39.考えろ、私
「わー……」
考えろ、私。
キャーチャー閣下は、風の妖精から【幻想華の花弁】を貰ったと言っていた。
妖精は悪戯好き。そして甘いものが好きというのが定番だ。
花弁で作れる菓子か……。砂糖漬けかジャムくらいしか思いつかんな。
ジャムと言えば、人参ジャムがある。人参を摩り下ろすか、茹でてからすり潰して作る。リンゴも加えれば食べやすくなる。
……。
「わー……」
根先を少しなら……。
回復薬を使えばきっと治るだろうし、いけるか……?
「わ、わ……」
卸金を取り出したものの、勇気が出ない。
いや、この世界はゲームの世界。きっと……。
「わーっ!?」
無理。ちょっと刃が刺さっただけで、激痛でした。
戦闘メインのプレイヤー、よく耐えられるな!?
「わー……」
卸金と見つめ合うこと数分。
すまぬ、ガドル。私には無理だ。
さて、どうしたものか。
「わー?」
待てよ?
「わー」
飴ならどうだ?
このまま煮詰めて液体の濃度を上げてから砂糖を溶かし、型に入れて冷やす。完璧ではなかろうか?
とりあえず一つ試してみるか。
「……」
砂糖がない罠。
調薬室を出て、砂糖を分けてもらいに行く。
「わー……」
調薬室の扉を開けたところで、ポーリック神官と鉢合わせた。
偶然か? 必然か? おそらく後者だろう。ずっといたのか。
『すまないが、砂糖を分けてもらえないだろうか?』
「承知しました。神殿には黒糖しかございませんが、よろしいですか?」
飴作りにはグラニュー糖が適している。黒糖は固まりにくく失敗しやすいが、材料が当たっているか判断する分には問題ないだろう。
出来が悪ければ、改めてグラニュー糖を買ってくればいい。
「すぐにお持ちしますので、調薬室の中でお待ちいただけますか?」
『ありがとう。それと、私用の器具を揃えてくれてありがとう。感謝する』
「お役に立ちましたのならば、幸いにございます」
ポーリック神官を見送ってから調薬室に戻ろうと思ったのだが、私が調薬室に入るまでポーリック神官が動きそうになかったので、中に入って扉を閉めた。
神官が過保護な件。
折角なので、待っている間に薬液を煮詰めていく。ふつふつと軽い音を立てながら、湯気を昇らせる。
しばらくしてポーリック神官が戻ってきたため、調薬室の中に入ってもらう。ちらりと興味深そうに鍋に目を向けたポーリック神官は、きょとりと瞬いてから二度見した。
なんだ? 何か異変があるのか?
「わー?」
根伸びして私も中を覗く。私の草丈では、鍋の底のほうはよく見えないな。
……もしかして、焦げてる? 匂いでは大丈夫なはずなのだが。
「にんじん様、よろしければ私の手をお使いください」
『ありがとう』
私の努力に胸を打たれたのか、ポーリック神官が手を差し出してくれた。ありがたく乗らせてもらう。
「おお! 聖人参様が私の手に……! 女神様、ありがとうございます!」
雄叫びを上げながら泣いているが、たぶん気のせいだ。
ポーリック神官のお蔭で鍋の底を確かめることができた私も、思わず驚いて凝視してしまう。
「わ!?」
鍋の底が、虹色になっていた。
例えるならば、シャボン玉。夢いっぱいのファンシーな色である。
工場から出てきた廃油だなんて思っていない。これはとても幻想的な薬湯なのだ。
確認を終えたので、机の上に下ろしてもらう。なんだか残念そうにされた気がするけど、気のせいである。
もう少し煮詰めよう。飴玉一個分まで煮詰めるのだ。
「にんじん様、他にお手伝いすることはありますでしょうか?」
「わー?」
手伝ってほしいことか。ポーリック神官は本当に親切だな。
『私は鍋を持ち上げることができないので、砂糖を入れて火を止めても鍋に変化がない場合、中の薬液を型に移してもらえると助かる』
手がないからな。
「承知しました。それで、型はどちらに?」
「わー?」
型?
きょろきょろと辺りを見回す私。収納ボックスの中も確認してみる。
「わー……」
型、用意していませんでした。
私の動きを見ていたポーリック神官が、幼い孫を見るような温かい眼差しを注ぐ。
やめて。恥ずかしさが増すから!
「どのような型が必要でしょうか?」
『熱湯を入れても大丈夫な材質で、一口サイズの大きさかな?』
考える素振りを見せたポーリック神官は、思い当たる物があったらしく目尻を下げる。
「幾つか持ってきましょう」
『ありがとう。助かるよ』
調薬室を出ていったポーリック神官が持ってきたのは、杯のような平たい器と、猪口っぽい器だった。
猪口のほうは固まってから取り出しにくそうなので、杯のほうを借りる。
薬液も充分減ったので火を止め、黒糖を入れて軽く溶かす。そして今度は弱火でじわじわ煮詰める。煮詰めすぎて鍋を焦がさぬよう、タイミングに注意だな。
『すまぬが鍋の中を確認したい。持ち上げてもらえるだろうか?』
「もちろんでございます!」
『ありがとう』
食い付きのよいポーリック神官に若干引きながら、手に乗せてもらう。落ちないように注意。
砂糖水は百度より熱くなるし、体に付くと粘りがあるため取れにくい。大火傷してしまうのだ。
……マンドラゴラ飴が出来上がりそうだが、ガドルはきっと食べないだろう。それ以前に、私が死に戻りしたら怒りそうだ。
それはさておき。黒糖が黒いせいで、べっ甲色になっているのかよく分からんな。虹色が更に邪魔をしてくる。
「わー!」
今だ! ……たぶん。
ここぞというタイミングでポーリック神官の手から飛び降り、コンロの火を消す。ほぼ勘だ。
鍋の中にある飴の素は、ポーリック神官によって杯に注がれる。後は冷えて固まるのを待つだけとなった。
冷めるまでの時間を有効活用するため、ポーリック神官に聖魔法の使い方を教えてもらう。
「にんじん様は、戦闘に不向きなご様子。ガドル様に戦っていただくのであれば、【聖水】のほうが役に立つかと思います。如何でしょうか?」
『では【聖水】の作り方から頼めるだろうか?』
「承知しました。まずは【祈りの泉の水】を用意します」
「わー」
取り出したるは、【祈りの泉の水】なり。
樽に入った水をどんっと出すと、ポーリック神官が真顔になった。
自由に使っていいと言われていたのだが、さすがに遠慮がなさ過ぎたか?
「わー……」
視線を逸らす私。
目がないから、意味はないけどな!