50.海老フライを倒した翌日
海老フライを倒した翌日。
ログインすると、そこはホラーな世界だった。
「わー……」
荒れ果てた大地。地面から湧き出てくる、腐った人間。
「わー……」
四つん這いでのそのそと向かってくるゾンビたちを、ガドルは踏み砕いて進んでいく。
それでもゾンビは減らない。続々と増えるゾンビたちが、地面を埋め尽くしていた。
比喩ではなく、見渡す限りゾンビで土が見えぬ。最初に見た時はホラーだったはずのに、もはやギャグだ。
なんだ? この状況は。
「起きたか。……【聖水】を貰えるか? 鎧を強化してほしい」
『おはよう。無論だ』
パーティを組んでから、【聖水】を取り出す。
一踏みで倒しているので苦戦しているようには見えないけれど、さすがに数が多すぎる。
ガドルが着ている【神鉄の鎧】に【聖水】を掛けると、手が差し出された。掌の上で踊る私。
「わわわ、わっわわわっ!」
踊り終わると、【神鉄の鎧】が輝く。元々ぴかぴかの鎧だったけれど、まるで太陽を反射したかのように、ぴっかぴかである。
そのまま掌の上で【聖水】を自分で被り、もう一度踊った。【イエアメガエルの着ぐるみ】も艶やかだ。
歩き出したガドル。
ゾンビたちが、ガドルに触れただけで消えていく。
逃げようと向きを変えているゾンビもいるけれど、ゾン口密度が高すぎて脱出できない。立ち往生して団子が出来ている。
「わー……」
何と言ったらよいのやら。
それにしても、次々とアイテムが入ってくるな。
どうやらゾンビのドロップアイテムは、回復薬のようだ。HP回復薬やMP回復薬が増えていく。
このことを知れば、プレイヤーたちが殺到しそうだ。マンドラゴラが刻まれる危機は去った。
『ガドル、お前が強すぎて、ゾンビに怖がられているぞ?』
「……。【聖水】を浴びる前は、一体ずつ倒していたんだがな?」
ガドルが呆れ顔で私を見てきた。
あれ? もしかして、【聖水】が問題なのか?
しかし【聖水】を掛けた装備に触れただけでゾンビが消滅してしまうのでは、戦いにならない。これではプレイヤーが楽しめないのではなかろうか? ゲームとして有りなのか?
「【聖水】は限られた量しか出回らないし、使ってもここまでの効果はないからな?」
私の思考を読んだかのように補足された。
問題は私にあったのか。
「さすがは聖人参様が作った【聖水】と、聖人参様の祝福といったところか」
「わー……」
聖人参をここぞとばかりに強調して、ガドルがにやりと悪い笑みを浮かべる。
「少しは自分の力を理解したか? お前は充分に強い」
「わー」
軽くでこピンをされてしまった。
しかしこの結果を見ると、確かに認めざるを得ないな。
『そうか。私も少しは役に立てているのだな』
「……。これを少しで片付けるな」
視線に釣られて後ろを振り向く。
除雪車が通った後の雪道のように、左右にゾンビの山が出来て道が延びていた。
『数は置いておくとして、浅層にいた魔物のほうが強かった気がするのは気のせいか?』
ゾンビの動きはゆっくりだし、強いとは思えない。
私の問いに対して、ガドルが眉を寄せる。話している間にも、ガドルに触れて消滅するゾンビたち。
「ゾンビは【聖水】を掛けるか、心臓部分を燃やさない限り動き続ける。下手を打てば増殖する場合もある。それに【神鉄の鎧】の効果で無効になっているが、触れると毒状態になるぞ?」
ゾンビに素手で触れるだけでなく、ゾンビから散った体液が掛かった場合も、動きが鈍ったり、吐き気に襲われたりするらしい。
解毒薬を大量に持ち込むか、解除するスキルの使い手を連れていなければ、苦しい戦いになるそうだ。
「わー……」
結構面倒な敵だった。
ずんずんと進んでいくと、灌木の陰に空いていた穴の中に、階段を見つけた。
『後ろのゾンビたちはどうするんだ?』
だいぶ散らしたが、それでもたくさんのゾンビが蠢いている。
たしかこういう状態はモンスタートレインといって、よろしくないのではなかろうか。もしも他に住人やプレイヤーがいたら、巻き込んでしまうからな。……今はいないけど。
「その内に、土の下へ潜るかどこかに行くだろう」
ガドルは気にせず階段に足を踏み入れようとする。
それでいいのか?
まあ、多すぎてどうにもできないよな。
でもなんとなく、そのままにしておくのは心苦しくて、ゾンビに向かって【聖魔法】を使ってみた。
「わーぁ、わ、わ!」
踊る私。
かなり広範囲のゾンビが、光の粒子となって霧散する。
「わー……」
「……消えたな」
ちょっと遠くを見つめている間に、ガドルはさっさと階段を下りていく。下りきったところで一休み。
ガドルが食事をしている間に、ドロップアイテムの確認をする。
大量の回復薬が収納ボックスに詰め込まれていた。中には上限を超えて、破棄されたものもあるみたいだ。
回復薬を鑑定してみると、性能にばらつきがある。確率で当たる状態異常が【酩酊】ではなく【毒】なのは、ゾンビの何かでも混じっているのだろうか?
総じて【友に奉げるタタビマの薫り・並】のほうが回復率が高かったので、私が不要になることはなさそうだ。
「わー」
ちょっと安心してしまう。
休憩を終え、次の層へ。
ガドルの掌の上で踊り続けたのは言うまでもない。
「わーぁ、わ、わ!」
恥はすでに消えたわ!
四つん這いゾンビも、二足歩行ゾンビも、獣ゾンビも、どろどろゾンビも、
「おおおおお……」
と、騒ぎながら消滅する。
「まさしく聖人参様だな」
「わー……」
もういいよ。受け入れたよ。
MPが尽きたところで回復薬を被る。再び踊ろうとしたら止められた。
「後は任せておけ。回復薬の使い過ぎで、状態異常になったらどうする」
「わー……」
今でも運んでもらっているのに、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。
ガドルも【聖水】効果でゾンビ無双が出来るので、お任せする。
その日は次の階段に着いたところで休むことになった。
時間はお互いにもう少しあるのだが、先に進むとゾンビだらけの中で夜を越すことになる。
テントを張っておけば入ってこないとはいえ、ゾンビに囲まれた状態で休むのは、精神的にきついからな。
階段を下りきり、少し広くなった場所に腰を下ろして早めの夕食だ。
「先に寝ていいか?」
『ああ、おやすみ』
「おやすみ」
食事を終えたガドルが横たわって眠る。
寝息が聞こえてくるのを確認してから、【聖水】を被った私は先の層に進む。
一歩出たところで、踊るマンドラゴラ。
「わーぁ、わ、わ!」
「おおおおお……」
マンドラゴラの歌声に、慄いて消えていくゾンビたち。
シュールな絵面である。
「わー……」
ダンジョンの魔物は復活するのだろうから、ガドルが目覚めた時には戻っているのだろう。
意味のない行為だ。そうと分かっていても、少しでも彼の負担を減らしたかった。
ゾンビたちが減ったのを確認すると、すぐに引き返して階段に戻る。
【聖水】を被っているから大丈夫だとは思うけれど、深入りして万が一のことがあっては、ガドルを苦しめてしまうから。