10.さっそく試着
「わー!」
さっそく試着。ニホンアマガエルにしては巨大な蛙になってしまったけれど、細かいことは気にしない。
「わーっ!」
跳躍して、ガドルの鎧にぴとり。
「わー……」
手足がしっかりくっ付いて、ずれ落ちることはない。やはり蛙姿は落ち着くな。
「ふむ。やはりガドルと行動を共にするには、吸盤タイプの蛙のほうがいいか」
蛙の全てが壁に貼り付けるわけではない。トノサマガエルなど、吸盤を持たない種類も多く存在する。チャコガエルも土に潜っていることが多いので、壁に貼りつくのは苦手だ。
「それともう一つ」
「わー?」
今度は筒状に丸められた書状が差し出された。
「以前話していたスラムの件だ」
「わー!」
この世界にはスラムがある。怪我や病気など色々な理由で貧困層に落ち、抜け出せなくなっている人たち。彼らに職業訓練などを施して社会復帰の手助けをしてほしいと、以前頼んでいたのだ。
「環境改善は神殿が主体となり、国が補助する形で動いているが、にんじん殿はやりたいことがあるのだろう? 商業ギルドにそれを持って行けば、便宜を図ってくれるはずだ。個人的には王都で店を開いてもらいたいが、他の町でも通じる」
「わー!」
パンケーキ屋を開くつもりだったけれど、キャーチャー閣下が後ろ盾になってくれるらしい。
おそらくだけど、店舗を借りる時の審査が楽になるなどのメリットがあるのだろう。私はこの世界に定住していない異界の旅人だから、何も持たずに商業ギルドへ向かっても信用問題で引っ掛かりそうだからな。
「わー……」
行く前でよかった。門前払いは心にダメージを受ける。
しかし王都で開店したら、キャーチャー閣下は覗きに来るつもりだろうか? 店員さんたちが驚きそうだから、せめてお忍びにしてほしい。
キャーチャー閣下に挨拶をして、私とガドルは屋敷を後にした。無論、私はニホンアマガエルの着ぐるみに根を包み、ガドルの左肩にぴとりと貼り付いている。
『しかし閣下は太っ腹すぎないか?』
蛙の着ぐるみだけでなく、聖水代としてかなりの金額を頂いた。ありがたいけれど、こんなに良くしてもらっていいのだろうかと小根元を傾げてしまう。
そんな私に、ガドルは呆れ交じりの溜め息一つ。
「にんじんとキャーチャー閣下にとっては貴重な品なのかもしれないが、俺にはその着ぐるみの価値が全く分からん」
「わーっ!?」
なんだとっ!?
『これほど素晴らしい蛙の着ぐるみだぞ!? 誰もがこぞって欲しがるものだろう?』
見た目や着心地も素晴らしいが、妖精がくれたという逸品なのだぞ? オークションに掛ければ高値が付くに違いない。
驚愕する私に、ガドルは苦い笑み。呆れられている気がするのは気のせいだよな?
「他の奴らから見ても同じだろ。特別な機能が備わっているわけでもないみたいだし、買い取りに出しても二束三文で買い叩かれるかもしれん」
「わー……」
信じられぬ……。
愕然とする私を肩に貼り付けて、ガドルは貴族たちが暮らすエリアを護る門を抜けた。
・・・
キャーチャー閣下の館を後にした私たちは、神殿に向かった。転移装置でファードに移動してから宿を取る予定だ。
「ジュニア様ではありませんか」
「わー?」
たまたま通りかかったポーリック神官が、私に気付いて足を止めた。
私に話しかけて、気分は大丈夫だろうかと顔色を窺うけれど、発色もよく笑顔を浮かべている。どうやら私をにんじんの子供と認識したことで、システムからもたらされる不調を克服できたみたいだ。よかった。
「御父上様とは違う蛙なのですね。そちらも可愛らしい」
『ニホンアマガエルだ。目元のラインが格好いいだろう?』
「ええ。ほんとうに愛らしい」
ポーリック神官は目を細めて、嬉しそうに私を眺める。その目尻に、光るものが滲んでいく。
「御父上様は、とても素晴らしい御方でした。人々のために御自身の体を使ってまで薬を作り、また聖なる力を使ってたくさんの聖水を神殿にもたらしてくださいました。私もお手伝いをさせていただいたことがありましたが、それはもう尊いお姿で。今もこの胸の内に刻まれております」
「わー……」
両手で胸を押さえて涙を流すポーリック神官。
聖人参様が美化されているな。
私、作った薬はほとんど市場に流しておらぬ。つまり、人々のためになっていないのだ。そして聖水は神殿に何樽か寄贈したけれど、材料となる祈りの泉の水は神殿で汲めるから、私は踊っただけ。
根に余る言葉の数々が維管束に突き刺さり、むず痒い。
「そうそう。御父上様の金像が完成したのです。ご覧になっていきませんか?」
「わー!?」
金像、だと!?
「ご案内いたしましょう」
戸惑っている間に差し出される、ポーリック神官の両掌。これは乗れということかな?
ちらりとガドルを窺うと、彼も困惑顔。しかし引かないポーリック神官。
私のせいで悲しい思いをさせたり、システムから苦痛を与えられたりと迷惑を掛けている。彼の些細な要望を叶えるくらい、してもいいのではなかろうか。
せめてもの礼儀と、ニホンアマガエルの着ぐるみを脱いでマンドラゴラの姿に戻り、ガドルの肩からポーリック神官の掌の上に移動した。
「おお! ジュニア様が私の手の上に! 女神様、感謝いたします!」
途端に膝を突き、私が乗った両手を高く掲げるポーリック神官。双眸からは滂沱の涙があふれ出る。
ガドルが思わず後退り、引きつった顔でポーリック神官をまじまじと凝視した。あれはポーリック神官の正気を疑っている目だな。
通りかかった神官たちも肩をびくりと跳ねさせ、足を止めて何事かと言わんばかりに注目している。
「わー……」
恥ずかしすぎるぞ、ポーリック神官。せめて立ち上がってくれ……。いや、立ち上がっても目立つことに変わりはないな。
「わー……」
諦めよう。
無となって時が過ぎるのを待つ。
通り掛かった人たちが二度見して、通路の端を忍び足で進む。
関わりたくないのだな。分かるぞ! 私も人参を掲げて涙する神官と遭遇したら、回れ右してUターンするからな。