。おやすみ、にんじん」
義手の手入れをしているガドルにおやすみの挨拶をして、ログアウト《おやすみなさい》。
・・・
翌日。私とガドルは商業ギルドへ向かった。
受付でキャーチャー閣下から頂いた書状を見せると、奥の部屋へ通される。ガドルがソファに腰を下ろし、私はニホンアマガエルの着ぐるみを脱いでテーブルの上に座った。
太めの男性が額の汗を拭きながら、テーブルを挟んだ向かいのソファに落ち付く。彼がギルド長みたいだな。
間を置かずして扉が開き、御茶と茶菓子が運ばれてくる。ティーカップを置こうとした従業員が、私を見て固まった。
テーブルの上に座っているのは、やはり行儀が悪かったか。それとも私が小さすぎて、普通のティーカップでは飲めないのではないかと気遣ってくれたのか。
「わー」
私は御茶も茶菓子も不要なので、お気遣いなく。
声を掛けたら、ぎょっとした顔を前に突き出して、まじまじと凝視された。ポッコリーギルド長も身を乗り出し、丸くした目で私を見つめる。
「わー?」
「失礼いたしました」
取り澄ました顔に戻った従業員が、テーブルにガドルとギルド長の茶菓を並べていく。用が済むと一礼して退室した。
ぱたりと扉が閉まった音を確かめて、ギルド長が口を開く。
「商業ギルドファード支部のギルド長、ポッコリーです。そ、それで、公爵様からの使いと伺いましたが、御用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
汗を拭き拭き、ガドルの表情を窺いながら上目づかいに聞いてきた。
商人はもっと商魂たくましくて図太いと思っていたけれど、小心者っぽいな。それとも何か疚しいことでもしているのだろうか?
「わー……?」
じとりと見つめてみるけれど、よく分からない。私に害はなさそうだから、見極められなくても構わないか。
『キャーチャー閣下には便宜を図って頂いただけで、用があるのは私だ。店を開きたいと思っている。パンケーキ屋だな』
駆け引きは苦手なので、単刀直入に伝える。
「パンケーキ、ですか? それはパンでしょうか? ケーキでしょうか?」
「わー?」
この世界にパンケーキは存在しないのだろうか? いや、ガドルやキャーチャー閣下、神官長には通じていたはず。サースドの商人たちにだって――
「わー? わー……」
思い返してみると、パンケーキ屋を開くと決めてはいたけれど、ガドルたちに詳しく話したことはなかったかもしれない。サースドの商人たちも、パンケーキではなく、パンやケーキと言い直していた気がする。
ではどう説明したものか。
『フライパンで作るケーキのことだ。略してパンケーキ。簡単な物だからここで作ってもいいのだが、材料が揃っていない』
マンドラゴラの姿で料理をするのは一苦労だから、食材はあまり持ち歩いていない。店舗を手に入れてから買い揃えればいいやと先延ばしにしていた。
「作って頂いてもよろしいのですか? いえ、もちろん守秘義務は守りますが」
「わー?」
守秘義務? パンケーキの?
私が困惑していると、ポッコリーギルド長まで困り顔になっていく。数秒してはっとした顔をすると、二度三度頷いてから表情を綻ばせた。
「なるほど。公爵様のお知り合いでしたら、そういったことには関心が薄いのかもしれませんな。いやあ、お恥ずかしい。どうも私はがめついようでして」
「わー?」
勝手に納得されたけれども、説明が欲しい。そしてポッコリーギルド長よ。なぜ先程からガドルばかり見ているのだ? 話しているのは私だぞ?
「商人は自分が創り出した商品を他者が真似して販売しないよう、作り方を隠したがるのですよ」
なるほど。そういうことか。薬師ギルドでも、薬のレシピは基本的に秘匿する。現実世界に至っては、特許などでがっちり守られるほどだ。
だがパンケーキだからなあ。異界の旅人なら、作り方を知っている人は多い。そもそも私が考え出したものではないし、秘匿する権利はないだろう。
「必要な物がございましたら仰ってください。お珍しい品は取り寄せになりますが、一通りの食材は揃っておりますので」
ポッコリーギルド長がにこやかに提案してくれる。
ならばお言葉に甘えさせてもらうか。
『小麦粉と砂糖、卵、牛乳。それと食用油はあるだろうか?』
「卵は何の卵がよろしいですかな? それと浅学で申し訳ないのですが、ギュウニュウとは何でしょう?」
「わー?」
何の卵とな?
お菓子作りには鶏の卵を使うのが一般的だ。ダチョウや鴨の卵を使う店もあるけれど少数派だろう。
そう考えると、鶏の種類を聞かれているのかもしれない。白色レグホンとかアローカナとかセラマとか大王とか、鶏にはたくさんの種類が存在する。
こだわるお店は卵にもこだわるから、配慮してくれたのだろう。
ちなみに白色レグホンは、鶏の卵と聞いて多くの人が思い浮かべる白い卵を産む鶏だ。アローカナは美しい青や緑の卵を産む。セラマは最小の鶏で、成鳥になっても体重が三百グラムを切ることがあるという。逆に大王は、八キログラムを超えたこともある大きな鶏だ。後ろ二種の卵が、食用として流通しているという話は聞かない。