47.俺はいい。仮に攻撃が
「俺はいい。仮に攻撃が当たっても、大したダメージはない。だが万が一ということがある。蛙に掛けておけ」
「わー」
私か。
格下相手といえども、私を護りながら戦うのは大変だろうからな。軟弱ですまぬ。
一度地面に下ろしてもらい、小瓶の【聖水】を被る。
「わわわ、わっわわわっ!」
踊り切り、そっと視線を逸らす私。
口元を抑えて顔を背けているガドルの肩が震えていた。
聖水の効果時間は、聖水だけなら十分。神職の祈りが加わると一時間に増えるのだ。いくら樽で持ってきたからといって、無駄遣いはせぬぞ。
しかしこれ、実際はいい年した神官たちが輪になって踊るのだ。私はまだ可愛いほうだろうが?
「……わー?」
だから【聖水】は貴重なのではなかろうか。
好んで作りたい人はいないだろう。
ガドルの鎧に貼りつくと、震えが伝わってくる。
「わー……」
「すまん。……くっ」
「わー……」
しばらく進んでいると、井戸が現れた。
……井戸? しかも数が多い。井戸って一ヶ所にそんなにいらないと思うのだが?
『もしや、前髪が長い女の人が出てくるのではなかろうな?』
「知っていたのか?」
「わー……」
たしかに死霊系ではある。死霊系ではあるのだが……。
RPGって基本的に、洋風の魔物が出てくるのではないのか? 和風の幽霊が出てくるの? 提灯お化けとか?
私、一反木綿が欲しい。テイムできないだろうか。
『動きが遅いから戦いにならんだろう? 避けて通ればいいのか?』
「それなりに早いぞ? ダメージは少ないがな」
「わー?」
動きが速い? ちょっと想像ができないというか、違う意味でホラー度が増している気がしなくもない。
そして出てくる前髪の長い女性。
「わー? ……わーっ!?」
カッと目を見開いた途端、皿を投げてきた。
私の知っている人と違う! アクティブすぎる!
皿幽霊が鬼の形相で、皿をフリスビーの要領で投げてくるのだ。しかも、たくさんある井戸全部から皿幽霊が出てきて投げてくる。
「にんじん! 目を閉じていろ!」
「わー!」
了解。
目はないんだけどね。
言われた通りに視界を閉じていたら、破壊音が聞こえてきた。いけないと思いつつ、そっと視界を開けて覗き見る。
ガドルが井戸を拳で破壊していた。
「わー……」
ガドルさん、どんな馬鹿力ですか?
普通は井戸なんて簡単に壊せないからな。
規模を間違えたモグラ叩きが終了し、ドロップアイテムを確認。
【井戸女の皿】が手に入った。白い平皿だ。保温機能付。
何に使うんだ?
『これは【聖水】を落として倒すのではないのか?』
井戸の中にぽちゃりと。
「井戸女は、井戸を壊せば消えるのにか?」
皿女を倒すならともかく、井戸を壊すとか、予想外の戦法だよ。
ガドルが脳筋だった件。
ふと思い出す私。
『では、井戸にこれを突っ込んだらどうだろう?』
取り出したのは、北の山で手に入れた【花火】と【火薬】。
「……えげつない」
「わー!?」
なぜだ!? 拳で殴るより効率いいだろう?
不満に思いつつも、戦うのはガドルなので呑み込む。彼のやりやすい戦法が一番である。
『とりあえず、ここでは私に気を使わなくていいぞ? 前にも言ったが、死霊系は倒すのではなく祓うものだと解釈しているからな』
「……分かった」
私に気を使って、ガドルに万が一のことがあっては悔やみきれぬ。改めて伝えておく。
続いて出てきたのは、一反木綿。仲良くなって、背中に乗せてもらいたい。
「わー! わー……」
テイムする前に、ガドルに引き裂かれた。
そもそも私、テイマーではないから、どちらにしても無理だったかもしれないけれど。話し合ったら仲間になってくれないだろうか?
一反木綿は、ナプキンやランチョンマットを落としてくれた。真っ白かと思いきや、色無地やチェック柄もある。ただし一枚ずつ落とすので、パーティ分を同色で揃えるとなると大変そうだ。
レアで【テーブルクロス(花柄)】も手に入れた。
「わー……」
花柄か。使い辛いな。
しかし、なんなんだ? このダンジョンは。
もしや、テーブルセットを揃えるダンジョン? この世界は食器も魔物から手に入れるのか? 文明が進化しなさそうだ。
ダンジョンの利権を手放したくなくて、デッドボール男爵はガドルを陥れたという話だった。だが、これは金になるのか? まだ浅い層だから、ドロップ品のレベルが低いのだろうか?
