40.こほりと咳払いをして
こほりと咳払いをして、いつもの微笑みを取り戻すポーリック神官。
「普通は複数人で行うのですが、とりあえず私が見本を見せます。よく見ておいてください」
「わー」
よろしくお願いします。
お辞儀をすると、にっこり微笑んでくれたポーリック神官が、動きを説明しながら華麗な足捌きを披露してくれた。
「足を交差するように右足を前から左足の向こうへ。それから左足を横へ動かして自然な体勢に戻します。今度は右足を後ろから左足の向こうへ。軽く跳ねて足を戻すと同時に、両手を肩の横まで上げて、顔を左へ。再び前横後ろ跳ねながら手を肩の横へ。今度は顔を右へ。これをもう一度繰り返します」
「わー……」
「そうしましたら、前に進みながら手を天に高く掲げて、女神様に祈りを捧げます。祈りの言葉に決まりはありません。それぞれが思いのままに祈ります」
「わー……」
私、その動きに見覚えがあるのだが、気のせいだろうか? 呪文染みた言葉と共にみんなで両手を上げる、フォークなダンスだ。
両手を肩の横まで上げたり、首を左右に動かしたりした記憶はないけれど。
「では、にんじん様。ご一緒にどうぞ」
「わー……」
教えてほしいと頼んだ手前、断り辛い。
水が入った樽を挟んでポーリック神官の対面に立ち、ステップを踏む。頭の中で勝手に流れ始める、例の音楽。
「おお! さすがは聖人参様! 一度見ただけで御覚えになるとは!」
何も知らないポーリック神官が感動しているけれど、おそらく異界の旅人の中には、すぐに踊れる者が少なくないと思うぞ。
そして両手を――手がないので葉を逸らして――。
「わー!」
マイム・ベッサンソ!
間違えた。つい、あの言葉を叫んでしまった。
水を得た歓びを現す言葉だったはずなので、聖水を作るにあたって的外れな選択ではないだろう。きっとセーフだ。
内心で言い訳をしていると、樽の中の水が光り出す。
「おお! さすがでございます! お一株で【聖水】を作り出すとは!」
「わー……」
褒められているのに、なんだか釈然としない私。
ん? 一株?
『ポーリック神官も、共に踊っただろう?』
「私は祈っておりませんので」
「わー……」
祈らなければ発動しなかったらしい。
まあいいや。【祈りの泉の水】が【聖水】に進化したので、ありがたく頂いておく。
『死霊系の魔物には、【聖水】を掛ければいいのか?』
「直接掛けてもいいですが、基本的には聖騎士たちの武器や防具を清めるのに使います。聖水の質によって威力や維持できる時間は変わりますけれど、死霊系へのダメージが強化されます。防具や本人に掛けることで、防御力を上げることもできます」
『聖騎士以外の――例えば冒険者たちなどにも有効だろうか?』
「もちろんでございます。死霊系の討伐依頼を受けた冒険者は、神殿で【聖水】を求めてから討伐に向かいます。ただし、【聖水】を掛けた後の祈りがないため、死霊系の魔物に対する攻撃力は、神官に清めてもらう聖騎士の剣より劣るそうですが」
なるほど。聖騎士でなくても使えるのだな。そして【聖水】を掛けた後に、神官が祈りを捧げたほうが効果的っと。
……私、ダンジョンで踊らなければならないのか? 祈るだけでいいんだよな?
今回はガドルと二人っきりだからまだいいけれど、他のプレイヤーもいる場所だと抵抗があるな。というか、神官は皆踊るのか?
