03.おかしい
「わー?」
おかしい。私が漬かっているのに、聖水に変化が起きない。もしかして、聖水とマンドラゴラの相性が悪いのだろうか?
「にんじん、そろそろ瓶から出てくれ」
ガドルが気まずげに声を掛けてきた。呑兵衛疑惑をかけられるのを嫌った模様。
【友に捧げるタタビマの薫り】に向ける熱い眼差しを思うと、間違ってはいないと思うけどな。
「わー」
肯いて大瓶を装備から外す。
しかしマンドラゴラ入りの大瓶を酒瓶と勘違いされるということは、この世界ではマンドラゴラ入りの酒があるのだろうか? 私がアルコール中毒になってしまいそうだから、浸かるつもりはないけどな。
ガドルの肩にしがみ付いて、セカードの町へ入った。
セカードの町はずいぶんと賑わっていた。
イセカイ・オンライン開始当初のファードに比べればましだが、以前来たときに比べるとかなり人が多い。だが街の雰囲気は大きく異なる。
ファードは人々の営みを感じさせる、レトロな街並みといった印象を持つ。王都は王城を中心にして造られた、貴族たちも住まう洗練された都。
二つの町に対して、セカードは武器や防具を扱う店が多く見られた。道行く人々も、防具で身を固め武器を持った物騒な人たちが多い。
「やはり死霊系迷宮の影響は大きいみたいだな」
「わー?」
死霊系迷宮? ガドルの無実を証明するために潜った、あの地下迷宮のことか? 冒険者に開放されたと聞いていたけれど、ここにいる武装した人たちは、あそこに挑むために来ているのか。
……。あそこ、そんなに装備しなくても大丈夫だと思うのだが? ゾンビ階層からは大変だと思うけれど、それまでは……うん。
思い出してちょっと遠い目をしてしまった。
覚悟を決めて入ったんだけどなあ。
武器が並ぶ店や露店を横目に大通りを進み、冒険者ギルドの建物の前まで辿り着く。
うん。混んでいるな。
そのまま通り過ぎた。
「わー?」
足を止めたガドルの耳が、ぴこぴこ動く。操縦桿ごっこしたい。
少ししてガドルが歩みを再開する。路地を曲がって、大通りの喧騒から離れていく。しばらく進むと、露店が並ぶ地区に出た。
テントを張った店や、台を置いただけの店。中にはござっぽい物を敷いた上に商品を並べる店もある。扱っている品物は衣類や雑貨が主だけど、よく分からない物もあった。
食料も色々とあるな。パンケーキに使えそうなものはないだろうか?
きょろきょろと辺りを見回す。
『ガドル、あの店に寄ってみてくれるか?』
「分かった」
果物らしきものが積み上げられている露店に向かってもらう。
スイカなみに大きな苺とか、すでにチョコレートが掛かっているように見えるバナナらしき果物とか、不思議な果物屋である。
『パンケーキに添えるなら、お奨めはどれだろうか?』
どうせ味見はできないマンドラゴラだ。私が選ぶよりも、お店の人に聞くのが正確だろう。ガドルは甘いものが苦手なので、甘味に関しては信頼できないからな。
「パンかケーキ? だったら、この辺りね」
恰幅のいいお姉さんが、スイカなみに大きな苺とチョコレート掛けバナナを示す。やはりその二点は譲れぬか。
値段を確認すると、結構なお値段だった。ここで仕入れたものをパンケーキ屋で出すとなると、かなりお高め設定の価格になりそうだ。
一応、幾つかお買い上げ。他にも気になった果物を少しずつ購入しておく。
誰かに試食してもらって、パンケーキに合いそうなものを選ぼう。
『これはセカードの町で採れるのだろうか?』
栽培している農家さんから直接買えば、もう少し安く仕入れられるかもしれない。
そんな下心を含んで聞いてみる。
「セカードと言えばセカードかしら? 南門から出た先にある森で採れるそうよ?」
詳細はお姉さんも知らないそうだ。取引のある商人から買い付けているらしい。
「でも最近はあまり収穫できないらしくて、お店に並べられる数が減っているのよ。お値段もその分、高くなってるわ」
収穫期を過ぎたのだろうか?
現実世界では一年を通して様々な果物が流通しているけれど、昔はそれぞれの果物や野菜に旬があり、その時期にしか味わえない物も多かったと聞く。
話を聞いていると、隣の屋台から声が掛かった。
「お兄さん、これも買っていきなよ」
「わー?」
親爺さんが示しているのは、薬のカプセルを思わせる形をしたエクレアサイズの何か。色は薄黄色で、表面は艶やかだ。
「茹でればとろーりとしたクリームになって絶品だ。野菜を加えて塩コショウを振ってもよし。お貴族様は、砂糖を加えてケーキに使うそうだぞ」
「わー!」
どんなものかよく分からないけれど、パンケーキにクリーム系は定番。こちらも高級食材っぽいな。
どうしよう? 庶民向けのパンケーキ屋を開くつもりだったのに、どんどん原価が上がっている気がする。貴族向けは肩が凝りそうで嫌なのだけどな。
とはいえ、こちらも幾つか買っておく。
他にもガドルが欲しそうに凝視していた、ベーコンや生ハムなども購入。食事系のパンケーキも美味しいからな。
色々な露店で買い物をしていると、彼らの事情を知ることができた。
ここで露店を開いている人たちの多くは、大通りに店を持っているらしい。だけど死霊系迷宮が冒険者たちに開放されたことで、客層も商店に求められる品物の種類も変わった。
荒々しい雰囲気の冒険者たちを避けて、こちらで商売をしている人。店の前で武具などを扱う露店を開かれて、仕方なくこちらに避難してきた人。そういう商人たちに店舗を貸して、こちらで店舗を借りている人。
経緯に違いはあれど、死霊系迷宮の影響を受けて移動してきたらしい。
「町が活気づくのは嬉しいのだけれどもねえ。落ち付くまではこの辺で大人しくしているよ」
稼ぎ時だと張り切るかと思いきや、戸惑っている人が多いみたいだ。
食料を買い終えると、ガドルが雑貨屋へ足を向けた。香が焚き染められたエスニック系を思わせる、癖の強い店だ。
大柄の模様が付いた布や服はともかく、木彫りに原色で顔が書かれたお面や羽が生えている額当てとか、買う人が……いるから売っているのだろうな。
店内を物色していたガドルが、長い革紐が付いた怪しいデザインの小袋を手に取った。暗い青と緑が微妙な配色で混ざり合った生地には、奇妙な模様が刺繍で施されている。
「わー」
ガドルはこういうのが好きだったのか。個性的だな。