デッドボール男爵の思考がさっぱり分からない。
困惑している内に、下の層に向かう階段まで到達する。
階段にいる間は魔物が出ないということで、今日はここで休むことにした。
「わー」
テントを出そうとしたら、ガドルが首を横に振る。
「ここは魔物が来ないし、雨風もない。このままで構わん。……デッボー男爵の私兵が来るかもしれないしな」
「わー」
見回りか。それともアイテムを集めにか。食器だけど。
一応、魔石もドロップしていたから、そちらが目的なのかもしれない。
「わー!」
では、と、食事を取り出す。
食堂で買っておいた料理だ。ほかほかだぞ。
「ありがとう。ダンジョン内で普通の飯が食えるとは。にんじんのお蔭だな」
「わー……」
照れるぜ。
食事を終えると、ガドルは壁に背を預けて目を閉じた。
「にんじんも寝ていいぞ? できたら蛙のままでいてくれ」
「わー!」
私がログアウト中にも移動するつもりなのだろう。
マンドラゴラのままだと、手に持って運ばなければならない。蛙装備があれば、鎧にくっ付けておけばいいからな。
本当にいい装備を貰ったものだ。
『おやすみ、友よ』
「おやすみ」
ガドルが寝たのを確かめてから、装備を外し、調薬セットを取り出す。帰り用の【妖精の悪戯な飴玉】を作っておかねば。
マンドラゴラ水はすでに煮詰め終えているものがあるので、それを使う。
買ったまま使う機会がなかった調薬セットが、ようやく日の目を見たぞ。……ダンジョンの中なので、日は差していないけどな。
出来上がった飴と調薬セットを収納ボックスにしまい、代わりに腐葉土を取り出す。
「わー」
ああ、そうだ。私がログアウトしている間の、食料なんかも出しておかなければな。
収納ボックスから、回復薬と保存食を取り出して……。
「わー……」
どうしよう? 袋がない。
荷物は私が持つからと、用意していなかった。
何か代わりになるものはないだろうかと考えて、思い出す。
「わー!」
取り出したのは、一反木綿が落としてくれた【テーブルクロス(花柄)】。
「わー……」
黄色い生地に、ピンクや水色のファンシーなお花模様。予想以上に使い手を選ぶ一品だった。
ちらりと寝ているガドルを見やる。
……似合わないな。
広げたテーブルクロスの上に、小瓶が入っていた箱を置く。回復薬と聖水、保存食を詰めて蓋をする。
テーブルクロスの下に潜って……。
「わーっ!」
ジャンプ!
テーブルクロスを被った状態のまま、箱の上に着地。
「わわ……っ」
後ろに流れるテーブルクロスの重みに引っ張られて、バランスを崩してしまった。根餅を搗いたけど、落ちなかったから良しとする。
キャタピラーの要領で箱の反対側まで移動。
「わーわ、わーわ、わわーっ!」
よいしょーっと。
飛び降りれば、箱を挟んでテーブルクロスが半分に折られた状態になった。
本当は余っている布を箱の下に入れて、しっかり包みたいけれど、マンドラゴラの体ではさすがに難しい。
とはいえ、このまま反対側の布を箱に被せるだけでは、包みが緩みそうだ。
朝になってガドルが起きてから、包み直してくれるかもしれない。けれど、そのまま腰に巻いて、戦闘中にばらけたら大変だ。
「わー……」
さて、どうしたものか。
収納ボックスの一覧を開き、使えそうなものを探す。
「わー!」
【大蜘蛛の糸】があった。
これ、蜘蛛の糸だけあって、引っ付くんだよ。糸の先を引っ張ると、するすると抜けるのに。
二股の根で糸を一本取り出す。箱の底に添って、下の布にくっ付けていく。それから上の布をなるべく引っ張ってから、ぺたり。しっかり踏んで、接着する。
一本分の粘着力はそこまで強くないから、ガドルなら剥せるだろう。
さて、下の布に潜って、と。
「わーっ!」
ジャンプ!
反対側に下りて、こちらも【大蜘蛛の糸】を使い、マジックテープみたいに留めておく。
後は起きたガドルが、腰に巻くなり背負うなりするだろう。
明日の準備をやり遂げた私は、【イエアメガエルの着ぐるみ】を装備する。地面に直接腐葉土を盛り、その山に潜ってログアウト。
……蛙の冬眠みたいだな。