一応、確認しておこう。
『祈りというのは、先ほどの踊りであろうか?』
「然様でございます」
「わー……」
運営……。
「せっかくですから、聖魔法もお教えしましょうか?」
『頼む』
ぺこりとお辞儀する私。
【聖水】で懲りておけばよかったと後悔するまで、一分と掛からなかった。
「さ、ご一緒に」
「わー……」
二人で盆踊り大会を開催する、ポーリック神官と私。
ご先祖様ではないけれど、あの世の人を送るのだから、間違ってはいないのだろう。たぶん。
実戦で役に立つとは思えないけれど。踊っている間に襲われそうだけれども。
そんなふうに死霊系の魔物に対する講習を受けている間に、【幻影の菓子(にんじんオリジナル)・劣化】が完成した。
講習を切り上げる理由が出来て、やったーなどとは思っていないぞ。
まずは名前を付ける。今回は……。
「わー!」
【妖精の悪戯な飴玉】でどうだ!
黒糖の茶色をベースにした平べったい飴は、光の加減で虹色に輝く。そして触れると、ぼろりと崩れた。
……やはりグラニュー糖が必要だ。
気分を取り直して【鑑定】。
【妖精の悪戯な飴玉・劣化】
舐めている間は姿を消すことができる。効果時間:最大1秒。
「わー……」
一秒……。
さすがに短すぎではないか?
しかし『にんじんオリジナル』の表記が付いていたということは、やはり正しい作り方は他にあるのだろう。
念のためレシピを表示してみるが、作り方は大差なかった。ただし材料が、
・水×大さじ1
・砂糖×大さじ3
・幻想華の花弁×1
・マンドラゴラ×1
と、なっていた。
【幻想華の花弁】は一枚でいいみたいだ。マンドラゴラは丸ごと使うみたいだがな。
「わー……」
これ、マンドラゴラ水だけで、ちゃんと役に立つレベルになるのだろうか?
元の名前が【幻影の菓子】だから、飴以外が正解という可能性もあるな。
飴以外となると、マンドラゴラ水に甘味を加えて、花びらを浮かべたゼリーなんていいかもしれない。花弁のジャムを使ったパウンドケーキも美味しいな。
とはいえ何種類ものお菓子を試作してみるほど、【幻想華の花弁】に余裕はない。
それに『舐めている間』という文言があるので、なるべく口の中に残るものがいいのではなかろうか。
ならばやはり、飴が正解だろう。たぶん。
まあいい。
姿は消せるのだ。材料を吟味して、性能を上げる方向で進めよう。
一通り確認したので、収納ボックスに【妖精の悪戯な飴玉】をしまう。そうこうしている内に、いい時間になっていた。
ポーリック神官にお礼を言って部屋に戻る。
神樹の苗君の隣に潜り、【友に奉げるタタビマの薫り】を少々。
きらきらと葉を煌めかせる神樹の苗君の隣でログアウト。
さて、ログインっと。
部屋の中には誰もいない。ガドルはまだ帰ってきていないのだろうか。
「わー……」
聖騎士たちへの訓練を頼まれていると言っていたな。行ってみるか。
ぽてぽてと歩いて鍛錬場に向かう。自分の根で歩くのは久しぶりかもしれない。
「わー」
鍛錬場の中を覗いてみるが、ガドルの姿はなかった。やはりまだ帰っていないのか。それとも私がログアウトしている間に出かけたのか。
「……」
無意識にガドルを当てにしているな。反省。
一人で砂糖を買いに行くとするか。
出口に向かってぽてぽてと歩いていたら、記憶にある顔を発見。陽炎たちだ。
声を掛けようか迷ったが、私、彼らに名乗っていなかったことに気付く。それ以前に、認識されていなかった気もする。
ならばわざわざ話しかけるのもアレだな。スルーしよう。
そう思って歩き出したのだが、私に気付いた妖精が飛んできた。
「ねえねえ、君もプレイヤーだよね?」
やはり初対面認識だったか。気安く声を掛けなくてよかったな。
しかしなぜか怪訝な顔で私を見ている。なんだ?
『ああ、そうだ。にんじんという』
「ボクはハッカ。ところで、マンドラゴラだよね? 不遇種族って聞くけど、よく王都まで来られたね?」
「わー?」
マンドラゴラが不遇種族だと!? 厚遇種族の間違いではないのか?