34.ぷるぷると揺れる
ぷるぷると揺れる瑞々しい体。RPGで御馴染のスライム――ではなく、たぶんでっかい蛭だ。もうね、スライムでいいじゃん。いいじゃん……。
「わー……」
正直に言おう。
グロいわ! 見た目もきついが、討伐した時の描写がグロいわ! 何をとは言わぬが、撒き散らすな!
ガドルは掴んで投げ飛ばしてくれたからよかったけど、遠くにいたプレイヤーが倒すところを見てしまったのだ。頭から被って悲鳴を上げていた。
「わー……」
「大丈夫か?」
「わー」
気合を入れ直してガドルの背中から肩へと移動する。森が終わりに近付き、木々の間からセカードの町を囲む塀が見えてきた。ようやくボス戦だ。
北の山でもそうだったが、ボス戦が行われるエリアから離れて一定時間過ぎないと、リポップしない。だからガドルは森の中で時間を潰していたというわけである。
今度は目的の品が早く出るといいな。などと考えていたら、突然ガドルが今までと異なる動きをした。
「わっ!?」
「なんのつもりだ!?」
私だけでなく、ガドルも驚いた声を発する。
一瞬前までガドルが立っていた場所には大剣がめり込み、土塊が飛び散っていた。大剣を握るのは、赤いストレートなさらさらロングヘアーを風になびかせる、綺麗なお姉さんだった。
「はっ! やっぱり思った通りだ! お前、強いな?」
満面の笑みならぬ狂気の笑みを浮かべたお姉さんが、ガドルに向かって大剣を薙ぐ。
ダンジョンの件で噂に踊らされ、ガドルを恨んでいる人間か。
そう思って睨みつけたのだが、頭上に浮かぶ名前を見て驚愕した。
「わ? わー!?」
は? こいつプレイヤーではないか!?
『イセカイ・オンライン』では、住人の頭上に名前は浮かんでいない。しかし赤毛のお姉さんの頭上には、たしかに『サラダ』と表記されている。つまり、彼女はプレイヤーだ。
なんでプレイヤーがガドルに襲い掛かってくるんだ? 目的は何だ? これは倒して大丈夫なのか? 私がPKになるのか?
「わー……」
混乱する私と違い、ガドルは冷静にサラダの攻撃を躱す。
私の友に攻撃する悪い子に、にんじんは提供しませんよ! キャベツオンリーの、緑一色サラダに落ち込むがいい。
「どうした? 反撃しねえのか? 掛かって来いよっ!」
たしかに彼女――中身は男っぽいが――の言う通り、どうしてガドルは反撃しないのだろうか? 押されて手が出ないという様子ではなさそうなのに。
どうするつもりかと困惑していたら、新手が来た。
「この、ど阿呆がああああーっ!」
突如現れた青髪のお兄さんが、サラダに飛び蹴りを喰らわせる。
サラダは吹っ飛んでいった。
「わー……」
わけが分からぬ。
吹っ飛んだサラダに流れるように追いつき、踏んづけるお兄さんこと陽炎。
お兄さんがお姉さんを足蹴にするという、明治の絵面よ。誰か説明してほしい。
さすがのガドルも、今度ばかりは冷静でいられなかった。警戒は解かぬままだが、困惑した顔で成り行きを窺っている。
「うちの莫迦がすまんな。怪我は……なさそうだな」
こちらを振り向いた陽炎が、サラダを踏んづけたまま謝罪してきた。
言葉を聞く限り常識人に思えるが、油断はできぬ。一瞬前の出来事を、私は忘れていないのだ。
「俺よりも、足蹴にされている女のほうが瀕死に見えるが?」
「気にしなくていい。我々は、死んでもすぐに生き返る。残念ながら、な!」
「待っ!?」
気合を込めてサラダの頭を踏みつける陽炎。
「回復薬! 回復薬を下さい! 点滅してる! 瀕死!」
「お前も持っているだろう? 自分でどうにかしろ」
「瀕死状態になると、まともに動けないって知ってるだろう? 出しても飲めねえんだって」
「知らぬ」
これ私、回復薬を提供したほうがいいのだろうか?
「また問題起こしたの?」
「陽炎ー、回収しに行くの面倒だから、助けてあげなよー」
声がして振り返ると、肩に妖精らしき少女を乗せた赤毛の短髪マッチョが、ゆっくりと近付いてきていた。
短髪マッチョの頭上には犬耳が生えており、その上には『シジミ』の表記。
妖精のほうは金髪で可愛らしい姿をしている。彼女も頭上に文字が浮かんでいるが、文字が小さくて読めぬ。体のサイズによって、プレイヤー名のフォントサイズも変わるのだ。
舌打ちをもらした陽炎が回復薬を取り出して、仰向けにしたサラダの口に突っ込む。
現実でやったら咽に詰まって、とどめになりそうだ。
「ふう、生き返った」
仲間が復活したというのに、陽炎は不満そうである。
「酔っているのか?」
陽炎とサラダに厳しい目を向けながら問うガドル。
襲ってきたサラダは当然として、陽炎に嫌悪の感情を向けているのは、サラダの仲間だからだろうか?
「ああ。回復薬の飲み過ぎで、この様だ。仲間が攻撃を仕掛けてすまなかった。お詫びに」
「詫びなど不要だ。それより、仲間の命を何だと思っているのだ? 異界の旅人は甦るという話は聞いたが、それにしても命を軽く扱いすぎだ」
なるほど。ガドルはそっちに怒っていたのか。
先日叱られたばかりだというのに、もう頭の中から抜けていた。私も反省せねばならぬな。
などと思っていたら、陽炎は違う意見を持っていたようだ。
「身内が莫迦をやらかせば、それを止めるのは当然のことだろう? ゲームでも現実世界でも同じだ」
……。
言っていることはもっともに聞こえるけれど、あなた、身内の命を取ろうとしていましたよね? 現実世界でそんなことしませんよね? ね? ……え?
「陽炎は真面目だからねー。ほら、サラダも。さっさと謝る」
腰に手を当てた妖精に叱られて、ガドルと陽炎の会話を眺めていたサラダが立ち上がる。
「すまん。つい挑みかかった。気にするな」
「お前は気にしろ!」
陽炎に殴られて、再び瀕死になるサラダ。
ガドルの眼差しが冷たい。
「わー」
あー、ガドル。
「どうした?」
『こいつらたぶん、常に瀕死間際なのではないだろうか?』
一発殴られただけで致命傷になるくらい。
首を横に回して私を見つめたガドルは、サラダに視線を戻して凝視する。今度はシジミに回復薬を口に突っ込まれていた。
「なるほど。初級回復薬しか持っていないのか」
初級回復薬は【良】でも五十しか回復しない。【並】だと十だ。
ここまで来た彼らはレベルが上がっているはず。それに伴って攻撃力も高まっているだろう。
一本分の回復量では、軽くどつかれただけで、すぐに命取りになるのではなかろうか。
「わー……」
ゲーム世界って、現実世界より強くて頑丈になるものじゃなかったの? マンドラゴラだけでなく人型も、現実より脆くなってる疑惑。
これはゲームとして大丈夫なのか? 『イセカイ・オンライン』。