05.どうしたものかと
どうしたものかと考えあぐねてガドルの様子を窺うと、彼も困惑顔でムッキーリギルド長を見ている。冒険者歴の長いガドルにとっても、ムッキーリギルド長の反応は予想外だったらしい。
『ガドルよ、他で売らないか?』
こっそりと耳打ち。
「どこも同じだろう?」
あっさり返された。困惑はしても遠慮はしない方針か。
「大量にあるので、場所を移動しても?」
しかも追い打ちを掛ける。容赦ないな。
ガドルの発言を聞いて、ムッキーリギルド長が益々しかめっ面になった。すまぬ。
とはいえ、本当に大量にあるからな。なにせ死霊系迷宮が解放される前に入った時は、中が死霊系の魔物であふれ返っていたのだ。
それらをどこどこと薙ぎ倒して進んだため、どさどさとアイテムが手に入った。ゾンビ階層など、入ってくるアイテムの通知を追うことすら諦めたほどだ。
当然ながら、途中で一アイテムの収納上限を超えて、かなりのアイテムを放棄した。
「アイテムは何だ? 火打石か? マッチか? ばらのマッチは一定量超えていないと買い取らんぞ」
ムッキーリギルド長が歯を食いしばるようにして問うてくる。
「わー?」
火打石? マッチ? 私、そんなアイテム持っていないのだけれども? というか、ばらのマッチって、もしかしてマッチ一本だけ落とす魔物がいるの? 火事の元だな。
「わー……」
金魚提灯が落とす割り箸に吃驚したけれど、まだまだツッコミどころのある魔物がいるらしい。
「火玉か。一層目にいたな」
ガドルは私と違ってムッキーリギルド長が放った言葉の意味を理解していた。
だけど待ってほしい。
「わー?」
私、一層目は起きていたはず。マッチも火打石も持っていないのだけれども?
どういうことだと根元を傾げていたら、ガドルが呆れた顔。
「倒していいのか分からなかったから、初めのうちは魔物を避けていたからな。途中からはにんじんが小瓶を出すようになったし」
「わー!」
なるほど。それでか!
火玉の核を小瓶で捕えると、小瓶のランプができるのだ。
ファンタジーなアイテムに盛り上がった私は、ガドルに小瓶を渡して予備を幾つか作ってもらった。だから火玉を討伐していないのだな。
「なんだ? 違うのか?」
私たちのやり取りを見たムッキーリギルド長が、予想外とばかりに眉を上げる。
「売りたいのは武具防具類、回復薬の類だ」
食器系も持っているけれど、パンケーキ屋で使うかもしれないので取っておこうと、事前にガドルと話し合っていた。
牡蠣フライやフライドチキンといった揚げ物に関しても、ガドル用に残しておきたいので売るつもりはない。食事は毎日必要だから、食料は幾らあっても困らないのだ。
「回復薬、だと?」
ムッキーリギルド長が強く反応を示す。がたんと音を立てて立ち上がると、目をかっと開き身を乗り出してくる。
「わー?」
回復薬がどうしたのだ?
「回復薬がどうかしたのか?」
訝しく思って声を出したら、ガドルが聞いてくれた。
幻聴を使わずともマンドラゴラの言葉を理解するとは、さすが相棒だな!
ガドルの冷静な声で我を取り戻したのか、ムッキーリギルド長がばつの悪そうな表情をして椅子に座り直す。照れ隠しに頬を掻いてから、説明をしてくれた。
「異界の旅人から要望が多くてな。中には、『どうすれば手に入るのか教えろ』『隠していないで出せ』などと、受付の職員たちに恫喝紛いの言動をする者まで出てきている」
「わー……」
そういえば、ハッカが以前、魔力回復薬が見つからないのだと嘆いていたな。普通の回復薬も、回復量の少ない初級回復薬しか出回っていないとか。
しかし、あれからずいぶんと経っている。まだ見つかっていないなんてことはないよな? 私以外にも薬師を選んだプレイヤーはいるだろうし。
「……。わー?」
材料か? 材料がないのか?
私が作った魔力回復薬は、材料としてマンドラゴラを使う。
マンドラゴラが見つからないのか? だとしたら、私、薬師プレイヤーに見つかったら捕まって磨り下ろされるのか? そういえばイセカイ・オンラインを始めたばかりの頃に、人間に捕まって薬師ギルドで売られかけたな。
気付いたところで草汁が引いた。
「わー……」
無意識に根が縮こまり、ガドルの首裏に隠れてしまう。
「にんじん?」
ガドルが心配そうに私を見る。
そうだ。私にはガドルがいるではないか。最強無敵の頼れる相棒が! 何を恐れる必要があろう。
『ガドル、信じている』
「にんじん……。ああ、もちろんだ」
感激した様子のガドルが、ふっと口角を上げて頼もしく請け負ってくれた。
「わー!」
頼りにしているぞ、相棒! 本当に、私にはもったいない最高の相棒である。
安心して気持ちが緩んだからだろうか。思い出した。北の山で採れる湧水にも、魔力回復の効果があるということに。
だからきっと私は大丈夫だ。恐怖に囚われるな、にんじん!
それはそれとして、だ。
『異界の旅人が迷惑をかけてすまない。同じ異界の旅人として謝罪させてほしい』
ガドルの首裏から出て、ムッキーリギルド長に対して深く葉を下げる。
私が謝罪したところで、私の気持ちが軽くなるだけだ。何の解決にもならない。だけど、謝らずにはいられなかったから。
「にんじんが悪いわけではないだろう?」
ガドルが慰めてくれる。
出身地が同じでも、一人一人性格も考え方も異なるのは当然だ。同郷人だからと一括りにするのは間違っている。
分かっているさ。だけど申し訳なさが込み上げてしまうのは、止められなかったのだ。
ムッキーリギルド長からの反応はない。私が異界の旅人だと知り、怒りに震えているのだろうか?
「わー……」
許されないのだと理解して、しょんぼりと葉が萎れたまま根元を上げる。いつまでも根元を下げ続けているのは、相手の罪悪感を煽るだけだから。
しかし青筋を立てて目を怒らせているかと思ったムッキーリギルド長は、予想に反して大口を開けたまま私を凝視して固まっていた。
「わー?」
いったいなんだというのだ?