55.ガドルの他に
ガドルの他に、大剣を担いだ筋肉質の男、爽やかイケメンな剣士、エルフの女性が映っている。炎の嵐のメンバーだろう。
特徴から、大剣がダン、イケメン剣士がルイ、エルフがフォンだと思われる。
日が差し込むダンジョンの入り口から、奥へと進んでいく四人。
「罠があったのは二層目です」
ガドルが告げると、キャーチャー閣下が何かを操作した。画像は二層目の途中に飛ぶ。
そろそろ引き返すかと相談していたところで、井戸が輝き、四人を吸い込む。そして次の瞬間。背景は石造りの通路に変わった。三十階層、骸骨エリアだ。
四人はわずかに驚いた様子を見せたけれど、冷静に襲ってきた骸骨へ対処する。
『食料はどのくらい持ってきた?』
『干し肉が少し。節約すれば、しばらくはいけるかな?』
『問題は、ここが何層目かね』
『一層目と二層目が同じ構造をしていたことを考えると、よくて十階層か』
そんな話をしながら歩いていく。
初日は危なげない足取りで進んだ。階段まで辿り着き、四人は休息を取る。
ダンたちはわずかな手持ちの食料で食いつなぐ。ガドルは途中で倒した骸骨の骨を齧っていた。
映像は長い。早送りをしながら見ていく。
日が経ち、ダンたちの食料が底を突いた。
『これを食え』
ガドルが自らの食料を差し出す。
『だが……』
『俺は虎の獣人だからな。骨でも凌げる』
『……すまない』
一人分のわずかな食料を、大切に分け合う炎の嵐。
階段を登った先に待っていたのは、ゾンビエリア。
『くそっ! 飛ばされたのは二十階層以下か!』
浅層とは異なる種類の魔物を見て、脱出にはまだ時間が掛かると知った四人の表情が歪む。
『せめて普通の魔物なら食えたのに!』
一応肉は付いているが、腐臭を放つ腐肉だからな。毒持ちだし。
絶望の表情を見せた四人だが、それでも前に進む。
日が経つにつれて、ガドルたちの動きは鈍くなっていく。空腹と疲労。先の見えない不安が、彼らを蝕んでいた。
そんな状態では、格下の相手にも不覚を取ってしまう。ゾンビの体液に触れ、毒状態になるルイ。
『ルイ、薬を』
『大したことはないから、今はいいよ』
フォンが薬を差し出したけれども、ルイは断る。
だけどそれは、残りの行程と薬の残数を配慮しての強がりだった。しばらくして歩き方がおかしくなり、ついには膝を突く。
『ルイ!』
『薬を!』
けれどルイは首を横に振る。
『俺のことは置いていってくれ』
『馬鹿を言うな!』
『そうよ、一緒に……』
『分かっているだろう!?』
共に行こうと励ます仲間たちを、ルイは一喝した。
『あとどれだけ掛かる? 物資は節約するべきだ。……足手まといは、不要だ』
『ルイ!』
『頼む! 置いていってくれ。お前たちだけでも、生き残ってくれ!』
痛いほどの沈黙が落ちる。
懇願するルイを、ダンは口を引き結んで見下ろす。フォンは手で口元を覆い、声を殺して涙を流していた。
ガドルは一歩引いたところで、周囲を警戒しながら静かに彼らを見守る。
『……断る!』
『ダン!』
ダンがルイに力尽くで薬を飲ませた。
『ばかやろう……』
『ああ。俺はばかだからな。先のことなんて知るか』
滂沱の涙を流すルイを背負って、ダンは歩き出す。
だけど、現実は残酷だ。
ルイを背負ったダンは、それまで以上に動きが悪くなった。ゾンビの毒を被り、崩れ落ちる。弱っていたルイが投げ出され、地面に突いた手や顔から毒を受けた。
『触るな!』
駆け寄ったフォンの手を、ダンは拒む。
毒に塗れた彼に触れれば、フォンまで巻き込んでしまうから。
『フォン、お前はガドルと共に、先に行ってくれ。俺たちは後から追いかける。……ガドル、フォンを頼む』
『……分かった』
ダンとルイの気持ちを汲み取ったガドルは、呆然自失のフォンを促して歩き出した。
立ち止まっていては、ゾンビたちが集まってくる。だから辛くても、前に進まなければならないのだ。
ガドルとフォンは歯を食いしばり、ゾンビと戦いながら脱出を目指す。
ゾンビエリアで、ガドルは私に二人の冥福を祈るよう、言ってこなかった。
もしかすると今も、心のどこかで二人の生存を信じているのかもしれないな。
ガドルとフォンは、なるべく戦わずに避けるようにして進む。だけれども、それでも避け切れないゾンビもいる。
『危ない!』
フォンを庇ったガドルの左手に、ゾンビの体液がぶしゃり。ガドルは迷わず自分の腕を斬り落とした。
『ガドル!』
悲鳴を上げて駆けつけたフォンに止血してもらい、二人は進む。
