表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/93

54.夕食と部屋を用意したという

 夕食と部屋を用意したと言うドドイル神官に首を振り、夜を徹してひたすらに待つ。

 朝が来ても、小さな友は現れない。


「にんじん……」


 やはり死んだ者が戻ってくることなどないのだ。あの言葉はきっと、ガドルが無茶をしないようにと言っただけだろう。

 どうして彼を守り切れなかったのか。どうして自分の願いを優先してしまったのか。

 後悔が何度も彼を責め立て苛む。


「女神キューギット様。どうか、にんじんを返してください」


 跪き、祈った。

 太陽は高く昇り、下っていく。窓から差し込む明かりが、赤く染まっていった。

 ガドルはまだ祈り続ける。


「どうか、にんじんを――」

『待たせたな。友よ』


 反射的に顔を上げたガドルは、入り口を振り返った。

 赤い夕陽を背後に、小さな影が一つ。


「にんじん?」


 そこにいたのは、一株のマンドラゴラ。けれど彼が知るマンドラゴラとは、何かが違う。


「本当に、にんじんなのか?」


 マンドラゴラの個体識別が出来るほど、彼はマンドラゴラに詳しくない。なのになぜか、目の前のマンドラゴラは、彼の友だったマンドラゴラと同じ存在ではないと感じた。


『住人は、蘇った異界の旅人を、同一人参と認識できないとは聞いたが……。私が分からないとは、酷い友だ』


 そう言って、根元(かた)を竦めるマンドラゴラ。


≪それはあなたの知るマンドラゴラではありません。あなたの友は、もう存在しないのです。惑わされてはいけません≫


 頭の中で、マンドラゴラの言葉を否定する言葉が繰り返される。そしてノイズが視界を歪めていく。

 世界がガドルの思考を拒絶していた。

 双眸から溢れる熱い涙の向こうで、マンドラゴラがゆっくりと近付いてくる。


『また、一緒に冒険をしてくれないか? 友よ』


 ガドルの耳の奥で、ガラスが割れる音が響く。そして――


「ああ。もちろんだ、友よ」


 一瞬だけ、くしゃりと顔を歪めたガドルは、にやりと不遜な笑みをマンドラゴラに向けた。




 ***




 デスペナルティのせいで、二十四時間ぶりにイセカイ・オンラインの世界を訪れた私は、すぐにファードの神殿を目指した。

 初日に見たスライムは、別スライムだったんだな。

 住人は、死に戻りした異界の旅人を本人だと認識できないという。だからガドルも、私のことを忘れているかもしれない。

 そんな不安を覚えながら辿り着いた神殿で、彼は待っていてくれたのだ。最初は本当ににんじんなのか訝しがっていたけれど、結果として受け入れてくれた。


『あの後、どうなった?』


 椅子に並んで腰かけて、私が落ちた後の話を聞く。

 ガドルの顔は濡れていて、目が赤くなっている。

 ……きっと夕日のせいだな。


「にんじんが残してくれた【聖水】のお蔭で、見事ダンジョンを制覇したぞ。目的の映像も手に入れた」

「わー!」


 おめでとう!

