44.どうしたんだ?
「わー?」
どうしたんだ?
草原蟻たちを見回し、それからガドルを見上げた。
「にんじん? アイツらをおとなしくさせるスキルを持っていたのか?」
「わーわー?」
葉を左右に振る。
草原蟻たちが大人しくなったのをいいことに、うーんっと考えてみることに。
……考えられるのは、やはりアレか。
【幻聴】発動。
『騒がせてすまない。巣や君たちに危害を加えるつもりはない。理由があって、【砂糖茸】を少しでいいから譲ってほしいのだ』
伝わるのか分からないが、草原蟻たちに向けて話しかけてみた。
じっと私を見つめてくる草原蟻。しばらくして、蟻同士で触角を触れ合わせ始めた。どうやら会話をしているっぽい。
様子を窺う私とガドル。いつでも鎧に突っ込めるよう、私はガドルに握られたままだ。
話し合いが終わったらしく、草原蟻たちが触覚の触れ合わせを止めた。
触覚がゆらゆら揺れている。目からは険が取れ、丸くてつぶらな瞳で私を見つめていた。
蟻は小さすぎてあまり意識を向けたことがなかったけれど、こうして見ると可愛いな。
「なんて言ってるんだ?」
『分からぬ』
残念そうな眼差しを送らないでくれ。私が一番、残念に思っているのだから。
【幻聴】は私の声を相手に届かせる能力で、相手の言葉が理解できるわけではないのだ。
ガドルからの視線に耐えていたら、草原蟻たちまで触覚を垂らし、残念そうな雰囲気を醸し出して私を見てきた。
「わー……」
私、いじけてもいいだろうか?
一人二人でも辛いのに、百を超える眼差しに晒されるのは耐えられぬ。
拗ねていても進展しないので、草原蟻たちの意思を読み取ることに注力する。
私の言葉を聞いて、敵意を収めてくれた。つまり、彼らは【砂糖茸】を私たちが採取することは、構わないと考えてくれたのではなかろうか。
『【砂糖茸】を貰ってもいいのだろうか? いいのなら首を上下に振ってほしい』
誤解が生じないように、具体的な行動を提示する。
思っていた通り、草原蟻はためらいがちではあるけれど、首を上下に振ってくれた。
触覚がみょんみょん揺れて可愛いな。
「では貰って帰ろう」
返答を貰って、ガドルが【砂糖茸】に手を伸ばす。すると、草原蟻たちが再び顎を打ち合わせ、警戒音を響かせ始めた。
ガドルが手を引くとすぐに鳴りやんだけれど、私たちは混乱してしまう。
「採取してもいいのではなかったのか?」
「わー?」
顔を見合わせる私とガドル。
「交渉したにんじんしか許されないということか?」
ガドルはそう推察したが、それだと【幻聴】持ちしか採取できないことになる。ゲームシステムとして、偏重しすぎだろう。
疑問は残る。しかし私なら採取を許されるというのなら、私が採るしかあるまい。
「わー……」
【アメガエルの着ぐるみ】を脱ぎ、ガドルの掌に乗せられて竹に近付く私。
念のため、試しに葉で【砂糖茸】に触れてみる。草原蟻たちの動きに変化はなかった。やはり私なら大丈夫みたいだ。
「わー……」
手のない私はガドルの掌に仰向けとなり、二股の根で【砂糖茸】を挟んで抜く。お間抜けな姿である。
ガドルはタタビマ採集で慣れているので表情を変えないが、プレイヤーには見られたくないな。
【砂糖茸】を念のため二つ採らせてもらった。
「それだけでいいのか?」
『ああ。足りるか分からないが、おそらく【砂糖茸】は、草原蟻たちにとって大切な食料のはずだ。採りすぎはよくないだろう』
「そうか。ならば帰るぞ」
「わー」
私が頷くと、ガドルが歩き出す。
『ありがとう! 大切に使わせてもらう!』
後ろを振り向いて草原蟻たちに葉を振ると、草原蟻たちも触覚を揺らしてくれた。
「これでは次から倒せんな」
揃って見送ってくれる草原蟻たちを見て、ガドルが苦笑する。
