43.では足りない分は
『では足りない分は、白砂糖で補うとしよう』
「白砂糖以外にも必要なのか?」
『街で妖精は砂糖茸が好きだと聞いたのだ。できればそちらを使いたい』
そう提案したら、ガドルが顔をしかめて足を止めた。
「わー?」
どうした?
「俺が採ってこよう。にんじんは神殿で待っていろ」
「わー?」
なぜだ?
「砂糖茸は草原蟻の巣から採れると聞く。手に入れるには、草原蟻を殲滅することになるぞ?」
「わー……」
討伐どころではなく殲滅か……。
巣の中にあるから、コロニーに属する草原蟻を全滅させなければならないパターンか。流石に可哀そうだな。
とはいえ私がここで大人しく待っている間に、ガドルだけに手を汚させるのは、もっと許せない。
「わー……」
どうしたものか……。蜂なら煙で追い出せると聞くが、蟻はどうなのだろうか?
決めかねていると、ガドルが苦笑した。
「見に行くだけ行ってみるか? 草原蟻はもちろんだが、あの辺りの魔物なら大したことはない。襲ってきても、殺さない程度に蹴散らせばいいさ。運がよければ、放棄された巣が見つかるかもしれないしな」
『友よ、ありがとう』
「気にするな」
ガドルにばかり負担を掛けているというのに、嫌な素振り一つせず白い歯を見せて笑う。本当にいい男だな。
件の騒動がなければ、モテモテだったのではなかろうか?
「さ、決まったなら行こう」
「わー!」
ガドルに引っ付いたまま、私は神殿を後にした。
東門から王都を出ると、草原が広がっていた。中央には北の山を回り込むように、一本の街道が伸びる。その先にあるのはサースドの町だ。
甘味処で聞いた通りに、街道から外れて東へ進む。
人気はほとんどないが、たまにプレイヤーらしき人影が目に付く。私たちと同様、【砂糖茸】を探しに来たのだろうか。
そう思いながら見物していると、草原蟻とは違う魔物を狩り始めた。
「わー……」
「目を閉じていろ」
「わー……」
すまぬ。
……だからVRRPGは苦手なのだ。
とはいえ、ガドルの冤罪を晴らすまでは止めぬけどな!
「街道から外れた所にいる魔物は、少し手強くなる。稼ぎは多少よくなるが、無理に狩るほどのものではないのだがな……」
なるほど。
おそらく手に入るアイテムがレアだったり、経験値を多くもらえるのだろう。レベルを上げたいプレイヤーにとっては、格好の獲物というわけだ。
ガドルの背中で揺られる私。この揺れに慣れてしまったのか、ちょっと眠たくなってきた。
「出たぞ。……にんじん?」
「わ?」
「寝ていたのか?」
「わー……」
すまぬ。
気付けば王都からだいぶ離れた所まで来ていたみたいだ。ちらほら見かけていたプレイヤーの姿もなくなっていた。
ガドルの肩に登り、彼が示す先を見る。
蟻だ。
外見は蟻だけど、体は緑色をしていて、大型犬ほどの大きさがあった。
草原蟻は私たちに気付いていないのか、そのまま東に向かっていく。
「付けてみるか」
『頼む』
草原蟻は時折足を止めて振り返るけれど、攻撃してくる様子はなかった。
それでも警戒はしているのだろう。触覚を揺らしたり、首を傾げたりしながら、数秒ほど私たちを見つめてくる。
ガドルは焦ることなく立ち止まり、草原蟻が歩き出すのを待つ。
私たちに敵意はないと理解したのか、草原蟻が歩き出した。すかさずガドルが後を付ける。
人間の踝かせいぜい膝ほどしかなかった足下の草は、いつの間にかガドルの腰ほどまで伸びていて、草原蟻を覆い隠す。体色が緑色なのもあって、見失いそうだ。
ガドルは時々耳や鼻を動かして、視覚以外でも周囲の様子を窺う。
「群が出てくるかと思ったが、その気配はないな」
不思議そうに首を傾げながらも、ガドルは前へと足を進める。
さらに奥へ行くと、私の視界に意外なものが入ってきた。
「あの根元が巣らしいな」
「わー……」
竹だ。
立派な竹が、みよーんっと伸びていた。直径が一メートルはあるのではなかろうか? 高さは高すぎてよく分からない。
【砂糖茸】と聞いていたのに、茸ではなく竹だった件。タケ違いだな。
……これ、もしかすると竹ではなくて、砂糖黍なのではなかろうか。
しかし遠くからも見えそうな存在感なのに、近くまで来なければ気付けなかった不思議。この辺はゲームだな。
気を取り直して、巣を刺激しないよう忍び足で【砂糖茸】と思われる竹に近付いてみる。
「これだな」
「わー……」
茸が生えていた。竹からちょこんと生える、白い茸。
ややこしいわ。
木を宿主として生える茸は多いが、竹は聞かぬ。私が知らないだけかもしれないけれど、少なくともマッシュルームに似た茸が生えることはないと思う。
疑問は尽きないが、目的の品と思われる茸を見つけたのだ。収穫して帰ろう。
ガドルも同じ考えらしく、茸に手を伸ばす。
指先が白い笠に触れたとたん、ガドルが竹から距離を取った。
「わ!?」
どうした!?
何事かと周囲を見回す。するといつの間にか、草原蟻に囲まれていた。
数匹なんて生優しいものではない。数十匹――いや、百を超えるか。
かちかちと顎を打ち合せ、警戒音を鳴り響かせている。
現実世界で茸を育てている蟻は、その茸を食料としていると聞く。草原蟻たちにとっても、【砂糖茸】は大切な食料なのだろう。それを奪いに来たのだ。敵と認識されるのは当然か。
「数が多いな。さすがにこれは……」
ガドルの表情が歪む。
「にんじん、鎧の中へ隠れていてくれ。なるべく殺さないようにするが、もしもの時は許してくれ」
「わっ!?」
待て!
まさかこの状態でも、私の気持ちを優先するつもりか? 私を鎧の中に隠すのは、自分が負傷しても私を護るためではなかろうか?
考えている間に、ガドルが私をつかみ、鎧の隙間から押し込もうとする。
慌てて【幻聴】発動。
『待ってくれ! 私はお前に傷付いてほしくない! 話を聞いてくれ!』
草原蟻たちはまだ警戒音を鳴らしているだけで、襲ってくる気配はない。
ゲームだからどこまで再現されているか分からないけれど、現実なら、静かに立ち去れば見逃してもらえる可能性が高い段階だ。……睨まれたら終わりだけど。
そう説明しようとしたのだが、話す前にガドルが止まる。
「わ?」
止まったのは、ガドルだけではない。なぜか草原蟻たちの警戒音も止まっていた。