31.……いや
「……いや。異界の旅人が甦ったという伝聞は残っている。正確には、亡くなった異界の旅人の記憶を継ぐ者が現れる場合があると」
どう説明するかと悩んでいたら、キャーチャー閣下が助け舟を出してくれた。
同一人物とは認識されていないみたいだけど。
「そんなことが有り得るのですか?」
驚愕を浮かべたガドルの視線が私に落ちる。
「だが記憶を引き継いでも別人だろう? それに代償があるのではないか?」
『いや。同じ人物だと思うぞ? 代償がないとは言えぬが、大したことではない』
そういえば、スタート地点に戻される以外のデメリットを調べてなかったな。
所持品が減るとか、一定時間ステータスが減少するとか、その程度だと思って深く考えていなかった。
「蘇るのが本当だとしても、命を粗末にするな! 俺は最後までお前を護り抜くからな!」
「わー……」
ガドルに怒られてしまった。私を心配してくれる、いい相棒である。
そんな彼の気持ちは嬉しいけれど、やはり私ではガドルの足手まといになってしまうのか。
悔しい思いが葉を萎れさせた。
「……。ガドル、本当にお前とにんじん殿だけで平気か?」
「攻略できるとまでは言えません。でも準備さえちゃんとできれば、にんじんと二人でも、ある程度は進めるはずです。無理はしません」
「そうか」
キャーチャー閣下は背もたれに深く寄りかかり、目を閉じる。
行けるか?
「王城に行って話を進めてみる。少し時間をくれ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「わー!」
揃って頭を下げるガドルと私。
「確約は出来んぞ?」
「構いません」
「わー!」
とはいえ、ガドルのお荷物になり続けたくはない。
少しでも役に立てるよう、与えられた時間の中でできることをやっていこう。
予定が決まったら連絡してくれるという約束をして、私とガドルはキャーチャー閣下の館を後にした。
無言で馬車に揺られる私とガドル。
「にんじん、相談がある」
「わー?」
改まって何だ?
「しばらく別行動をさせてもらってもいいだろうか? お前は神殿にいれば安全だろう」
『構わんが、無茶をするつもりではあるまいな?』
ガドルの行動を制限するつもりは更々ない。しかし、ちょっどばかり不安を感じて確かめる。
「予定があるのに莫迦な真似はせんさ。装備を整えたくてな。知り合いの所に行ってみようと思う」
『分かった。ちゃんと帰って来いよ?』
「分かっている」
冗談めかして言うと、ガドルも苦笑を返す。
馬車が神殿に戻るなり、ガドルはどこかへ行ってしまった。
見送った私は、出迎えてくれたポーリック神官に向き直る。
『ポーリック神官。死霊系の魔物に効果的な攻撃方法をご存知なら、教えてもらえないだろうか?』
死霊と言えば神官。忘れないうちに、ポーリック神官にダンジョン攻略で役立つ力を教えてもらおうと思ったのだが、なぜか満面の笑みを浮かべられた。
「もちろん存じております。死霊系には神官たちが作る【聖水】や、聖魔法が効果的です。【神官】に転職なさいますか? 私どもは歓迎いたしますよ?」
『【治癒師】から転職すると、スキルに影響はないだろうか? 治癒魔法が使えなくなるのは困る』
ポーリック神官がにこにこ笑顔で転職を勧めてくるが、【治癒師】関連のスキルを失うのは痛すぎる。
だがそんな心配は杞憂だった。
「問題ございません。たしかに転職によって、職業に依存したスキルに影響が及ぶこともあります。しかし【神官】になったからといって、【治癒師】のスキルを損なうことはありません。【神官】は【治癒師】の上位職と考えて頂ければ分かりやすいかと」
「わー?」
あれ?
ということは、最初から【神官】を選んでおけば、【治癒師】のスキルも使えたということか?