 最後の瞬間。とっさにありったけの【聖水】を出したのが、役に立ったみたいだ。


「全部、にんじんのお蔭だ」

『ガドルの頑張りだ。私は少し手を貸したにすぎん』


 魔物のほとんどは、ガドルが倒したからな。私はガドルにくっ付いていって、おこぼれを貰っただけ。


「お前は本当に、変なマンドラゴラだな」

「わー?」


 その日は特に何をするでもなく、ガドルと他愛のない話をして過ごした。


 そして翌日。

 ログインした私はガドルと合流して、久しぶりにファードの薬師ギルドを訪れる。


「……マンドラゴラだね。少し前にもマンドラゴラが来たけれど、最近のマンドラゴラは、薬になるのではなく、薬を作るのがブームなのかい?」

「わー……」


 たぶん、そのマンドラゴラも私です。

 調薬室を借りて、【妖精の悪戯な飴玉】を作った。【砂糖茸】はないので、白砂糖を使う。

 それから王都へ。


「ガドル様、にんじん様はご一緒ではないのですか?」

「わー……」


 転移した先にいたピグモル神官長に問われて、私とガドルは苦い顔だ。

 無言で私を示すガドル。


「ガドル様? 御冗談はおやめください。いくらガドル様といえども、聖人参様を騙るなど……」


 眉をひそめてガドルをたしなめていたけれど、途中で声が止まった。


「聖人参、様? ……もしや、にんじん様の御子様?」

「わー……」


 知らぬ間に、子供が出来ていた件。

 私を見つめるピグモル神官長の視線が、ガドルへ戻る。


「ダンジョンへ向かうと仰っていましたが、まさか、にんじん様は……っ!」


 愕然とした表情を浮かべ、よろめくピグモル神官長。


「神官長様!」


 ポーリック神官が、慌てて支えた。彼の顔色も真っ青だ。


「わー……」


 途方に暮れてしまう私。

 ガドルが私だと気付いてくれたから、他の人も大丈夫かと期待したけれど、ピグモル神官長とポーリック神官は、私をにんじんだと認識できないらしい。

 慌ただしくなった神殿から逃げるように出て、今度はキャーチャー閣下の館に向かう。

 約束は果たさなければな! 私だと認識されなくても、【妖精の悪戯な飴玉】を渡さねば。十秒しか効果ないけど。


 館に着くと、使用人に案内されて応接室へ案内される。

 アポなしでも入れてくれるとは、懐が広いな。警備の面では不安になるけれど。

 しばらくすると、キャーチャー閣下がやってきた。


「ガドル、しばらく見なかったが、ダンジョンに潜ったのか?」


 人払いするなり、本題に入る。


「ええ。攻略してきました」


 ガドルが小さな水晶玉を取り出し、キャーチャー閣下に差し出した。それに目的の映像が治められているらしい。

 キャーチャー閣下は目を瞠って水晶玉とガドルを見比べる。


「驚いたな。本当に攻略するとは」

「わー」


 思わず同意してしまう。

 魔物の強さはよく分からないけれど、数は多かったからな。ガドルの無双は凄すぎた。


「ところで、そのマンドラゴラはなんだ? にんじん殿はどうした?」

「わー!」


 キャーチャー閣下も駄目か!


『友よ。改めて礼を言う。私を憶えていてくれてありがとう』

「にんじん……。当然だろう?」


 ふっと渋い笑みを向けられる。

 なんてイケメン。

 AIちゃん、勝手なことをしてと呆れていたけれど、イセカイ・オンラインに注文を変更してくれてありがとう。帰ったらお礼のアプリをプレゼントしよう。


「まさか、そのマンドラゴラが、にんじん殿なのか?」


 私とガドルのやり取りを見て、察したらしい。


「わー!」

「にんじんですよ」


 こんな美味しそうなマンドラゴラが、私以外にいるものか。

 ガドルも言葉を添えてくれた。


「そうか……。いや、違う……。……嫌な気分だな」


 頷こうとしたキャーチャー閣下の顔色が真っ青になり、口元を押さえる。かなり気分が悪そうだけど、それでも真偽を見極めようと、私をじっと見つめた。


「わー……」


 無理はしないでほしい。

 にんじんジュニアと名乗ったほうがいいだろうか?


「正直な話、マンドラゴラはどれも同じに見える。むしろ『にんじん殿ではない』と明確に感じることこそが、にんじん殿である証なのかもしれない」

「わー……」


 哲学的だな。


「まあよい。それよりも、映像を見よう」

「はい」

「わー」


 私がにんじんであるかどうかよりも、ガドルの冤罪を証明するほうが大切だ。

 ダンジョンで手に入れた水晶玉に、体調が戻ったキャーチャー閣下が魔力を流す。すると、空中に立体映像が現れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

にんじんが行く!
https://www.amazon.co.jp/dp/4758096732/


一迅社ノベルス様より、9月2日発売!

― 新着の感想 ―
[一言] (わー…わ?わー?)人には必ず死という概念が訪れる…が、絆が強固であればある程 NPCとリアル人との垣根(死んだら別人の概念)が取り払われる? 『これこそが運営が仕掛けた好感度リセットか……
[良い点] システムによる強制とは厳しい。。 でもそんなことする必要性が分からない。 全NPCにAI搭載が売りのゲームのはずなのに、醍醐味と言えるNPCとの交流を断つ意味がない。 そもそも生産職で…
[気になる点] デスペナが酷すぎる… 協会では皆んなの前で踊ってみたら良かったかも?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