運営side
ここはとあるVR会議室。
「部長! 大変です! ガドルの弱体化が解けてます!」
「ガドルっていうと、ダンジョンで仲間を失った上に自身も大怪我して、なんとか生還したら汚名を被せられて、さらにキャーチャー閣下の暗殺を疑われ、その後に起こるダンジョンの暴走まで関与していると噂され、王国を見限り帝国に寝返った、帝国戦で出てくるレイドボスだよな?」
「悲惨なキャラですよね。誰が考えたんですか?」
思わず沈黙が落ちた。
いくら敵キャラに重たい背景がある方が盛り上がるとはいえ、限度がある。
「えーっと、そのガドルで合ってます。プレイヤーが治しちゃったみたいですね」
「……。まだ序盤だろ? ガドルの弱体化を解けるプレイヤーなんていないだろう?」
「最適化されたマンドラゴラを選んだプレイヤーと遭遇したみたいです」
『イセカイ・オンライン』では、種族と二種類の職業が選べる。組み合わせによってスキルが自動で決定するが、中にはレアスキルを引き当てる組み合わせがあった。
いい意味でも悪い意味でも。
「【癒しの歌】か。まあいいんじゃないか? 今から弱体化が解けると、ガドル戦の攻略難易度が上がりそうだけど、俺らには好都合だろ?」
「ガドル戦の勝率シミュレーションは五分五分でしたっけ? お蔭でシナリオを二種類用意してるとかで、まじ勘弁って感じでしたからね」
わははははと、空笑いが響く彼らの目の下には、黒い隈がある。
シナリオを書く方も大変かもしれないが、プログラムを組むのはさらに大変なのだ。
大半はAIがやってくれるとはいえ、ゲームが多機能になっている分、プログラムだって複雑になっている。楽ができるとは言えない。
そうやって組んだプログラムのいくつかは、日の目を見ることなく破棄されるのだ。
やってられるか。
だがこのままガドルが強くなり、レイド戦が負けイベントとして確定すれば、それだけ仕事は減るだろう。
彼らにとっては、むしろありがたいことだと喜んだ。
「それが、そのマンドラゴラと一緒に行動しているんですけど、大丈夫ですかね?」
「は?」
理解できないと言わんばかりの声と目を向けられて、報告した社員はそっと顔を背ける。
マンドラゴラが使う【癒しの歌】は、ほぼ即死スキルだ。使用すればHPをわずかに残し、MPとEPが0になる。
MPとEPが0の場合、時間と共にHPは削れていく。
つまり【癒しの歌】を使用したプレイヤーは、間を置かずHPも0になるはずだ。
そしてこのゲームでは、死に戻りしたプレイヤーをNPCたちは同一人物と認識できない。
再会しても恩人参とは気付かないため、ガドルが【癒しの歌】を使用したプレイヤーと行動する理由はなかった。
「回復薬を掛けてくれる仲間がいたのか? だが植木鉢と【初級HP回復薬】を併用しても、時間稼ぎにしかならないはずだよな?」
一度に回復薬を使いすぎると、状態異常が付く。人間なら酩酊で済むが、マンドラゴラなら根腐れする。そこでアウトだ。
「自分を材料にして、MP回復薬を作っていたみたいです。しかも大瓶仕様で、一本でHPが100、MPも50%回復するという……」
「はあ!? 自分を材料ってなんだ!? 自傷行為は現実と変わらない痛みを伴う設定のはずだよな?」
「水に浸かってマンドラゴラ水になってます」
「……。そんなの有りかよ……。ていうか、大瓶?」
膨大なプログラムには、バグや抜け穴も珍しくない。それにしても、なんでこう重なったのか。
社員たちは愕然とする。
「あー……。でもまあ、マンドラゴラだ。すぐに死に戻って別れるだろう」
「そうですね。そもそも一緒に行動してるからって、シナリオに影響があるとは限らないですし」
わははははーと笑う社員たちの額には、変な汗がにじんでいた。
まさかこのまま一緒に行動を続けて、ガドルが帝国に寝返らないなんてことはないよな、と。
・・・
とあるVR会議室。今日も今日とて、社員たちはモニターと睨めっこだ。
AIのお蔭で旧時代より楽になったと言われるが、現実は技術が発達したせいで複雑化。忙しいままだよコンチクショーである。
「大変です! キャーチャー閣下が回復しています」
「なんで!? 瀕死のはずだよな!? ……まさか」
王弟キャーチャーは、ゲーム開始時点で死の縁にいる設定だ。
