38.ステータス画面を確認し終わっても
ステータス画面を確認し終わっても、神官長たちの様子は変わっていない。それどころか、天を仰いで女神様に感謝の言葉を述べ始めた。
ガドルのほうに視線を向けると、彼もどうすればいいか分からない様子だ。
放っておいて退室してもいいだろうか?
結局、中々現実に戻ってこない神官長たちは放っておいて、祈りの間から出る私とガドル。
一応、声は掛けたのだ。だが昂奮して感涙している神官長たちは、私に話しかけられたことで余計に感動してしまい、抱き合って大泣きし出してしまった。
『今日も濃い一日だったな』
「……そうだな」
素直な感想を述べたら、なぜかガドルにじとりと睨まれる。
私のせいではないぞ?
神殿内に用意されている部屋に戻り、【神樹の苗】君を取り出す。
隣に潜り、ログアウト。
ログインしたら、キャーチャー閣下からお呼び出しが掛かっていた。
というわけで、ガドルと共に馬車へ乗り込み公爵邸へ。
「よく来たな、にんじん殿。それにガドル」
「わー」
応接室で迎えてくれたキャーチャー閣下。
勧められるまま、ソファに座る。
キャーチャー閣下が対面に腰を下ろし、テーブルの上にお茶が並ぶと、使用人たちは部屋を出て行った。
「ダンジョンの再調査を申し込んだが、断られた。王家の威光を振りかざして強行する手もあるが、他の貴族まで王家に疑心を抱きかねない」
ダンジョンから得られる利益は莫大。王家がダンジョンを取り上げて、利益を独占しようと誤解される恐れがあるということか。
そうなれば、他のダンジョンを持つ領主たちも警戒するかもしれない。
「わー……」
肩を落とす私とガドル。
しかしキャーチャー閣下は、にやりと口角を上げる。
なんだ、なんだ?
「そこでだ。私から一つ提案がある」
「わー?」
意地悪気な笑みを浮かべるキャーチャー閣下。根筋がぞわりとした。
「ホッシュ」
「はい、旦那様」
扉が開き、執事が入ってくる。用意していたらしき盆を机の上に置くと、すぐに部屋から出ていく。
盆の上には小瓶があり、中には光の加減で虹色に変化する、不思議な花弁が詰まっていた。
「これは風の妖精から貰った【幻想華の花弁】だ。【幻羽衣】を仕立てようと溜めていたのだが、まだ足りない。しかし、だ」
「わ?」
期待に満ちたキャーチャー閣下の瞳に、マンドラゴラが映る。
「この世界にはもう一つ、優れた幻覚作用を持つ存在がある」
あ、分かったかもしれない。
つまり、単品だと足りないけれど、マンドラゴラと掛け合わせることで、人の姿を消す薬が作れるわけだな。
「自由に使ってくれて構わん。ただし、残った薬を私にくれたまえ。兄上の部屋に忍び込んで、驚かせてやりたいのでな」
「わー……」
なんてしょうもない使い道だ。
国王陛下、困った弟をお持ちですね。心中お察しいたします。
『レシピはあるのか?』
「ないな。しかし君はすでに、この世界にはなかった薬を自力で作り出している。期待しているよ?」
「わー……」
閣下に【友に奉げるタタビマの薫り】を見せたことが、こんな所に繋がるとは。
【幻想華の花弁】を貰った私とガドルは、笑顔のキャーチャー閣下に失礼して館を後にした。
馬車に乗り込んだ私とガドル。
姿を消す薬を作るための下準備として、とりあえず【祈りの泉の水】を装備しておく。【北の山の湧水】製のマンドラゴラ水はまだ在庫があるのだ。
「妖精は、そんなに簡単に姿を現す存在ではないはずだ。さすがはキャーチャー閣下といったところか」
「わー?」
妖精なら、先日、見た気がするのだが?
ガドルも思い出したのだろう。難しい顔をして視線を泳がせる。
軽く咳払いをして話を戻した。
「この世界の妖精は、滅多に現れない。ましてや何かを贈られるなど、妖精の愛し子でもない限り有り得ないだろう」
あれは異界の妖精ということで、カウントしないことにしたらしい。
ということは、キャーチャー閣下は妖精の愛し子なのだろうか? いい年したおじ様だが、昔は悪戯好きの美少年だった時期もあったのだろう。
年齢が関係しているのか知らないけれど。
キャーチャー閣下のことは置いておくとして、【幻想華の花弁】はどうすれば薬として使えるのだろうか。
花弁を使った薬は現実世界にもある。基本的には煎じるか湯を注いで飲むかだ。
けれど本当にそれだけでいいのだろうか?
そしてもう一つの問題は、マンドラゴラ水にある。
今までマンドラゴラ水を使って作った薬は、よくて【不良】。酷いと【劣化】になってしまった。
女神様の祝福を貰った【友に奉げるタタビマの薫り】だけは【並】で作れるけれど、これは例外だろう。
本来は刻んで煎じて煮出すマンドラゴラを、水に浸けているだけなのだ。薬になるだけでもありがたいと思っている。
しかし今回は材料が限られる薬の作成だ。慎重に作らねばな。
神殿に戻った私は、さっそく調薬室を借りる。
ダンジョンに潜れるかどうかは、私が薬を作り上げられるかに懸かっているのだ。最優先で行わなければ。
ガドルは武器を作ってもらうために出かけた。
さて材料だが、【幻想華の花弁】は当然として、マンドラゴラ水はどうするか。
【北の山の湧水】には、魔力がある。北の山に生息する魔物は擬態能力が高かった。
幻覚を引き起こす薬を作るなら、【祈りの泉の水】より、【北の山の湧水】のほうが適しているのではないだろうか。
せっかく【祈りの泉の水】でもマンドラゴラ水を作ったわけだが、【幻想華の花弁】は限りがある。まずは可能性が高いほうから試そう。
意気込む私の前には、マンドラゴラサイズの鍋。これで小瓶一本分の薬が作れる。
いつの間に作ったかって?
調薬室に入ったらあったんだよ! 私サイズの道具が一式!
どうやら私が調薬に苦労しているのを見て、特注してくれたらしい。後で神官長にお礼を言わねば。
それでも私の体に対しては結構大きいけどな。
鍋にマンドラゴラ水を注ぎ、千切った【幻想華の花弁】を一欠けら落として煎じていく。
分量が少なくても、材料があっていれば【不良】か【劣化】が出来上がる。まずは材料の確認からだ。
鍋で沸々と煮込んでいく。水の量が半分になったところで火を止めた。
「わー?」
薬液に変化は見られない。完成のお報せもない。やはりそう簡単には作れないか。
マンドラゴラ水に問題があるのか、それとも材料が足りないのか……。