48.翌日。ログインすると
翌日。ログインすると、予想通りガドルは先へと進んでいた。
ちらりと視線を動かすと、私をくっ付けていない反対側の肩から斜め掛けに、ファンシーなお花柄のテーブルクロス。
ちゃんと使ってくれたみたいだ。
「わー」
「……起きたか?」
振り向いたガドルの眉間に深いしわ。
「わー?」
どうした?
小根元を傾げると、嫌そうに表情を歪めて、私とは反対側の肩を指差す。
「しまってくれ」
「わー」
素直に頷いて、一反木綿のテーブルクロスを収納ボックスにしまう。
やはり花柄は不評だったらしい。
「よりによって……。他にあるだろう?」
『袋を持っていなかったのだ。使えそうな布が、一反木綿が落としたテーブルクロスだけだった』
「他の柄は?」
『一枚しか手に入れていない』
ガドルは私を軽く睨んでから、深い溜め息を吐く。
「次からは言ってくれ。袋なら持っている」
「わー」
以前持っていた麻袋を持っていたみたいだ。最低限の保存食なども入れているという。
鎧の着脱といい、謎が深まるな。
ところで私の努力、もしかして無駄だった?
「感謝はしている。……干し肉しか入れていなかったからな」
「わー」
さらっとフォローしてくれるところも、ガドルのいい所だな。
話をしながら歩いていたら、赤い金魚が飛んできた。
ぷかぷかと浮かぶ、無数の金魚提灯。愛らしい姿に、つい和んでしまう。
私たちを見つけたとたんに、豹変したけど。
目を怒らせた金魚提灯の体に棘が生え、ハリセンボンに。そして――。
「わーっ!?」
伸び切った棘は金魚提灯の体を離れ、我々に向かって飛んできた。
ガドルは余裕で全て避けると、己の爪と鉄熊手の義手で金魚提灯を切り裂く。
ドロップしたのは、【赤漆の塗り箸】。可愛らしい金魚の絵柄がアクセント。他に割り箸多数。塗り箸はレアアイテムらしい。
ヨーロッパ風の世界なのに、箸とはこれいかに?
食堂で食事をしていたガドルは、たしかフォークを使っていたはずだ。
その後、他のお化けたちから、フォークやスプーン、ナイフなども追加された。
ナイフだけでもステーキナイフにバターナイフ、果物ナイフと、フルコースが食べられそうな品揃えである。
食器を揃えながら進んでいると、ガドルが切羽詰まった声を上げた。
「っ!? にんじん、状態異常の解除はできるか?」
「わっ!?」
残念ながら、私にそんなスキルはない。とりあえず【聖水】を掛けてみたけれど、効果はなさそうだ。
『【癒しの歌】を使うか?』
「いや、そこまではしなくていい。術を掛けた魔物を倒せば、解除できる。無理に逆らうから動きは鈍くなるが、この階層の魔物ならなんとかなるだろう」
苦く顔を歪めながら、ガドルがY字路を曲がる。
「耳を抑えていろ。あの音を聞くと、お前まで操られるぞ?」
「わー……」
私、手がないので、耳を抑えられないのだよ。耳もないから、どこを抑えればいいのやら。
しばらく進むと、少し広くなった場所に出た。一際明るいその場所は、大勢の魔物が集い賑やかだ。
提灯お化けが浮かび、太鼓や笛のお化けが踊っている。
盆踊り大会だな。
「にんじんっ!?」
「わー……?」
あれ?
勝手に二股の根が動き、【イエアメガエルの着ぐるみ】から抜け出して、お化けたちのほうへ向かっていく。そして櫓の周りで踊るお化けたちの中に混じって、私も踊り出す。
初盆踊り大会だよ! 一緒に踊るのはお化けだけど。
「わーぁ、わ、わ! ……。わー……」
「にんじん……」
焦っていたガドルの声が、沈痛な音に変わった。
私も困惑している。
あれですよ。聖魔法が発動しちゃったんですよ。盆踊りのせいで。
楽しそうに踊っていたお化けたちが、揃って空へと昇っていった。
「わー」
南無。
そして収納ボックスへ入ってくるアイテムたち。
フライパンは太鼓のお化けかな? ストローは笛のお化けかな? その他諸々。
『今のは何だったんだ?』
振り返ってガドルに聞くと、疲れと呆れがない交ぜになった顔で私を見下ろしていた。
なんだか居たたまれない気持ちになって、そっと視線を逸らす。
「わー……」
盆踊りか? 戦闘をガドルに任せ切って戦わないどころか、魔物と仲良く盆踊りを踊ったのがまずかったのか?
「そうじゃない」
「わ?」
違うのか?
「さっきの音楽と踊りで、俺とにんじんは操られていたのだ。俺は抵抗して完全に操られることはなかったが、にんじんは……。あー……」
目を逸らされた。
『つまり、魔物たちは成仏したかったのだな』
死霊系の魔物からすれば、盆踊りに誘った相手が神官なら、聖魔法が発動して成仏できる。
本能からなのか、知識があってのことか分からないけれど、成仏したくて頑張っていたのだろう。不憫だな。
「わー」
南無。
改めて、お化けたちの冥福を祈っておく。
「……いや。魔物としては、予想外のアクシデントだったと思うぞ?」
「わ?」
苦笑するガドルが差し出した掌に乗り、肩に乗せられる。改めて【イエアメガエルの着ぐるみ】を装備して、鎧にぴとり。
「進むぞ?」
「わー!」
ガドルは来た道を戻っていく。
『異界には、「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損」という言葉があってだな』
「……見たくて見たわけではない。単なる巻き添えだ」
「わー……」
格好付けたがりめ。
階段に到着したところで休憩。
EPを回復するため、ガドルに串肉を出して渡す。私も植木鉢を取り出して潜った。
『このダンジョンは、ああいう敵ばかりなのか?』
「死霊系がメインだな。階層によって出てくる魔物は違う」
友よ、それは答えになっていないぞ。
「十階層まで行けば、食える魔物が出てくる。それまではつまらぬだろうけれど、我慢してくれ」
「わー……」
なんと返せばよいのやら。
死霊系といえば、ゾンビとか、骨とか、そういう系なわけで、決して食用ではない。
ガドルは獣人だから、骨はおやつなのだろうか?
聞いていいのか分からず悶々としている間に、ガドルが食事を終える。
『そうだ。これを渡しておく。脱出の時用だ』
作っておいた【妖精の悪戯な飴玉】を渡す。
「いつの間に……」
受け取ったガドルが手首にイン。
その日はもう一層進んだところでログアウトした。
ログインしたとたん、反応に困ってしまう私。人間の姿だったら、表情が抜け落ちていたと思う。
「わー……」
周囲の景色は、坑道を思わせる、ごつごつとした岩がむき出しの広い洞窟。ログアウトする前は鍾乳洞だったので、それだけガドルが進んだのだろう。
それはいいとして、前方に浮かぶ魔物? が問題だ。
アジフライが空中を泳いでいる。
何を言っているのか分からないって? 私も分からない。