45.鍛錬場では
鍛錬場では、ガドルがフル装備の聖騎士たちと戦っていた。
ガドルも【神鉄の鎧】をまとい、金属製の義手とクローで武装している。
一対多の対戦でありながら、次々とガドルに打ちのめされる聖騎士たち。
「わー」
強いとは聞いていたけれど、本当に強いのだな。
邪魔にならないよう、静かに見学させてもらう。
対戦していた聖騎士たちが全員倒れると、ガドルが私に気付いて近付いてきた。
「にんじん、来ていたのか」
「わー」
「義手の使い勝手が知りたくて、模擬戦を頼んだのだ。一本ずつは動かないし、微妙な力加減もできないが、中々使い勝手がいい。これなら大分奥まで潜れそうだ」
騎士たちが鎧を着用して戦っていたのは、これを警戒してのことか。
「にんじんのほうはどうだ?」
『できたぞ。ただ効果が一分なのだ。やはり無理か?』
ガドルは首を傾げて悩む素振りを見せる。
「とりあえず、一度様子を見に行かないか?」
「わー」
入り口がどういう状況か分からなければ、見当の付けようがないものな。
そんなわけで、ダンジョンを見に行くことにした。
王都から西門を出て、セカードの町へ通じる街道を進んだ。ガドルは途中で道を逸れ、森の中に入る。
途中で子蜘蛛が何匹か出てきた。大蜘蛛に比べると小さいけれど、上から降ってくるので、隙を突かれそうだ。それでもガドルは難なく追い払う。
彼の実力ならば一撃で倒せるが、私に配慮して放り投げるに留めてくれている。
『すまんな』
「どうせ大したドロップもなければ経験値にもならん。……それより、蜘蛛の巣が鬱陶しいな」
ぼやいている間にも、ガドルが大きな蜘蛛の巣を払った。
森のあちらこちらに大きな蜘蛛の巣がある。奥へ行くには、それらを取り除きながら進まなければならない。
途中で拾った枝を使って絡め取っているのだが、すでに大きな綿飴が出来上がっていた。
「ところで、後ろの奴はどうしてほしい?」
「わー?」
後ろ?
振り返ろうとしたら、ガドルに捕まれた。
「振り返るな。先ほどから付けられている。……いや、にんじんなら振り返っても問題なかったか」
「わ?」
言われて自分の姿を確認する。
プリティキュートな蛙さんにメロメロになっても、見られているとは思わないということか。
『敵か?』
「敵意はない。だが何をしたいのか分からん。……異界の旅人みたいだな」
ふむ。異界の旅人なら、単なる好奇心の可能性が高いな。
珍しい魔物やアイテムが手に入らないかと、ガドルを付けてきたのだろう。
しかしどうしたものか。
彼らはこちらの事情を知らない。もしも彼らがこのまま付いてきたとしたら、ダンジョンを見て騒がないだろうか? そうなれば見張りの者たちに、ガドルの存在を気付かれてしまう可能性が出てくる。
「引き返すか?」
今日は様子を窺うだけの予定だ。無理をする必要はない。
けれどここで引き返しても、彼らの行動が気になってしまう。
ダンジョンを見つけてしまうだけなら構わないが、ガドルのことを話されてしまうと面倒だ。デッドボール男爵に警戒されて、警備が厳重になってしまうかもしれない。
ならばいっそのこと……。
『なあ、ガドル。このままダンジョンに入っても問題ないか?』
「構わんが。……そうだな。そのほうがいいだろう」
ガドルも同じように考えたらしい。渋い表情で同意した。
尾行を撒くため進路を変えて歩き出したガドルに、【妖精の悪戯な飴玉】を渡す。
『先に渡しておく。消えていられるのは、飴が口の中にある一分だ。噛み砕くと効果が切れる可能性がある。ガドルのタイミングで食べてくれ』
「分かった。……綺麗だな」
指で摘まれた飴に光が当たると、飴の中に虹が現れた。
ガドルは義手の手首にしまい、緩んだ表情を引き締める。
「わ?」
手首に?
「下腕の部分が収納になっている」
私の驚きを見て、義手を肩の高さに上げて見せてくれた。
手首の辺りにスライド式の小窓があり、すぐ下の腕部分には片開きの戸が付いている。下腕のほうは、ちょうど小瓶が入る大きさだった。
「スライム蛭の膜を張ってあるから、多少の衝撃では中にある物は壊れん」
緩衝材みたいなものか。
「わー」
ならばこれを入れておけと、【友に奉げるタタビマの薫り】の小瓶を出す。
『回復薬だからな』
「分かっている」
酒代わりに飲むなよと念を押しておく。
自覚があるのだろう。ガドルは苦笑した。
そうしてプレイヤーを撒き、再びダンジョンへ向かって進路変更したところで、声を掛けられる。
「あらあら、にんじんさんではありません?」
「わ?」
視線を向けると、豚がいた。
いや、違う。違わないけど、マッチョな猫獣人のチャイナなお姉さん(見た目は男)だ。今日はでっかい盾を持っている。
先日会ったときも一緒にいたショタエルフの丹紅と、その他に三人いた。
スキンヘッドの爽やかなぼっちゃり系剣士は、たぶん人間。赤い頬紅が印象的で、頭上に表示されている名前はアンマン。
こいつ、もしかして某有名キャラクターを意識してアバターを作ったのだろうか?
残る二人は、金髪をポニーテールにした女性エルフの弓使いと、白ローブの少年。少年はフードを被っているので種族はよく分からぬ。
名前はそれぞれ、カレーナにピッツア。
そこまで確認して気付く私。
「わー!」
中華饅戦隊か!
西の森を初攻略したパーティだ。
名前か。パーティメンバーの名前を中華饅で揃えていたのか。そして五人だから戦隊か。
しかしメンバーはよく承知したな……。名前はくじかじゃんけんか、どっちだ?
「にんじん、知り合いか?」
『先日、買い物途中に声を掛けられた』
私をカレーの材料にしようとしたとは言わない。ガドルの機嫌が悪くなるのは目に見えているからな。
「あらあら、憶えていてくださったんですね?」
のほほんっと頬に手を当てて微笑む豚。
「本当にいた……」
なぜか絶望した様子で、膝から崩れ落ちるピッツア。
どうした?
「あー、気にしないでくれ。ピッツアは最初スライムを選んだのだが、挫折したのだ」
「わー?」
アンマンが苦笑しながら説明してくれた。説明されたが、やはり理解できぬ。
スライムと私に何の関係が?
「……にんじん」
「わ?」
ガドルから静かな声が振ってきた。顔を見ると、眉間にしわが寄っている。
「わー……」
ダンジョンが近いから警戒していたのに、すまん。