35.続けざまに回復薬を
続けざまに回復薬を飲んだサラダが、座り込んで笑いながら陽炎に絡む。どうやら【酩酊】状態が悪化したみたいだ。
屑を見るようにサラダを見下ろす陽炎の眼差しが、冷た過ぎる。
私だけでなくガドルまで、何とも言えない気持ちで二人を眺めていた。
「わー」
ああ、そうだ。
収納ボックスから【酔い覚まし・並】を一本取り出す。空中で受け取めたガドルが、サラダに放り投げてくれた。
回復してもらわないことには、話が進みそうにないからな。
「なんだぁ?」
サラダは【鑑定】を持っていないらしく、小瓶を訝しげに凝視する。
「貸せ」
取り上げた陽炎が妖精の前に差し出した。どうやら彼女だけが【鑑定】持ちらしい。
「これ、【酩酊】の回復薬だよ! 【酔い醒まし】!」
【並】だけどな。50%の確率でしか効果が出ないけどな。
目を瞠った陽炎とシジミがガドルを見る。
出したの私なのだが、もしや私の存在に気付かれていないのだろうか? 小さいからな!
「どこで手に入るんだ?」
「言う必要があるか?」
「……何がいる?」
「何もいらん。それよりさっさと飲ませてやれ」
にべもないガドルさん。
陽炎は【酔い醒まし】とサラダを交互に見て、惜しそうに溜め息を洩らしてからサラダの口に突っ込んだ。サラダの扱いが酷いな。
「あー、酔いが醒めてしまったか」
一本目で当たりを引いたサラダは、残念そうに顔をしかめる。
わざとか? わざと酔っぱらっていたのか!? お前も呑兵衛か!
『ガドル、私は陽炎は無罪でよいと思うのだが? ここまでのやり取りを見るに、サラダのほうに問題がある気がする』
「知り合いだったのか?」
『知り合いではないな。……ああ、そうか。異界の旅人は、他の異界の旅人の名前が見えるのだ。青髪の男が陽炎で、赤毛の女がサラダだ』
「にんじんがそう言うのなら。たしかに、あの女の面倒を看るのは大変そうだ」
本当にな。扱いが酷くなるのも頷ける。
「俺たちはもう行くぞ?」
「ああ、ありがとう。重ね重ね迷惑を掛けた」
ガドルが声を掛けると、陽炎が丁寧に謝ってくれた。
その物腰からも、彼が暴力的な人物には見えない。やはりサラダが彼らを振り回しているのだな。強く生きろ、陽炎。
『襲われたのに、あまり怒らないのだな?』
不思議に思ったので聞いてみる。もしも私に配慮して反撃しなかったのなら、話し合う必要があるだろう。
「あの女の腕では、俺に傷一つ付けられん。本人も分かっていて、隙を突いてきたのだろう。殺気は感じられなかったからな。……単に酔い癖が悪いだけかもしれないが」
「わー……」
子猫が虎に挑んだようなものか。
話をしている間に、ボスエリアに着いた。
予想通りというか、【大蜘蛛の撚糸】は出なかった。
「すまん」
『気にするな。付き合うと申し出たのは私だ。元気を出せ』
「ああ」
私はまだ本日初戦だが、ガドルは今日一日ずっと戦い続けていたらしいからな。そろそろ出てやってほしい。
ボスとの戦闘フィールドから出たところで、再び陽炎たちと鉢合わせた。彼らはこれからボス戦みたいだ。
町に向かわずに森へ戻ろうとする私たちを、じっと見つめてくる。
「経験値稼ぎか? それとも手に入れたいアイテムがあるのか?」
陽炎の問い掛けに、ガドルは答えない。
ちょっと首が赤くなっていたのは、私の根の内に留めよう。
言えないよな。朝から周回しているのに、目的のアイテムが一度も出てこないなんて。
「先程の件もある。こちらが持つアイテムと交換してもいい。大蜘蛛のドロップアイテムだと、【大蜘蛛の糸】、【大蜘蛛の撚糸】、【大蜘蛛の牙】、それに【鋼鉄の糸】がある」