知りたくなかった真実。後悔はしていないが、損した気分になってしまう。
「【神官】だからといって、必ずしも治癒魔法が使えるわけではありません。【治癒師】としての経験がない者は、使えても微々たるものです」
「わー……」
【神官】とはいったい……。
その後の説明により、【神官】は死霊系の魔物に対する攻撃力が高いこと、応急処置――わずかだかHPを回復させる――などができると知った。
種族など他の要素でも変わってくるため、必ずできるとは限らないそうだが。
とりあえず、下位職である【治癒師】で得たスキルはそのまま引き継げるので、私にデメリットはない。
『では【神官】に転職させてもらえるだろうか?』
私がそう言ったとたん、ポーリック神官が歓喜に震える。両手を組んで祈りのポーズになった彼の後ろに、天使が見えた。気のせいではなく、天使のエフェクトが現れたのだ。
「わー……」
ちょっとどころではなく引く私。
信者を増やせたことが、それほど嬉しいのか。
「すぐに神官長様にお伝えしてきます!」
『そこまで急がなくても……というか、忙しいんじゃなかったか?』
「いえ。にんじん様が【神官】に転職なさると聞けば、国王陛下のお相手など放ってお戻りになられるでしょう」
『いや、国王陛下を優先してくれ。私の転職は、神官長が御帰りになってからでいい』
「そうですか……」
マンドラゴラより国王陛下を優先するのは当然だよな?
そんなにしょんぼりと肩を落とされると、こっちが罪悪感を覚えるではないか。
『そ、そうだ。薬を作りたいのだが、コンロは部屋で使ってもいいだろうか? あと飲用可能な水を分けてもらえるとありがたい』
こういうときは、話題を変えるに限る。
「でしたら、神殿の調薬室をお使いください。水は祈りの泉で汲まれるとよろしいでしょう。神殿で調合している薬の類にも使用しています」
『ありがとう。使わせてもらう』
そうして【祈りの泉の水】で朱豆を煎じてできたのが、こちら。
【酔い覚まし・良】
酩酊を解除する。
注目すべき点は、品質ですよ。初の【良】である。
素晴らしい。おそらく【祈りの泉の水】効果だろう。さすがは神殿だ。
その後、【調薬】スキルで作ったところ、【良】が二本、【並】が六本、【不良】が二本できた。【並】と【不良】の鑑定結果はこちら。
【酔い覚まし・並】
酩酊を50%の確率で解除する。
【酔い覚まし・不良】
酩酊を10%の確率で解除する。
このゲームを作った人間は、よほど賭け事が好きらしい。
【酔い覚まし・良】は当然ガドルのために取っておく。
【不良】は売ってしまおうと思ったのだが、買取価格を見てやめた。五エソだった。
飲んでもほとんど効かない酔い覚ましなんて、誰も買うわけないものな。理解はできるが虚しい。
【酔い醒まし】をスキルで量産しつつ、マンドラゴラ水と、【友に奉げるタタビマの薫り・並】の製造にも勤しむ。
小瓶をケースで収納できるようになったので、九十九本以上作っても収納可能だ。
……タタビマが足りぬ。
ガドルが戻ってきたら、ダンジョンへ向かう前にもう一度、北の山に連れて行ってもらえると助かるな。
ところでコンロと鍋を買ったのに、一度も使っていない件。買った意味はあったのだろうか?
いい時間になったところで切り上げ、部屋に戻る。
「わー……」
ガドルが留守だと、部屋が広く感じるな。
【神樹の苗】君の隣に埋まり、ログアウトしようとしてふと思い立つ。余っていた【友に奉げるタタビマの薫り・劣化】を、小瓶分だけ植木鉢に掛けた。
女神様のお蔭で【友に奉げるタタビマの薫り・並】を安定して作れるようになったし、【劣化】はHPもMPも2%しか回復しないため使いづらいのだ。
ガドルの嗜好品としてなら役に立つが、なんとなく酒を勧めているようで出しづらいんだよな。
嬉しそうに若葉をぷるりと揺らす【神樹の苗】君。
「わー」
立派な木に育つのだぞ。
今度こそ本当に、ログアウト。