51.何日もかけて、ようやく
ようやく辿り着いた二十階層のボス部屋。
待っていたのは、
「放てっ!」
と叫びたくなるような、大きなゾンビだった。
ガドルが【聖水】で強化された義手で攻撃し、私は右手で握られている状態で踊る。
「わーぁ、わ、わ!」
「おおおおお……」
どろどろと溶けて消えていく巨大ゾンビ。
ドロップアイテムは【ガスマスク】。
ゾンビエリアに入る前に欲しかった……。
そして宝箱から出てきたのは、【上級MP回復薬】と【上級HP回復薬】。ここまでで使ったMPを回復しなさいという意味だろうか?
MP回復薬の小瓶には、ポーションと共に、ムンクな表情の朝鮮人参――否、本物のマンドラゴラが漬け込まれていた。
「わー……」
思わず見つめてしまう。
ガドルもポーション漬けのマンドラゴラを見て、渋い顔だ。
「にんじん、その、なんと言っていいか……。あー、墓を作ってやるか?」
『いや、気にしないでくれ。同族とはいえ、面識もない相手だ』
「そうか……」
気まずい空気が流れた。
しかし、丸ごとポーション漬けになる方法もあったのだな。それなら私の水漬けで回復薬が出来るのも納得である。
というか、なぜ私は包丁に狙われたのだ?
安全地帯で一休みしてから、階段を下りていく。
ゾンビエリアの荒野と違って、床も壁も天井も、石で固められた通路が伸びる。ここまでで一番整備された、人工的な通路だ。
道なりに進んでいくと、すぐに分かれ道に差し掛かった。ガドルは迷わず右に折れる。
『今更だが、ガドルは道が分かるのか?』
「……途中まではな」
ガドルは苦く顔をしかめた。
「わー……」
嫌なことを思い出させてしまったか。安易に尋ねるのではなかったな。
ふうっと太い息を吐いたガドルが、私の葉を指で撫でる。
「気にするな。……ダンジョンの面倒な所は、どこに階段があるのか分からないことだ。一日以上費やした層もあった」
ゾンビがいた荒野は見晴らしがよさそうだったけれど、階段は岩の陰や地面に穴が開いていて、知らなければ素通りしてしまう。
それ以前の浅層は、複雑な迷路っぽかったな。
下層に落とされたガドルたちは、どれだけの時間をかけて地上を目指したのだろう。
それにしても、一度通っただけの道をよく憶えているものだ。ガドルの記憶力に脱帽する。私なら確実に迷う。
しんみりとした空気の中、かたかたと音が聞こえてきた。視線を向けると骸骨が歩いてくる。
手には剣を持ち、こちらに気付くと駆け出した。
――速い!
驚く速度で間合いを詰め、剣を振るう骸骨。
これ、私だったら、人型だったとしても斬られているな。避けられる自信はないぞ。
しかしガドルは骸骨の動きを上回る。軽く体を反らして躱すと同時に、頭蓋骨に拳を叩き込む。
頭部を失った胴体は、そのまま前に倒れて消えた。
「頭を潰さないと、骸骨は動き続ける」
骸骨には打撃が効果的らしいので、ガドルとは相性がいいみたいだ。
ドロップアイテムは骸骨が所有していた剣。
現れる骸骨を、ガドルが次々と撃破していく。
素人の私から見ても、骸骨は今までの敵に比べて強いと分かる。だがガドルはかすり傷一つなく、一撃で頭蓋骨を粉砕していく。
階段を見つけて下りると、骸骨の手には剣だけでなく盾も備えられていた。二体から五体のパーティを組んで攻撃してくる。
それでもガドルの進撃は止まらない。
本当に強いな。私の友は。
収納ボックスに、武器や防具が溜まっていく。
……私には不要だな。売れるのだろうか?
三十二層に下りる階段で、今日の冒険は終わり。
層を下るにつれて、骸骨が持つ武器の種類は増えていった。槍や弓、杖といった一般的な物の他に、棍棒や斧、モーニングスターなんかもある。
刀はプレイヤーに人気が出そうだな。骸骨をたくさん倒したのに一本しかドロップしていないから、入手は大変かもしれないけれど。
「わ?」
鉄パイプ、だと?
なんでもありだな。
それにしても、多種多様な武器にも目を瞠るが、骸骨たちの数は多すぎではなかろうか? 一つの団体に十体はいるよ。
さすがのガドルも苦戦を強いられ始めた。
とはいうものの、たまに二撃目を入れる程度だけれども。
……強すぎではないか? ガドルよ。
ダンジョンとは、数人のパーティを組んで挑戦するものだと聞いていたけれど、私が何株いたところで、先へ進めるとは思えない。
やはり私には、RPGの才能はないのだろう。
「わー……」
頼りない相棒で済まぬ、友よ。
視界の隅に表示されている時計が、いつもならログアウトする時間を示していた。
視線をちらりと横に向けると、気迫のこもったガドルの顔が見える。
少々なら夜更かししても構わないか。今夜はもう少し、友の傍にいたい気分だから。
「ラスト!」
「わー!」
団体さんの最後の一体を倒し、さすがのガドルも大きく息を吐く。
『お疲れ様』
「ああ。怪我はないか?」
『まったくこれっぽっちも。掠りもしていない』
「そうか」
大変なのはガドルのほうだというのに、すぐに私を気遣ってくれる。
……強くなりたいな。
石畳の通路は何度も行き止まりに突き当たり、その度に私たちは引き返す。ここまで順調に進んでいたのが嘘みたいに、次の階段に到達できない。
「すまんな」
『気にするな』
罠に掛かったガドルたちが落とされたのは、三十二層。それ以降の道は手探り状態だ。
ガドルたちはこうやって、何日も彷徨ったのだな。食料が尽きて、体力が落ちて。それでもなお、前に進んだのだ。
「わー」
ガドル、生きていてくれて、ありがとう。
漏らした言葉はマンドラゴラの声に変わって、友には届かない。
それなのに、ガドルは軽く目を瞠り口元を綻ばせた。
「共に入ったのは、『炎の嵐』というパーティだった」
訥々と語り出したガドル。
私は静かに傾聴する。
「リーダーのダンは気のいい奴でな。何度となく一緒に酒を飲んだ。パーティに入らないかと誘われたこともあった」
ガドルは懐かしそうに目を細めた。
魔法使い骸骨が放った火の玉を躱し、向かってきた剣士骸骨の頭蓋骨を粉砕する。
「ルイは面倒見のいい奴だった。顔がいいから女にもてていたな」
間を置かずに槍を繰り出してきた骸骨も粉砕し、別の骸骨が振り下ろした斧を躱して回し蹴り。
「フォンはエルフ族だった。……最後まで俺と一緒に地上を目指していたが、連れ帰ってやることはできなかった」
視線を落とすガドルの顔には、悔恨の念が浮かぶ。
振り向きもせず、背後から襲ってきたナイフ使いを裏拳で沈めた。
……まだ余裕そうだな。