01.マスター、
書籍化感謝で連載開始です。
『マスター、出来上がりました』
「ありがとう」
加熱調理器からAIちゃんの声がしたので、戸を開け袋を取り出す。中には調味液と共に、細く刻んだ玉ねぎや人参、しめじ、葱、それに人工卵液が入っている。
うちのAIちゃんにはロボット型のボディがない。私が幼い頃は犬型のボディを持っていたのだが、故障してしまった。かなり旧式のAIだったため対応するボディが見つからず、今はカード型端末に住んでいる。
もっとも、家電製品に移動したり、電脳空間を飛び回ったりと自由にしているため、本AI曰く、不便ということはないらしい。
先に用意しておいた白米を盛ったどんぶりに、火傷をしないよう注意しながら袋の中身を乗せた。卵丼の完成である。緑色だけど。
本物の卵は黄色いけれど、我が家のフードメーカーは旧式なので全て緑色になるのだ。AIちゃんはすでにサポートを打ち切られているから、最新式の家電製品は扱えない。だからうちの家電は旧式で揃えている。大事に使うぞ!
「私好みの、いい感じな火加減だな」
『私はマスターが生まれた時からお傍にいるのです。マスターの好みは全て把握しております』
「いつもありがとう」
テーブルに卵丼と味噌汁、たくあんを乗せて、本日の夕食である。
手抜きというなかれ。具だくさん味噌汁もあるのだから。人参、椎茸、牛蒡に蓮根、里芋も入っているぞ。
汁物と煮物の境界ってどこだろうな?
「いただきます」
手を合わせてから箸を取り、卵丼を口に運ぶ。
卵は半熟のとろっとろ。出汁がしっかり利いた調味液は、AIちゃん特製の配合である。
甘味を増した葱は、とろりとした食感。玉ねぎはしんなりしながらも、わずかにしゃきっと感を残し、人参は柔らかく口に残らない。ふにりとしめじを噛み潰し、出てくる旨味を楽しむ。
出来に満足しながら食事を楽しんでいたら、卓上スピーカーに移動したAIちゃんが話しかけてきた。
『マスター。新しいゲームはどうですか?』
窺うような口調は、自分の失敗を気にしているからだろうか。私は気にしていないというのに。
KY社の新作ゲーム『ジャングルでぱっくん~蛇が降ってきてギャーッ!~』を購入する予定だった私。けれどAIちゃんが注文を間違えてしまい、イセカイ・オンラインをプレイすることになったのだ。
「最初はどうなることかと思ったけれど、楽しいよ? 自分では選ばなかっただろうから、AIちゃんに感謝だな。ありがとう」
RPGは避けていたのだけれども、薬を作ったり、町を散策したり、迷宮に挑んだりと、思った以上に楽しんでいる。なによりガドルという友を得たことは、とても素晴らしい出来事だった。
『マスターのお役に立てたなら、嬉しく思います』
食事を終えると、片づけを済ましてベッドに横たわる。VR眼鏡を装着して、イセカイ・オンラインを起動した。
今はお洒落なヘアピン型が主流だけど、私はレトロな眼鏡型を愛用している。体質が合わないのか、視界を遮断しないと酔ってしまうのだ。
それにうちのAIちゃんは、祖父から譲られたご長寿さん。最新の機器にはアクセスできないため、安全のためにも眼鏡型一択である。
視界が暗転していく。弦先から発せられる電気信号が、私をVRの世界へといざなっていく。
『あ。報告するのを忘れていました。この家に攻撃を仕掛けてきた曲者がいましたので、始末しておきました。証拠は残していませんので、ご安心ください』
「……ありがとう?」
視界が切り替わる直前に、AIちゃんが物騒な報告をしてくる。
とっさに御礼を返したけれど、証拠隠滅って、何したのさ!?
まったく安心できないまま、私はイセカイ・オンラインの世界に下り立つのだった。
※
VRMMORPGイセカイ・オンライン。私が最近、連日のようにプレイしているゲームだ。
ゲームと侮るなかれ。全てのNPCに人工知能が搭載され、本物の『人』と変わらない行動をする、まさに異世界と呼ぶにふさわしい仮想空間である。
イセカイ・オンラインを製作したゲーム会社は、人工知能製作の大手であるaiai社が買収した企業だと聞く。aiai社からの技術提供があったとしても、凄いゲームを作り出したものだ。
RPGには興味のなかった私も、イセカイ・オンラインにすっかり魅了されていた。
「わー」
二股の西洋人参を思わせる、キュートなボディ。根下から葉先まで十五センチほどのマンドラゴラ。それが私のこの世界での姿である。
人間や人間に近い姿の種族も選べたけれど、VRで遊ぶなら、現実世界とは違う姿で楽しまなければ面白くない。
「起きたか? にんじん」
「わー!」
王都にある宿の一室で目覚めた私を迎えてくれたのは、相棒の白虎獣人ガドル。
彼はプレイヤーではない。イセカイ・オンラインの世界で生きる住人(NPC)だ。鍛え抜かれた肉体と精悍な面立ちは、憧れを抱いてしまうな。
「わー……」
つい自分の体と見比べてしまったけれど、今の私はマンドラゴラ。筋肉はない。根は硬いから筋肉と称しても許されるだろうか。がっちり固めの筋肉ボディである。
「わー!」
自画自賛する私の視線の先では、ガドルが上半身の服を脱いで腕立て伏せに精を出していた。
そんな彼には左腕がない。私と出会う前に、迷宮の事故で失ってしまったから。それでもなお凄まじい力量を持つAランク冒険者である。
「……。わー……」
くっ! 片腕立て伏せとはやるな。……今度は指二本だと!?
マンドラゴラの体には腕がないので無理だけど、リアルで筋トレを始めるか。あの太さの腕に育つまで、何年かかるか知らぬけれど。
「どうした?」
じっと観察していたら、怪訝な顔を向けられた。
「わーわー」
なんでもないと、葉を左右に振る。
「そうか?」
不思議そうに首を傾げたガドルは、筋トレを切り上げて軽く汗を拭う。それから神鉄の鎧を身に纏った。白銀色に輝く美しい鎧だ。
左腕には義手を装着。鋭い刃の付いた戦闘向けの義手だけれども、ガドルは器用に使いこなす。
皆様の応援のお陰様で、
『にんじんが行く! 調薬ギフトで遊んでいたらなぜか地下迷宮を攻略していた件』
というタイトルで、9月2日に一迅社ノベルス様から発売されることが決まりました。
ありがとうございます。
また昨日の投稿にたくさんのコメントをいただきまして、とても嬉しいです。
にんじんを待っていてくださって、ありがとうございました。