49.アジフライが群を成して
アジフライが群を成して、ぱたぱたと蝶のように飛んでいる。そして落としてくる揚げ玉。ジュージューと音を立て、地面を焦がす。
揚げたてだな。
困惑している間に、ガドルがクローを振るった。三枚に下ろされ、地面に落ちるアジフライたち。
「わー……」
「起きたのか? 魔鯵飛だ」
「わー……」
何と言っていいのやら。
『死霊系が出るのではないのか?』
「死霊系だろう? 死んでいるのだから」
「わー……」
確かにそうかもしれないが……。
なんだかもやもやする私。
パーティ申請が飛んできたので、即座に了承。
直後に飛んできた魔鯵飛をガドルが一撃。手に入ったアイテムは、『アジフライ』だった。
「わー……」
ガドルが死霊系を食べられると言っていたのは、こういう意味か。
ゾンビをもしゃもしゃしていたわけではないと知り、安心したような何というか……。
色んな意味でアンニュイな気分になりながら、ガドルに運ばれていく。
それからも、続々と手に入るアジフライ。
時々レモン付きがあった。たぶんレア。
「わっ!?」
サニーレタスとタルタルソース付きだと?
きっと激レアなのだろう。私、食べられないけど……。
「わー……」
階段に到達したところで食事を出そうとしたら、すでに何やら食べていた。
シシャモフライだ。どうやら別の層では、シシャモフライが飛んでいたらしい。
これ、層ごとに違うフライが出てくるのだろうか? 食事のできる種族が羨ましく思えてきたな。
気を取り直して、聖水を自分に掛けて踊る。
「わ、わ、わ、わ、わわわ、わっわわわ!」
光る蛙。
『ガドルもどうだ?』
「いや、まだいい」
笑いをこらえるのに必死だな。そろそろ慣れてほしい。
通路に出ると、予想通り具材が変わっていた。
鰯フライが、通路をふさぐほどの群で襲ってくる。
「わーっ!?」
「ふんっ!」
ガドルは鰈な……ではなく、華麗な動きで鰯フライの集団を倒していく。
その後も、鮭フライやら牡蠣フライやらフライドポテトやらフライドチキンやらが襲ってくる。
フライドポテトは通常ドロップは塩味だったけど、レアでカレーやマヨネーズ味が出てきた。
フライドチキンこと魔鶏飛は、骨付きとか胸とか火を噴くのとか、種類が豊富だ。
食べられないのが本当に残念だな。フライドポテトをもぐもぐしながら、現実逃避したい。
数日かけて、様々なフライを手に入れながら到達した二十層。階層ボスの部屋である。
待ち受けていたのは、皆のアイドル、海老フライ。
一瞬でガドルに倒された。
落としたアイテムは、当然【海老フライ】。ピーンと尻尾が立った、鯱姿の立派な海老フライだ。千切りキャベツとポテトサラダも付いている。
「わー……」
食べられないのが実に悔しい。
奥の扉を開けて中へ入ると、そこには一つの宝箱。
ガドルが開けると、中から出てきたのは【極上車海老天丼】だった。初討伐報酬として、【舞茸天麩羅蕎麦】も付いてきた。熱々である。
「わー……」
フライで揃えてきたくせに、テンプラとはこれいかに?
『十層目にも宝箱があったのか?』
「ああ」
ちょっと気になったので聞いてみたら、ガドルが何やら申し訳なさそうな顔をする。
「わー?」
どうしたのかと見上げていると、突然頭を下げてきた。
「わっ!?」
「すまん。邪魔だったから、置いてきた」
「わ?」
話を聞くと、十層では三叉槍が出たらしい。
食器ばかりドロップしていたせいで、槍ではなく、でっかいフォークだったのではないかと疑ってしまう私。
『謝る必要はないぞ? ガドルが倒して得たアイテムなのだから、ガドルの好きにすればいいだろう?』
「だが、にんじんにも所有権があるだろう?」
『ないない。……第一、私が使えると思うのか?』
私は何もしていないのだ。私にドロップしたアイテムだって、ガドルが求めれば全て所有権を譲渡するつもりである。
でもそんなことを言ったって、ガドルは納得しないだろう。
だから別の一言を付け足した。マンドラゴラの私が使える槍だったのかと。
しばし無言で考え込むガドル。
「……使えないな。だが、売れば金になる」
『私に必要だと思うか?』
どーんっと出してみる、樽入り聖水。
「……」
ガドルが沈黙した。
「……無用だな」
「わー」
うむ。
聖水が作れなくても、私の食事は腐葉土。いざとなれば町を出て、森で野宿すればいい。ついでに揃えるべき装備も特にないため、私の生活費はとても少ないのだ。
「話は変わるが。にんじん、頼みがある」
「わー?」
深刻な顔をされたので、私も気を引き締める。
「祈りを捧げてもらってもいいだろうか?」
「わー!」
無論だとも!
ようやく私の出番が来たようだ。
意気揚々と、【聖水】が入った樽の上に、ぴょこりんっと移動する。
「いや、そうではなくてだな……。その、ここで一人、亡くなったのだ」
「わー……」
勘違いしてすまない。
樽から下りて、真摯に祈る。
「わー」
どうぞ、安らかにお眠りください。女神様、どうか彼の者の御魂をお導きください。
祈っていると、床の一部が輝き出した。そして蛍みたいな光の粒が、天井に向かって昇っていく。きっと、成仏できたのだろう。
「ありがとう、にんじん」
『少しでも役に立てたのであれば、私も嬉しい』
ガドルは静かに泣いていた。
別れが済んだのだろう。しばらくすると涙を拭い、先ほど手に入れた【極上車海老天丼】を頬張り出す。
よく食べて英気を養ってくれ。
私も植木鉢を取り出して、EPを回復しておく。
『なあ、ガドル。このダンジョンを独占して、デッドボールは利益になるのか?』
王家に反抗し、ガドルを貶めてまで、独占したいものだろうか?
ダンジョンに入る前はシリアスな雰囲気だったはずなのに、思わぬコメディ展開である。
「珍しい食べ物ではあるな。そして美味い」
「わー……」
そう言われてみれば、需要はあるのか。
この世界というかこの国。内陸設定なのか、今のところ海が出てきていない。食堂でも肉ばかりで、魚介類は見かけなかった。
そして現実世界でも、魚は高級食材だ。
祖父の子供時代は手軽に食べることができたらしいけれど、今は養殖に成功している一部の魚介類しか、本物は出回っていない。
リアルで私が口にしている魚介類は、人工的に作られた魚介類もどきである。
魚の養殖には広い土地と清浄な水が必要なため、本物はどうしても値が張ってしまう。それでも年配者を中心に、根強い人気があるけれど。
ちなみにご高齢の方や富裕層たちは、生でも食べるらしい。
憧れている人もいるけれども、生食は抵抗があるという人のほうが大半だろう。そういうプレイヤーの心情も加味して、フライなのかもしれないな。
食事を終えたガドルが出した麻袋に、必要な物を詰め込む。明日の準備が終わると、ガドルは横たわった。
私も鉢から出て腐葉土を盛り、ログアウト。