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04.じゃあ、ここに

「じゃあ、ここに名前を……」

「わー。わー?」


 名前を書くためにペンを受け取ろうとして、おじいちゃんと見つめ合う。手がないため、ペンを持てない私。


「マンドラゴラじゃ書けないね。じゃあ、この水晶に手をかざして……手がないね。葉っぱでいいか」

「わー」


 お爺ちゃんに言われた通り、葉っぱをわさわさ揺らして水晶にかざす。

 ぴかっと水晶が光ったのを見て、お爺ちゃんが書類にペンを走らせた。

 一瞬で読み取れるなんて凄い速読力だなーと思ってたら、お爺ちゃんの手元にある板に、私の名前やら職業やらが表示されていた。別に凄くなかった件。

 むしろマンドラゴラがやってきても淡々と仕事をする姿勢が凄いな。

 ……日本でも夜中のコンビニに、得体の知れない着ぐるみがやってきても普通に対応しているから、普通なのか?


「マンドラゴラのにんじんね。職業は【薬師】と。ちゃんと【調薬】もあるね。レベルは低いけど将来に期待だね」

「わー」


 頑張ります。

 説明によると、【薬師】で【調薬】を持っていないと、薬師ギルドに登録できないらしい。

 【薬師】を選んで良かった。他の職業を選んでいたら、私は今頃、薬草として売られていただろう。


「登録はできたけど、カードは持てるのかい?」

「わー!」


 大丈夫。持てないけれど、プレイヤーには収納ボックスという何でも仕舞える便利機能がある。差し出されたカードを収納ボックスにしまう。


「薬師ギルドでは薬草の売買、作成した薬品の売買、調薬室のレンタルをしているよ。調薬していくかね?」

「わー!」


 もちろん。

 せっかく来たんだからな。


「……調薬するってことでいいのかね?」

「わー?」

「君、わーしか言えないみたいだから、何を言っているのかよく分からないんだよね」

「わー……」


 喋ってるときに、「わー」って子供みたいな声が聞こえているなとは思っていたのだ。周囲にはその声が聞こえているだけで、私の言葉は理解できないらしい。


「わー!」


 よろしくお願いします。

 葉を下げると通じたようで、続けて調薬室の説明をしてくれた。


「レンタル料は五百エソね」


 エソ? 誰だ、この単位考えたのは?

 収納ボックスを確認すると、千エソ入っていた。ここから五百エソを払い、調薬室を借りる。


「薬草の持ち込みは可能だけど、なければ端末から買ってもいい。部屋から出たら、また入ろうとしてもレンタル料が必要になるから注意してね。中での飲食は禁止。……君には関係ない話だったね」

「わー!」


 了解です。

 カウンターから下りられず困る私を見かねたお爺ちゃんが、調薬室まで運んでくれた。大きな机の上に、ビーカーやコンロが置かれていて、それらしい雰囲気の部屋である。

 調薬台の上に乗せられると、ウィンドウが開きレシピ一覧が表示された。


「わー!」


 ありがとうございます。

 受付に戻るお爺ちゃんに、葉を下げてお礼の気持ちを伝える。お爺ちゃんは目尻を下げて軽く手を振り去っていった。


 さて、ウィンドウに表示されたメニューを確認しよう。

 といっても、表示されているのは【初級HP回復薬】だけで、他はレベルが足りないのか「***」と表記されていて見ることができない。

 とりあえず、【初級HP回復薬】を選ぶ。



 【初級HP回復薬】

 <必要素材>

 ・水×2カップ

 ・ラニ草×3

 <作成方法>

 1.ラニ草を刻む。

 2.1を水に入れて煎じる。



 ラニ草は一束が百エソで販売されている。一束は十二本なので、初級HP回復薬が四つ作れる計算だ。

 水は無料と有料があった。無料は「水」としか書かれていないが、有料のほうは「純水」二百エソ。

 とりあえずお試しの初級HP回復薬なので、ラニ草一束と、普通の水を選ぶ。ラニ草は(にら)みたいな植物だった。

 素麺が食べたい。卵焼きでもよし。


「わー?」


 手に入れた水が濁っているのだが?

 スキルに【鑑定】があったのを思い出し、水を調べてみる。



 【水】

 水。濾過もしていないただの水。生のまま飲むと腹を下すことがある。死にはしない。



 あれだ。現代日本では蛇口から綺麗な水が出てくるのが当たり前だけど、大昔は川や池の水を生活用水として使っていたと習った。

 町の建物とか住んでいる人の服装とかから推測するに、この世界の文明は、上水道などが整備されていないのだろう。


「わー……」


 ちゃんと買おう。

 二百エソを支払い、純水を買う。

 今度は透明な水だった。二リットルサイズの瓶に入っている。初級HP回復薬五回分だな。

 ここまで支払った額、調薬室のレンタル料を合わせて八百エソ。残金二百エソ也。


「わー……」


 ちょっと遠くを眺めてしまったが、気を取り直して初級HP回復薬作りを開始する。


「……」


 待って。私、手がない。しかも純水の瓶、私より大きいのだが?

 幸いなことに、鍋はすでにコンロの上だ。平らなIHみたいなコンロとガラス製の重い鍋なので、重心は安定している。瓶を倒しても転がることはないだろう。

 行けるか? しかし失敗したら机は水浸し。鍋も割れかねない。どうする?


 そこで閃いた。

 まず、純水を収納ボックスにしまう。それから取り出したらどうだろうか? 所持品を取り出すときは、位置を指定できるゲームもある。

 表示を見ると、「純水×10」となっていた。どうやら瓶ごとではなく、一カップ分ごと使えるようだ。

 私は運がいい。


「わー!」


 純水を二つ取り出す。

 指示した途端、純水が滝の如く降ってきた。私の葉上(頭上)に。

 視線を上に向けると、遥か彼方に白い天井が見える。下を見れば、机が水浸しである。

 器が必要だったのか!?

 瓶で取り出せば瓶入りの純水が出てくるけれど、純水だけ取りだそうとすると本当に純水だけが出てくるんだな。


≪冒険者ギルドに行き登録しましょう≫


 お主はもういいわ!


 机を濡らしたのは申し訳ないけれど、拭けそうにないのでそのまま放置させてもらう。根が水を吸収して元気を取り戻したのか、減っていたHPが1増えた。

 失敗してしまったが、私が鍋に入ってから純水を取り出せば水を鍋に入れられそうだ。

 とはいえ、鍋は高くてよじ登れそうにない。助走を付けてジャンプ!


「わーっ! ……わっ!?」


 鍋の縁に二股の根が引っかかって、葉から着地した。

 しかし鍋の中に入ることはできたから、結果オーライだ。さて、次。


「わー!」


 再び純水を二つ取り出す。

 予想通り、私を目指して鍋の中に水が降ってくる。これで水の準備はできた。

 さて、次はラニ草を……。

 と思ったところで、ふと気付いてしまった。

 私、どうやって出ればいいんだ?


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― 新着の感想 ―
[一言] わー、しか言えないんかいw…と思ってたら、ほんとにわーしか言えなかった…!?かわいいけど縛りプレイがすぎる! そして対応力順応力スキルカンストしてるお爺ちゃん受付、最初から好感度MAXすぎる…
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