彼の死を切っ掛けにして王国内の力関係が不安定になり、プレイヤーたちは各々が支持する権力者の陣営に入ることとなる。
「ええ。例のマンドラゴラが、【癒しの歌】で回復させました」
「なんでだよ!? 【癒しの歌】が使えるのは分かったけど、どうやったらこんな短期間で閣下とコネが出来るの? 公爵様だよ? 王弟だよ?」
「それが、神官長と仲良くなって……」
「なんで!?」
社員たちは頭を抱えた。
シナリオ崩壊である。
・・・
とあるVR会議室。今日も今日とて、社員たちは口から白い何かを吐き出していた。
「大変です!」
「聞きたくない!」
部長が耳を押さえるが、報告は大切だ。社員は容赦なく続ける。
「暴走予定だったダンジョンの魔物が減少しています」
「なんで!? それ、最初のレイド戦イベントだよね!?」
ゲーム開始よりしばらく前に発見された死霊系ダンジョンは、私欲に溺れたデッボー男爵によって封鎖されていた。
そのせいで魔物が間引かれず、ダンジョン内で増殖している。
増えすぎた魔物はダンジョンから溢れ出す。
これをプレイヤーたちが協力して倒すのが、『イセカイ・オンライン』で行われる、最初の大規模イベントの予定だった。
「プレイヤーがガドルを連れて潜ったみたいで」
「待って。そのプレイヤーって……」
「例のマンドラゴラです」
「またお前かあああーっ!」
頭を抱えた部長が雄たけびを上げる。
「けど今のガドル単独なら、ダンジョンの暴走を防ぐほどの魔物は狩れないよな!?」
マンドラゴラに戦闘力は皆無だ。実質の戦力はガドルのみである。
「それが、ガドルの装備が【神鉄の鎧】になっているので、死霊の攻撃がほとんど通用しないみたいです」
「どこで手に入れやがったああー!」
「あと、義手も手に入れていて」
「義手の材料は、ガドル単独では手に入らない仕様のはず……」
はっと気づいた部長の口から、地を這うような低い声が這い出てきた。
「マンドラゴラ……」
社員たちも呆然と天を仰ぐ。その目は虚ろだ。
「そのマンドラゴラなんですが……」
「あいつが何だ?」
「職業が【聖人参】に進化しています。【聖水】が使い放題みたいですね」
「なんで!? ていうか、【聖人参】なんてあるの!?」
「【聖人】のマンドラゴラバージョンみたいです」
「そんなのいらねえ! 何考えてんだ? うちのAIは!? そもそも【聖人】になるには、訪れた町の神殿全てで女神を出した上に加護を貰って、神官長の好感度MAXにしなきゃ駄目なはずだろ? どうやったら序盤で達成するんだよ!?」
部長が発する魂からの絶叫。
これ以上の問題は勘弁してほしいと、社員たちも心の中で涙を流す。
「AIの使用以前に、シナリオ外で主要キャラとプレイヤーが関わらないよう、制限するべきだったんじゃないですか? シナリオ崩壊してますよ?」
「プレイヤーが参入してから物語を動かせって、上からの指示なんだよ! だからって、序盤でガドルの弱体化を解くとか想像するか!? 身元不確かなプレイヤーが公爵邸に入り込むとか、ありえねえだろ!? しかも死霊系の天敵に進化するとかっ!」
「それよりどうします? ダンジョンを制覇しそうな勢いですけど……」
「ダンジョンの難易度を最大に上げろ! なんとしても阻止しろ! あとワールドアナウンスは切っとけよ?」
「了解です」
シナリオ崩壊はある程度予想していたが、これは酷過ぎやしないか。
なんとしても、マンドラゴラを倒そう。
そんな祈りが通じたのか。数日後、ついにマンドラゴラが倒された。
「やりました! マンドラゴラが討伐されました!」
「これでガドルもマンドラゴラから解放されますね!」
「やったぞ! 今日は飲み会だ!」
盛り上がる一同。
だがその直後。ガドルがダンジョンを制覇する。
「……」
会議室に微妙な沈黙が落ちた。
「ま、まあ、住人だけなら、特に問題は……。そういうシナリオのダンジョンだってことで、うん……」
「そうですね。制覇したからって消えるわけではありませんし……」
慰め合い、思考を取り戻していく社員たち。
しかし空気を読まない奴がいた。
「ところでそのマンドラゴラ、【神樹の苗】を順調に育てているみたいですけど、大丈夫ですかね?」
「根腐れやがれ!」
部長は天に向かって吠えた。