30.攻略はできなくても
「攻略はできなくても、魔物を間引いてくれれば助かる。しかし一人で潜るのは無謀としか言えない。せめて回復職の冒険者を連れて行け」
キャーチャー閣下の言い分はもっともだが、私とガドルは顔を見合わせてしまう。
冒険者たちは噂を鵜呑みにしてガドルを嫌悪している。とても付いてきてくれるとは思えない。仮に一緒に来てくれる者がいても、安心して背中を預けることは難しいだろう。
「回復薬を持ち込むつもりです」
「それは当然だが、ガドル程の手練れとなると、一度に使う回復薬の量はかなりのものになるだろう? 回復薬だけに頼るのは現実的ではない」
「わー」
そこで取り出してみる、【友に奉げるタタビマの薫り・並】。ちなみに小瓶。
手に取って凝視するキャーチャー閣下。どうやら鑑定しているみたいだ。
「……上級回復薬だな。しかもHPとMPを同時回復とは。私が臥せっている間に、このような回復薬が開発されていたのか。しかしこれ一本では」
「わー」
小瓶を全部出してみる私。
ちらりと視線を向けると、キャーチャー閣下の顔から表情が消えていた。よし。
「全部上級回復薬か!? いったいどうやって掻き集めた!?」
『私が作ったものだ』
キャーチャー閣下と視線が交わる。見つめ合うこと数秒。
「そういえば、奇妙なパン粥を作っていたな。君は薬学にも通じているのか。……薬草だけに」
「わー」
薬草だけにな。
「回復手段があることは分かった。だがやはり、一人で挑むことは許可しかねる」
一人でなければいいのだろうか? 私が付いていくと言えば、許可をくれるだろうか?
『ダンジョンにいる魔物は、どんな種類なんだ?』
「死霊系だ。落とされたのは三十階層で、骨型。二十階層はゾンビ。十階層は食えるタイプで、浅層は雑多だったな」
思い出してしまったのか、苦い表情になってしまうガドル。すまぬ。
しかし死霊系ならば、魔物討伐への忌諱感は少なそうだ。
お亡くなりになったのに成仏せず、この世に留まる悲しい魂。討伐するということは、強制的ではあるけれど成仏させているようなものだろう。
むしろウェルカムだな。
『ガドルよ。私も付いていってもいいだろうか? 戦えないが、荷物持ちくらいはできるぞ?』
「にんじん? 無理しなくていいのだぞ?」
「わーわー」
私は葉を横に振る。
『死霊系なら平気だ。無論、ガドルが他の者と組みたいと言うのなら、私は引き下がろう』
出来るなら共に戦える者と組んだほうが、楽に決まっているからな。
ガドルは虚を突かれたとばかりに目を瞠ると、首をゆっくりと横に動かした。
「正直に言えば、付いてきてほしい。ダンジョンは日帰りならば一人で赴くことも珍しくないが、長く潜る場合は複数人で向かうことが推奨されている。危険から身を護るためだけではない。ダンジョンは孤独を感じやすいのだ。にんじんがいてくれればと思うときがあるだろう」
プレイヤーと違い、住人はダンジョンの途中でログアウトするなんてことはできない。目的を達成するか、諦めて引き返すまで、延々と魔物が徘徊する空間を進み続けることになる。
それを一人で何日も続けるのは、確かに精神的に辛そうだ。
どうやら私でも彼の役に立てることがあるらしい。
ガドルはぎこちない笑みを浮かべながら、恥ずかしそうに視線を逸らしている。しかしすぐに表情を引き締めた。
「だがにんじん、お前の優しさはよく知っている。気持ちは嬉しい。だからこそ、お前を巻き込みたくない」
『水臭いことを言うな。安易に戦いへ身を投じたくはないが、友と天秤に掛けるなら私は友を選ぶ。それとも、足手まといになる私と組むのは嫌か?』
「ばかを言うな! 瀕死の状態から回復させられる奴なんて、滅多にいない。それにダンジョンに潜るのに、荷物持ちは重要な仕事だ。にんじんは充分に頼れる相棒だ!」
『だったら、決まりだな』
さわりと葉を揺らすと、きょとんと瞬くガドルの顔が破顔する。
「お前というやつは」
とはいえリュックになるだけというのは、私の沽券に係わる。少しでも役に立てるよう、神官の誰かに相談してみるか。死霊系なら、神官の得意分野のはずだからな。
意気込んでいると、ぽたりと水滴が振ってきた。
「わー?」
訝しく思ってガドルを見上げると、悔しげに唇を噛みしてめている。
「あのパーティで倒せない敵はいなかった。ただ、装備が不充分だっただけだ。せめてもっと早く食える魔物が出ていれば、誰も飢えることなく戻ってこられた」
握りしめられているガドルの拳が震えていた。
「……わ?」
ちょっと待って、ガドルさん。
死霊系ってあれだよな? ゾンビとか、グールとか、スケルトンとか……。え? 食べるの?
たしか肉食動物は、腐りかけの肉を好むと聞いたことがある気がするけれど……。え? え? ええ?
「わー……」
深刻な雰囲気なのに、友の種族特性を知ってしまい、ちょっと複雑な気分の私。
どうしよう? 一緒にダンジョンに潜ったら、美味しそうにゾンビを食べる友の姿を見なければならないのだろうか?
違う意味で、ダンジョン行きを考え直したくなってきた。
獣人であるガドルだけが生還した理由が、分かった気がする。人間は、死霊系の魔物を食べたりはしない。……たぶん。
アンニュイな気持ちになって天井を見上げてしまった。
何はともあれ話がまとまったので、改めてキャーチャー閣下のほうに向き直る。閣下は渋い表情だ。
「にんじん殿の治癒魔法は素晴らしいが、制限があるのだろう? それに隻腕のガドルが植木鉢を抱えて戦うのは無謀というものだ。人数がいればいいという問題ではない。最低でも自身の身は護れなければ」
護らなければならない者が一緒にいれば、危険を回避する難易度は格段に上がる。そんなことは承知の上だ。
私は小さく軽い。そして【イエアメガエルの着ぐるみ】がある。ガドルの負担は最小限で押さえられるだろう。それでもガドルの負担になるならば、奥の手を使えばいい。私はプレイヤーなのだ。
『最悪、私は見捨ててもらって構わない』
「にんじん!?」
『私はこの世界で本当に死ぬことはない。すぐに蘇られる』
プレイヤーは開始地点に戻るだけだ。
「何を言っているんだ? 死んだ者が生き返るはずがないだろう?」
「わー?」
あれ?
たしかに現実世界なら生き返ることはないけれど、ここはゲームの世界。一度死んだら二度とプレイできないなんて仕様になったら、プレイヤーからの苦情が殺到してしまう。
……のだが、住人には認識されていないのだろうか。
「わー?」
根元を傾げてしまった。