「【鋼鉄の糸】?」
ガドルも知らなかったらしく、眉をひそめて問い返す。
プレイヤーだけが貰える特殊アイテムなのか、単にガドルの運が悪くて今までお目にかかることがなかったのか。
私は空気が読めるマンドラゴラなので聞いたりしない。
「【鋼鉄の糸】に関しては、今後入手できるか分からない。なので必要だと言うのなら、対価には色を付けてもらおう」
プレイヤーだけが貰える特殊アイテムの線が濃厚だな。
とはいえ私たちが欲しいのは【大蜘蛛の撚糸】だ。【鋼鉄の糸】に関しては、スルーで構わないだろう。
「わー」
彼らが欲しがっていた【酔い覚まし・並】を一箱取り出す。おまけに【酔い覚まし・不良】を二箱プレゼント。
「にんじん……」
空中に現れた回復薬を、またしてもガドルが危なげなく受け取った。その拍子に、小声で私の名を呼びながら睨んでくる。
いいではないか。ガドルの運の悪さを考えると、何戦するはめになるか分からない。
どうせ【酔い覚まし・並】は売り払うつもりだったのだ。【酔い覚まし・不良】にいたっては、大した金にもならぬ上に使い道もなかったからな。
煮詰めたらお汁粉が出来ないかと試したけど、無理だった。
どうするか悩んでいたから丁度いい。活用できるなら使わねば。
妖精が【鑑定】して【酔い醒まし】であることを確かめてから、【大蜘蛛の撚糸】とのトレードが成立する。あちらもおまけを付けてくれた。
「は? 効く確率五割はまだしも、一割!? 運営はプレイヤーに恨みでもあるのか!?」
受け取って改めて【鑑定】した妖精から、怒気交じりの罵声が放たれる。
さっきは妖精に所有権が移っていなかったから、簡単な【鑑定】しかできなかったみたいだ。自分の所有物になったことで、詳細が見えるようになったのだろう。
しかし可愛い少女型の妖精だったのに、イメージ崩壊だよ。
「にんじん……」
そしてガドルから私に向けられる、何とも言い難い視線。
先ほどは私を窘めていたくせに、不用品を押し付けたと知った時の、この落差よ。
彼らが欲していたのは【酔い醒まし】であって、品質に関しては何も言っていなかったからな。私は悪くないぞ。
【良】も持っているけれど、ガドルのために作ったのだ。一見さんにはやらぬ。
「大丈夫だろう。サラダは無駄に引きがいいからな」
「それって、全部外れを引くんじゃない?」
「……戦闘中は素面で戦いたいだろう」
サラダに対する、安定の信頼のなさよ。逆に信頼されているのか? 分からぬ。
「ね・えぇ、お兄さぁん? もしかしてぇ、他にも薬の情報をぉ、持っていたりするのかしらぁ? いいHP回復薬の情報があるのなら、買・う・んだけどぉ?」
陽炎たちが【酔い醒まし】について協議している間に、サラダがガドルにしなだれかかってきた。
お前、中身男だよな!? なんでそんなに色気があるんだ!?
ガドルもたじたじで、身を引いている。
「対価はぁ、何がいいかしらぁ? ちょぉっとだけならぁ、遊んであげてもい・い・わ・よ?」
「お前は少し目を離した隙に、何をしておるのだ!? これ以上、恥を晒すな!」
陽炎に殴られ、吹っ飛んでいくサラダ。そして臨死体験再び。
これあれだ。様式美という奴なのだろう。
ガドルも今度は陽炎に対して、怒りではなく同情の眼差しを向けた。
「俺はそろそろ行くぞ」
「ああ。重ね重ね、この莫迦が迷惑を掛けて申し訳ない」
陽炎たちと別れて、セカードの町へ向かう。
真っ直ぐ神殿に行き、王都へ飛んだ。