07.……ここに埋もれてはいないのか
「……ここに埋もれてはいないのか……。掘り返さずに済んでよかったと言うべきか、まだあるのかと呆れるべきか……」
ムッキーリギルド長が苦悶する。その間に職員たちが、積み上がったアイテムを睨んだり動かしたりし始めた。たぶん、鑑定したり整理したりしているのだろう。
凧はどんな鑑定内容なのだろうな? あの外見で実は防御力が高いとかだと、材料や作り方が気になりそうだ。
私も鑑定のギフトを持ってはいるのだが、薬絡みの物しかまともに鑑定できない。
職員の動きを見物していたら、ムッキーリギルドギルド長が声を掛けてきた。
「頼みがあるのだが。嫌なら断って持ち帰ってくれても構わない」
「わー?」
なんだ? この量をしまい直すのは、できればやりたくないのだが。
ムッキーリギルド長は片手の親指と中指で挟むようにして、左右のこめかみを揉みほぐしまくっている。
頭痛薬は持っていない。回復薬で頭痛は治るだろうか?
回復薬を出そうか迷っていたら、ムッキーリギルド長が話し始めた。
「恥ずかしい話だが、これ程の物がこの量。更に回復薬ともなれば、その、すぐに全額を用意するのは難しい。ギルドカードに入力するとしても、財源がないのに数字だけ入れたのでは信用問題に関わる」
言い辛そうに絞り出されたのは、買取金のことだった。
たしかに凄い金額になりそうだものな。ついでに鑑定するのも時間が掛かりそうだ。
『とりあえず証文を交わすなどでいいのではないか? すぐに用意できるとは私も思っていない』
現実世界だって、高額な取引は現金化まで時間が掛かることは珍しくない。
「心遣い感謝する。なるべく早急に用立てる」
即答で約束してくれたけれども、無理はしないでほしいな。
話がまとまったので、別の部屋に移動する。こちらも人払いしてもらい、回復薬を出していった。
上級回復薬は残しておこう。一本しかないし。上級魔力回復薬には同族が入っているから、こちらも残しておく。……お墓を建てたほうがいいのだろうか?
中級はどうするかな? 品質が不良だし私たちは使わないけれど、利用する機会があるかもしれない。レアの並だけ取っておくか。
倉庫で心構えができていたのだろう。回復薬だらけになった部屋を見たムッキーリギルド長は、顔を引きつらせながらも職員に指示を出す。
保管する場所があるのか心配したけれど、このまま冒険者ギルドで売るそうだ。よほど供給が間に合っていなかったらしい。
査定が終わったら連絡するということで、証文を交わして冒険者ギルドを出る。表は混雑しているとかで、裏口を使わせてくれた。
・・・
ガドルの肩に乗せてもらい、冒険者ギルドから神殿へ向かった。そこから転移装置を使って王都へ転移する。
キャーチャー閣下は気さくな御方だけれども、王弟殿下であり公爵様だ。あまりお待たせするわけにはいかない。閣下の館を目指して、町を王城のほうへ進む。
貴族の屋敷が並ぶ区画の中でも城に近く一際立派な建物が、キャーチャー閣下の屋敷である。
門番に来訪の理由を告げると、執事が出てきて応接室へ案内された。
「来たな」
にやりと悪い笑みを向けるイケオジ。彼こそがベボール王国の王弟殿下にして公爵、キャーチャー閣下である。
閣下が座る対面のソファにガドルが腰を下ろす。茶菓の支度が済むと、人払いがなされた。
「妖精の悪戯な飴玉の対価を用意した」
妖精の悪戯な飴玉は、舐めている間は姿を消すことのできるアイテムだ。キャーチャー閣下から貰った幻想華の花弁を使って、薬師である私が開発した。
使わなかった飴玉をキャーチャー閣下に献上したのだけれども、飴玉の効果は十秒。対価を頂けるほど役に立つアイテムではない。
そもそも幻想華の花弁を必要としていたのは私たちのほうだ。お蔭で地下迷宮に侵入し、ガドルの名誉を回復すると共に、亡くなったフォンさんの冥福を祈ることができた。感謝こそすれ、御礼を頂く理由は見当たらない。
そう思ったのだけれども、キャーチャー閣下にとっては違ったらしい。
「兄上の驚く顔を久しぶりに見ることができた。使用人たちにも協力させたがな」
キャーチャー閣下が愉快そうに笑う。
「わー……」
国王陛下。いつまでも子供な弟を持って大変ですね。
そして使用人たちよ。閣下に協力して国王陛下を出し抜いたりしていいのか? 忠誠を誓うべき相手は国王陛下だろうに。
私だけでなくガドルも、呆れ眼をキャーチャー閣下に向けている。
これでも有能な御仁なのだ。悪戯が好きなだけで。
呆れる私の前に、小箱が置かれた。
「開けてみるがいい」
「わー?」
頷いて箱に近付き、蓋の側面に根元を宛がう。ぐっと力を入れて押し上げて……。
「わー……」
開かない。
途中までは開けられたのだけれども、押し上げ切ることができなかった。根元を引いたら閉まってしまう。
「わー?」
勢いよく根元を跳ね上げたら開くかな?
試してみるかと根を屈めたところで影が差す。
「貸してみろ」
巧く開けられない私に変わって、ガドルが蓋を開けてくれた。助かるぞ、友よ。
しかし、なぜ眉間にしわを寄せるのか?
ガドルの視線は箱の中に落ちているので、中身が問題なのだろう。何が入っているのだ?
「わー?」
気になって、いそいそと箱の中を覗き込む。すると、中には緑色のぬいぐるみが鎮座していた。これはまさか……。
「わー!」
大きくてぎょろっとしたお目目。すらりと伸びた鷲鼻。なのにどこかとぼけた雰囲気のお顔。
間違いない。これは――
「わー……?」
盛り上がっていたら、むんずと捕まれて持ち上げられた。
「わー……」
そのまま緑のぬいぐるみに、ずぼっとイン。私よりも小さなぬいぐるみを伸ばしながら、ぎゅむぎゅむと押し込まれていく。
ぬいぐるみはゴムみたいによく伸びるので、きついとか痛いとかいうことはないのだけれども、もっと丁寧に扱ってほしい。