12.晒し者にされること十数分
晒し者にされること十数分。ようやく落ち着いたポーリック神官が立ち上がる。
「御父上様もよく、こうして私の掌の上に乗ってくださったのですよ」
「わー……」
ポーリック神官が涙を拭おうとするも、揃えた両掌に私が乗っているため諦めた模様。ランチョンマットなら持っているけれど、ここで差し出すと先に進めなくなりそうなので放っておこう。
ちなみに以前ポーリック神官の掌に乗ったのは、妖精の悪戯な飴玉を作った時のこと。
鍋の中を覗こうとしたのだけれども、私の草丈では根伸びしても見えなかったんだよ。見かねたポーリック神官が掌を貸してくれたのだ。
あの時も、感涙して叫んでいた気がしなくもない。
「……。わー?」
たぶん、記憶が混濁しているのだな。マンドラゴラを手に乗せて歓喜する神官など、存在するはずがないのだから。……ないのだから。
『ポーリック神官。すまないが、急ぐのだ』
定型文で事態を切り上げにかかる。
非情と言うなかれ。神官だけなら我慢できるけれども、――いや、神官だけでも恥ずかしいけれども! 異界の旅人も通りかかるのだよ!
これは掲示板や動画サイトでネタにされるに違いない。
「わー……」
恥辱で根が熱い。綺麗なオレンジ色ボディが、金時人参なみに赤くなっているのではなかろうか。
「これは申し訳ありません。では参りましょう」
「わー……」
にこにこ笑顔で歩き出すポーリック神官。彼の後ろを、得体のしれない物を見る目を向けながら付いてくるガドル。時々私に、大丈夫か? と聞きたげな視線を送ってくるけれど、答えられない。
「わー……」
今の私は虚無だ。思考回路を稼働させたら、恥ずかしさで蒸し人参になってしまう。
そうして連れていかれたのは、神殿の奥にある祈りの泉だった。聖水の原料となる水が湧く泉である。中央に小振りの女神像が立ち、足下から水が湧き出ている。
そんな神聖な雰囲気を持つ泉の畔に、以前はなかったはずの金色に光り輝く像が造立されていた。
大理石っぽい白い台座の上に鎮座する、金色の人参――違った。マンドラゴラ像。
「わー……」
シュールすぎやしないか?
他の異界の旅人も、聖人になれば彫像が作られるのだろうか? それとも神金塊を寄贈したらかな? なんにせよ、他にも金像が立てられて、マンドラゴラが埋もれる日が一日も早く来るよう祈ろう。
「わー」
「御父上様を偲んでおいでなのですね。御労しや」
祈りを捧げる私を見て、ポーリック神官が目尻からほろりと光る粒を滴らせる。
「わー……」
違う。そうじゃない。
そもそも金像のもととなったマンドラゴラは私だ。ゲームシステムのせいで、ポーリック神官たちに真実を告げると苦しませてしまうから、聖人参の子供を名乗っているけれど。
『そうだ。泉の水を汲ませてもらってもいいだろうか?』
せっかくここまで来たのだ。水を貰って帰ろう。聖水があれば何かと便利だからな。
「ええ。構いませんよ。どうぞ遠慮なく」
『ありがとう』
リングから樽を取り出し、泉にとぽん。穴から水が入り、次第に沈んでいく樽。
「わー」
もう一樽、とぽん。こちらも徐々に沈んでいく。
水がたっぷり入って沈み切った樽をリングに回収。そして、次の樽をとぽん。
「にんじん……」
「わー?」
ガドルが呆れた顔で私を見ていた。
ポーリック神官は笑顔だけど、微かに口元が強張っている。
「ジュニア様は、御父上様にそっくりですね。御父上様も、容赦なく樽に汲んでおられました。一応、貴重な水なのですが」
「わー……」
容赦のないマンドラゴラですまぬ。
遠回しに咎められているのかと、ポーリック神官の顔色を窺う。だけど責めている様子は微塵も感じられない。むしろ目尻を袖で拭いながら、懐かしむような温かい眼差しを私に注いでいた。
私、愛されまくっていたのだな。
維管束がほっこり温かくなる。
だがそれだけに、疑問を覚えてしまう。
好感度なら、キャーチャー閣下よりもポーリック神官のほうが高いと思うのだ。どうしてポーリック神官は、私を認識できないのだろうな?
「わー?」
やはり神官という職業が関係しているのだろうか。
考えつつも沈んだ樽を回収し、次の樽をとぽん。泉の水が三分の一近く減ってしまったので、これが最後だな。
魚などが暮らす水槽の水も、一度の換水量は三分の一以下が推奨されている。一気に水替えをすると水質が変わり過ぎて、棲んでいる生き物がダメージを受けてしまうのだ。祈りの泉に魚は泳いでいないけれど微生物はいるだろうから、配慮しなければな。
最後の樽を回収し、ポーリック神官へ根の向きを変える。
『泉の水をありがとう。それと、ここまで運んでくれてありがとう』
「もうよろしいのですか? まだ汲んでも大丈夫ですよ?」
なぜか残念そうに言われた。
「わー……」
ポーリック神官、聖人参に甘すぎませんか?
『今日はここでやめておく。また汲みに来させてもらってもいいだろうか?』
そう聞いたら、ポーリック神官がくしゃりと嬉しそうな顔をする。
「もちろんでございますよ。またいつでもお出でください。ジュニア様さえよろしければ、御父上様のように神殿で暮らしてくださっても構わないのですよ? にんじん様のお部屋は開けておりますので」
私が神殿で暮らしていたのは短い間だ。そして彼らにとっては、一度ゲームオーバーになってしまった最初の私と、今の私は別の存在。それなのに、私を誘ってくれるのだな。
嬉しさと寂しさと、なんとも言えない気持ちが、維管束をきゅっと締め付ける。
やばい。泣きそうだ。マンドラゴラだから泣けないけど。
『ありがとう。だけどファードに店を開くつもりなのだ。おそらくそこに住むことになると思う。店を開けたら連絡するから、よければ食べに来てくれると嬉しい』
神官が気軽に外食できるのか知らないけれど。駄目なら配達でもするかな。
「それは楽しみですね。ぜひ、訪ねさせていただきます」
「わー!」
どうやら来られるみたいだ。楽しみにしているぞ。