06.考えても分からないので
考えても分からないので、【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)】の項目を開いてレシピを確認してみることにした。
【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)】
<必要素材>
・水×2カップ
・ラニ草×3
・マンドラゴラ(変異種)
<作成方法>
1.マンドラゴラとラニ草を刻む。
2.1を水に入れて煎じる。
「……。わーっ!?」
マンドラゴラを刻んで煎じるのか!? 理解したわ! 死ぬわ!
だが、なんでそんなレシピになったのだ?
あれか。たぶん溺れたのが原因だ。刻んでもなければ煎じてもないから不良になったのだな。
おそらくこのレシピからラニ草を除いたレシピが、正しい上級MP回復薬の作り方なのだろう。
私が作った工程のままでないのは、システムが既存のレシピに寄せる修正を掛けたからだと推測する。
並を生み出すためには、私が刻まれねばならぬのだな。
だが断る。
原因が分かったので、材料を買い足してから鍋に入り水を張る。
初級HP回復薬は良でも五百エソにしかならない。私が水没するだけで倍以上になるのなら、甘んじて水漬けになろうとも。
ここから先は、【自動調薬】に頼む。
選んだ途端に鍋が大きくなったので、水を追加しておく。
ガラス越しに見える机の上で、ラニ草が刻まれ始めた。
鍋から取り出してまで、マンドラゴラを刻むつもりはないらしい。よかった。
包丁が勝手に動いているのはホラーだが、透明人間がいるとでも考えておこう。
「わー……」
しかし、なぜ私は、自分で出汁を取っているのだろう……。なんだか釈然としない。ついでに変異種と書かれていたのも釈然としない。
プレイヤーだからだろうか? それともキャラクリで基本のマンドラゴラから少しいじったからか?
まあいいや。
ラニ草が刻み終わったので、別のラニ草を召喚して浮上する。縁によじ登ったところで気付く。
高いな、おい。飛び降りるの怖いな。
鍋が大きくなった分、高さも増していた。
ためらっている内に、刻んだラニ草が降ってくる。そして、根下が温かくなってきた。ていうか、熱い!
「わっ!?」
慌てて飛び降りて確認すると、コンロのスイッチが入っていた。
鍋の上で火傷したのだろう。私のHPが少し削れている。危なかった。
調薬とは、命がけの戦いである。
安全地帯に避難したので、後はシステムに任せてしばし待つ。
自動といってもすぐに出来上がるわけではないのだ。
待つこと十五分ほど。出来上がったのは、【上級MP回復薬(にんじんオリジナル)・不良】が十本。全て売る。
なぜか半分は千十エソでお買い上げされた。不良よりも質が悪かったのだろうか? よく分からぬ。
「わー!」
再び鍋にダイブ。
うっかりしていると私ごと火に掛けられるので、油断はできない。ラニ草を刻み終える前に脱出しなければならないのだ。
五回ほど繰り返したところで飽きた。
時間も調合室に入ってから、かなり経過している。所持金は五万エソを軽く超えた。
「わー!」
初日にこれだけ稼げば充分だろう。さすがにずっと調薬を繰り返すつもりはない。
自分用にもう一回作り、収納ボックスに入れておく。念のため、ラニ草と純水を十ずつ買っておいた。
調薬室を出て受付のお爺ちゃんにお礼を言ってから、薬師ギルドを後にする。言葉は通じなくても、感謝の気持ちは通じたと思う。
さて、次はどうしよう? 冒険者ギルドはしばらく混んでいるだろうし、数日して空いてからでいいな。小さな私は、もみくちゃどころか踏まれてしまう。
なにより冒険者にならなくても、今のところ困ってはいないし。
ぼんやりと空を見上げていると、三つあるバーの一つ、EPが半分を切っていることに気付いた。
これからすべきことが決まった。食事だ。
まだ余裕はあるけれど、マンドラゴラは移動に時間が掛かるし、私は方向音痴だ。用心に越したことはないだろう。
というわけで、食料を探して町の中を歩く。
「わーわーわー」
パン屋。パン屋。パン屋を探せ。
どうせ食べるなら、好きなものを食べたい。
餡パンも好きだが、クリームパンは絶対だ。卵とミルクのカスタードクリームがたっぷり詰まった、美味しいパンを見つけねば!
とろりも好きだが、ずっしりも捨てがたい。
町の中を壁に沿って、ずんずん歩いていく。どんどん追い越されていく。
……人間が大きすぎる件。
店に入って気付いてもらえるのか不安になってくるが、まあ行ってみよう。
なんとかパン屋を見つけた時には、EPが残りわずかになっていた。
「わー!」
クリームパンください!
「おや? 子供の声が聞こえた気がしたけれど、気のせいか?」
気のせいじゃないです。クリームパンください。
お店の人がカウンターから顔を出したけど、私に気付かず、すぐに引っ込んでしまった。
仕方ないので、陳列されているパンを品定めする。
パンはガラスケースの中に収納されていた。
安い順に、黒パン、コッペパン、焼きそばパン、食パンの四種類だ。食パンはどーんっと一斤売り。
食べ残したらどうなるんだろ? 食べかけ状態で収納?
それはともかくだ。
「わー……」
クリームパンがない。
思わず崩れ落ちる。
ヨーロッパ風の世界だから、日本の菓子パンはないんじゃないかと懸念はしていたのだけど、焼きそばパンに負けるとは……。無念なり。
しかしEPは減っていく。ここは妥協すべきか。
「わー」
パンください。
「おや? やっぱり声がした気がするけど、変だな?」
またしても気付いてもらえず。
仕方ない。アレを試してみよう。レベルが低いから、被害が出てもきっと頭痛くらいだ。……たぶん。
「わーっ!」
幻聴発動!
『クリームパンください!』
「クリームパン? そんなのないよ」
通じた! そして元気そうだ。
『コッペパンください!』
「何個?」
何個? コッペパンは一つ百エソ。何度も買いに来るのは面倒だ。クリームパンないしな。
収納ボックスに入れておけば腐らない。そして一種類につき九十九個まで収納できる。ならば。
『九十九個ください!』
「え? そんなにないよ? 今は十三個だなあ」
『じゃあコッペパン十三個と、食パンあるだけください』
そんなわけでコッペパン十三個と食パン三十六斤を購入。しめて二万弱也。
食パンの在庫が思っていたより多かった。店頭に並べているものだけでなく、奥から取って来てくれたのだ。ちょっと失敗したかも。
ついでにMPが半分近く減っている。喋りすぎた。
「わー……」
ちょっと落ち込みつつも、店から出て歩き、人の邪魔にならない所でコッペパンを出す。
さて、いただきます。
「……? わー?」
これ、どうやって食べるの?
コッペパンを前にして気付く。
私、口がない。なぜなら、マンドラゴラだから。
そもそもマンドラゴラは、パンを食べるのだろうか?
「……」
食べないな。
私の食事って、何だろう?