「……もしかすると、にんじんが魔物を討伐していないから譲ってくれたのかもしれないな」
「わー?」
神殿への帰り道。ガドルがそんなことを言ってきた。
なるほど。魔物を討伐していないことが、草原蟻たちから【砂糖茸】を譲ってもらえる条件だと考えたわけか。
『私は手を出していなくても、ガドルが討伐しているぞ? 私だけが恩恵を得られるというのは納得いかんな』
こんな考え方はしたくないが、ガドルはNPCだ。テイマーが使役している魔物が討伐対象の魔物を倒した際、テイマーは殺生をしていないのかと問われれば、否と私は答える。
だからそれはないだろう。
ガドルは顎を擦り、唸りだす。
「草原蟻に限ってなら、にんじんといる間は、一度も討伐したことがない。どうだ?」
『なるほど。ならば今まで草原蟻を一匹も討伐していないことが、【砂糖茸】を貰える条件なのかもしれないな』
仲間の命を奪ったやつには、大切な【砂糖茸】はやらぬぞ! ということか。
可能性でしかないけれども。
王都に戻った私とガドルは、薬師ギルドで白砂糖を買い、商店街で飴の型を買ってから、神殿へ帰った。
今夜も【神樹の苗】君に回復薬をお裾分けして、隣でログアウト。
そして翌日。
ログインした私は、ポーリック神官と調薬室に籠った。
マンドラゴラ水を濃縮するため、借りた大鍋でマンドラゴラ水を煮詰めていく。
部屋の中が湯気で濃霧状態だ。換気扇が欲しい。
「窓を開けますね」
「わー」
お願いします。
待ち時間を利用して、聖水を作る。
「わー、わー、わー、わー」
一人でマイムなマイムを踊る私……。
「素晴らしいです! にんじん様!」
「わー……」
ポーリック神官が称賛してくれるけれど、嬉さよりも虚しさが募っていく。
それでも負けず、樽の水を次々に聖水へ変えていった。
「鍋のほうも、そろそろよろしいようです」
「わー」
大鍋で煮詰めていたマンドラゴラ水の一部を、ポーリック神官に頼んで小鍋へ移し替えてもらう。そこへ【幻想華の花弁】の欠片を加えて弱火で煎じる。
薬液が虹色に染まり、分量も調度よさそうになったところで火を止め、白砂糖を溶かした。
いきなり【砂糖茸】を使うほど、私は大胆ではないのだ。まずは砂糖の種類を変えることで効果が変わるのかを確認する。
再び鍋を火に掛けて、色が変わってきたところで火を止めた。
ポーリック神官によって、薬液が型に流し込まれていく。後は冷めて固まるのを待つだけだ。
そうして完成したのはこちら。
【妖精の悪戯な飴玉・劣化】
舐めている間は姿を消すことができる。効果時間:最大10秒。
黒糖で作った飴玉よりも、効果時間がかなり伸びている。これなら砂糖茸に期待が持てそうだ。
鍋に残っている凝縮したマンドラゴラ水を小鍋で温め直し、【幻想華の花弁】を一枚投入。
今までは欠片を使っていたけれど、今度は本番なので万全を期すのだ。
煮詰めてから【砂糖茸】を加えたら、色が変わる瞬間を慎重に見極める。
「わー!」
ここだ!
「承知しました!」
私の合図で、ポーリック神官が型に流し入れた。
どうか巧くいってくれと、祈る気持ちで飴を見つめる。
【妖精の悪戯な飴玉・不良】
舐めている間は姿を消すことができる。効果時間:最大1分。
時間が大幅に増えた。
だが一分で見張りの目を掻い潜って、ダンジョンに潜入できるだろうか?
悩んでいても仕方ないので、ガドルの下に行って相談してみることにする。
『ポーリック神官、付き合ってくれてありがとう』
「勿体ないお言葉でございます。また必要となりましたら、いつでもお申し付けください」
手伝ってくれたポーリック神官にお礼を言って、鍛錬場を目指す。
途中ですれ違った神官たちが、恭しく膝を折って道を譲ってくれた。
蹴られる心配がなくて助かるけれど、むず痒いな。そして、慣れてきている気がする今日この頃。
「わー……」