そしてゾンビエリアも、残りわずかとなった頃。ふらふらと歩いていたフォンが、とうとう座り込んでしまう。骨を齧っていたガドルと違って、彼女はもうずっと何も食べていなかった。
動けなくなった彼女を背負い、進んでいくガドル。
見つけた階段を登り、ようやく骸骨エリアとおさらばだ。ボス部屋のある二十層は、帰路ではただの空き部屋になっていた。
休憩を取るためフォンを床に下ろしたガドルに、異変が起きる。
『フォン? おい、フォン!』
叫ぶガドル。
ことりと落ちる、白い腕。
『うおおおおおおーっ!!』
ガドルの慟哭が響く。
『すまない。俺にもっと力があれば……。フォン、ルイ、ダン……。すまない……』
双眸から、止めどない涙を零すガドル。
動かなくなったフォンの手を胸の上で組ませると、ガドルは立ち上がった。扉を開き、その先へ足を進める。
そこで彼は、さらなる絶望を味わう。
『なんで……。なんで、こんな……』
目に映った光景を見て、拒絶するように力なく首を振った。
気持ちはよく分かる。
だってゾンビエリアの前にいた魔物は……。
『あと少し早く辿りつければ、フォンは……っ!』
やるせない怒りをぶつけるように、ガドルはフライドチキンを殴った。
……緊迫した場面が台無しだな。
だけど飢餓状態の胃に、フライは危険だと思うんだ。
視聴を終えて、沈黙が落ちた。
私とキャーチャー閣下は、予想を上回る壮絶な映像に言葉もない。
辛い過去を思い出さずにはいられなかったガドルは、両手で顔を覆って泣いている。
途中で席を外すことを勧めたが、彼は最後まで見ると言って聞かなかったのだ。
今はただ、彼が泣き止むのを待とう。
泣いて、泣いて、泣き尽くしてしまえ。苦しみも、悲しみも、怒りも。全部全部、涙で流してしまえ。
「……閣下」
「なんだ?」
「この映像は、三人の誇りを守れますか?」
「むしろ、彼らの気高さが伝わってきたよ」
「わー」
最期まで仲間を思って行動した、誇り高き戦士たち。
この映像を公開すれば、ガドルに掛けられた疑いは晴らせる。だというのに、失った仲間たちへの気遣いが先に出るなんて。
ガドルの優しさに、私は根が痛いよ。
顔から両手を離したガドルが立ち上がった。そして、深く腰を折る。
「よろしくお願いします」
『私からも、お願いします』
「無論だ。任せてくれ」
しっかりと頷いてくれたキャーチャー閣下に、ガドルは水晶を託した。
後日、キャーチャー閣下は約束通り、証拠の映像を公開し、ガドルの冤罪を晴らしてくれた。
ガドルを罪人のように扱っていた人たちは、真実を知って、申し訳なさそうに彼に謝ったり、ばつが悪そうに避けている。中には、
「俺はガドルを信じていたぞ」
などと、したり顔な人もいた。
「わー……」
「気にするな。人とはそういうものだ。何が真実かなど、当人にしか分からないことだからな」
「わー」
達観しすぎていやしないか?
ところで元凶のデッドボール男爵だが、彼がガドルの件で罪に問われることはなかった。噂を流しただけだからな。
しかし無罪となったわけではない。
私たちがダンジョンに潜っている間に、間引かれることなく増加していた魔物たちが溢れ出したそうだ。
国が派遣した兵士や、プレイヤーを含む冒険者たちで撃退し、大きな被害は出なかったそうだけれど。
だがデッドボール男爵の行動が招いた結果である。ダンジョンは国が管理することになり、罰金を命じられた。
さらに、私とガドルからダンジョン内の情報がもたらされたことで、本来なら被害が町まで及んだ可能性があったと指摘される。
結果、爵位を取り上げられ、罰金も増額されたという。
過去の映像を見て、引っかかってはいたのだ。魔物が少なくないか? と。
私が知っているダンジョン内部は、地面を覆うゾンビや、休みなく襲ってくるフライたちだからな。
「さて、これからどうする?」
王都の町を歩きながら、ガドルが問いかける。
『そうだな。次の冒険へ向かおうではないか。友よ』
私とガドルの冒険は、まだまだ続くのだ。
<終わり>
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
予想外に多くの方に読んでいただけて、驚愕しております。
気が向いたら続編や番外編を投稿するかもしれませんが、予定通りここで完結とさせていただきます。
明日は番外編(運営side)を投稿予定です。
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「わー!」