04.じっと袋を見つめていたら
じっと袋を見つめていたら、ガドルが苦笑した。どうした?
「これなら変な機能が付いていても不思議ではないだろう?」
そう言って、私の左根を見る。
リングか! なんでも収納できるリングは、この世界の人にとっては垂涎の品。人前で見せないようにと、ガドルは口を酸っぱくして言っていた。その妖しい袋をダミーにするつもりだな。
私が理解したと見て取ったガドルが、白い牙を見せてにやりと笑う。店員のもとへ持っていて購入すると、長い紐を腰に結びつける。
「俺は他に用はないが、どうする?」
『そろそろログアウトも迫ってきたし、ファードへ行こう』
「そうだな」
予定では今日中にファードの町へ行って冒険者ギルドへ寄るつもりだったのに、タタビマ採取と店を覗くのに時間を食ってしまった。
見たことのない色々な物があって、つい夢中になってしまったのだよ。金色の越中褌が売らていたのにはちょっと笑った。防御力が高くてお薦めらしい。
ガドルに勧めたら、いつにも増して苦い顔をされたけど。
セカードの神殿から転移装置を使ってファードの神殿へ転移。その後、ガドルの食事を済ませて宿へ泊まった。
・・・
ログイン早々、ガドルと共に冒険者ギルドへ向かう。リングの中のアイテムを換金する予定だ。
リングに収納するアイテムは、一種類ごとに九十九個までと決まっている。すでに上限に達し、手に入れても収納できなくなっているアイテムが多数あるのだ。
地下迷宮の魔物密度が凄かったからな。売って空を作っておきたい。
それにこれから店を開く。所持金は多いに越したことはない。
ガドルからも、地下迷宮で得たアイテムは早めに売ったほうがいいと勧めらている。
解放された地下迷宮改め死霊系迷宮は、多くの冒険者たちが詰めかけているそうだ。売り払うのが遅くなれば遅くなるほど値崩れしてしまう。
他のプレイヤーたちが入れない期間に侵入して手に入れたアイテムなので、正直なところ、後ろめたい気持ちもある。
だが他のプレイヤーより先駆けて、新アイテムを手に入れるプレイヤーが現れるのは仕方ないこと。先陣を切って利を得たプレイヤーを責めるのはお門違いだ。
割り切って売ってしまおうと訪れた冒険者ギルドは、以前に来たときよりも人の数が少なかった。
きっと異界の旅人たちが、他の町へ行ってしまったからだろう。スタート地点に留まるプレイヤーもいるけれど、多くは先へ先へと進もうとするはずだから。
ガドルがギルドカードを見せた途端に、奥へと案内される。
「わー?」
私たちは何も悪いことなどしていないぞ?
戸惑う私と違って、ガドルは平然とした顔だ。さすがAランク冒険者。大物感が滲み出ているな。
「ランクが高いと、頼まれごとをすることも多くなる。その類だろう。巻き込んで悪いな」
「わーわー」
申し訳なさそうに眉尻を下げるガドルに向けて、気にするなと葉を左右に振る。理由が分かれば問題ない。
『むしろ喜ばしいことだ。ガドルの名誉がちゃんと回復されているという証だからな』
ガドルはくだらない冤罪を掛けられて、ファードのスラムで暮らしていた時期があった。キャーチャー閣下の力を借りて私とガドルで地下迷宮に潜り、冤罪を晴らしたのは最近のこと。こうして本来の立場で扱われる彼を見ると、嬉しくなる。
「わーわーわー」
自然と葉を揺らして草笛を鳴らしてしまうのは許してほしい。
「にんじん」
ガドルが苦笑を浮かべた。困っているような表情だけど、どこか嬉し気だ。止める気はないらしい。
「こちらです」
案内された部屋に入ると、木製の執務机に肘を乗せ、組んだ手の上に顎を据えてこちらを見つめるジェントルマンがいた。鼻髭の立派さに目が向くが、筋肉のムキムキ具合も素晴らしい御仁だ。
「ベボール王国ファード支部の冒険者ギルドを任せられている、ムッキーリだ」
声も渋いな。
「Aランク冒険者のガドルです。こいつは相棒のにんじんです」
「わー!」
ガドルが私を紹介してくれたので、肩の上に立ってぺこりと根の中ほどを折り挨拶する。ムッキーリギルド長の目がガドルの左肩に乗る私を凝視した。
これはアレだな。私がAランク冒険者の相棒に相応しい、できるマンドラゴラか見定めているのだろう。
いいだろう。確と見定めるがいい!
根を張っては見たものの、私、ムッキーリギルド長の御眼鏡に適う自信がないかもしれない。戦闘力が皆無だからな。
ぴんと立っていた葉が、徐々に萎れていく。
ガドルとのコンビを解消するように命じられたらどうしよう? ガドルのことだから、権力に負けて私を手放すなんてことはしないと思うけれど、そのせいでランクを下げられたら? 私のせいでガドルが不遇な目に遭うのは嫌だな。
「わー……」
「にんじん?」
落ち込む私を不思議そうに見たガドルが、返す視線でムッキーリギルド長を睨んだ。
ごほりと咳払いをするムッキーリギルド長。
音に反応して意識を向けると、執務机の端に置かれていた一通の書状を、ガドルに向けて差し出してきた。
「Aランク冒険者ガドルに宛てて、キャーチャー公爵閣下からの伝達だ」
「わー?」
思わずガドルと顔を見合わせてしまう。わざわざギルドを通じて呼び出すなんて、いったい何があったのか。
ガドルが受け取った書状を開く。人の手紙を勝手に覗くのはよくないと思いつつ、視界に入ったので読んでみる。
見知らぬ文字で書かれているのに読める不思議。ゲームだな。
それは横に投げ捨てておくとして、内容は、と。
簡潔に言えば、都合が付いたら早めに公爵邸まで来てほしいということだった。理由は書かれていない。
「分かりました。早めに伺います」
「頼む」
断る理由はないので、ガドルがすぐに了承する。とはいえ急用ということではないっぽいので、今すぐ向かったりはしないけど。
ギルド長からの用件は終わったので、こちらもここに来た目的を切り出す。
「迷宮で手に入れたアイテムを売りたいのですが」
すると、ムッキーリギルド長がまとっていたダンディな雰囲気が揺れた。眉間に凄まじいしわが寄ったではないか。どうした?
「死霊系迷宮だな? 遠慮なく出すといい。魔物から手に入れたアイテムの買い取りは、冒険者ギルドの仕事、だからな」
物凄い苦くしかめた顔で声を絞り出す。
まるで濃縮したセンブリペーストを、ジャムと間違えてパンに塗って食べてしまったかのようだ。しかも顔を背けて舌打ちまでする。そんなに迷惑だったか?
「わー……」
ここで売るのが申し訳なく思えてきた。別のギルドへ頼んだ方がいいだろうか?