29.必要なものを一通り買ってから
必要なものを一通り買ってから、薬師ギルドに寄ってもらう。
二リットル瓶と小瓶を追加購入。タタビマの実は売っていないと言われた。
「長く置いておけるものではないからね。欲しければ冒険者ギルドに依頼するけれど、自分で依頼したほうが手間賃が掛からないよ」
「だったら俺が採りに行ったほうが早いな」
ガドルの言葉に甘えて、依頼はせずに薬師ギルドを出る。
帰り道でガドルに買い食いさせながら、神殿に戻った。
「お帰りなさいませ、にんじん様、ガドル殿」
ポーリック神官に出迎えられる私とガドル。
同じ台詞と黒服でも、神官とメイドさんではイメージが全く違うな。
「キャーチャー閣下から、いつでもお会いできるとの御返事がありました。神官長様は予定があり今日は同行できないそうですが、どうなさいますか?」
『これから向かわせてもらう』
「承知しました」
馬車が用意され、キャーチャー閣下の館に向かう。
人目がないので【北の山の湧水・大瓶】を装備。
樽? 透明な樽が見つかれば浸かるさ。
館に着いたところで、大瓶から【イエアメガエルの着ぐるみ】に変更。
贈り主に会うのだ。感謝を込めて着ている姿を見せねばな。
「よく来てくれた、にんじん殿。よく似合っているぞ」
出迎えてくれたキャーチャー閣下は、ガドルの左肩にぴとりとくっ付くイエアメガエル姿の私を見てご満悦だ。
『ありがとう。とても気に入っている』
「それはよかった。コレクションは眺めるのも楽しいが、使われているところを見るのは格別だな」
ガドルの目の焦点が、どこか遠くに行ってしまっているのは気のせいだろう。
「それで、用件はなんだね?」
応接室に通されて、ソファに腰かけたところで本題に入る。
「実は……」
ガドルが封鎖されている新ダンジョンに潜りたい旨を、キャーチャー閣下に申し出た。
キャーチャー閣下が腕を組み目を閉じて考え込む。しばらくして上げられた目蓋の下からは、冷たさを感じる鋭い眼光が覗く。
「……ダンジョンを攻略するつもりか?」
ダンジョンを攻略? 攻略してどうするんだ?
「ダンジョンの最奥には、ダンジョンに挑戦した者たちの記録が残っているという。それがあれば、ガドルの無実は証明できるだろう」
「わー!」
疑問を汲み取って、キャーチャー閣下が補足してくれた。
ならば行こう! ガドルの汚名を晴らしに!
盛り上がる私。だがキャーチャー閣下は浮かない顔だ。なぜだ?
「正直に言えば、こちらとしては願ってもない申し出だ。だが、Aランク冒険者のパーティでも生きて戻ってこられなかったのに、お前一人で攻略できると本気で思っているのか?」
そうだった。ダンジョンは危険な魔物たちが跋扈する場所。容易に攻略できるはずがない。場合によっては、再びガドルが大怪我を負う危険もあるのだ。
単純に喜べることではなかった。
「攻略できるかは分かりません。ですが、浅層はそれほど脅威ではありませんでした。落ちたのは三十階層でしたが、装備を揃えておけば進めると思います」
キャーチャー閣下はガドルをじっと見つめる。それから目を閉じて、またも思考の海に沈んだ。
ようやく目を開けると、他言しないようにと前置きして喋り出す。
「ダンジョンの管理は原則として、その地を預かる領主が管理する規則になっている。だがあまりに難易度が高いと判断されると、国が管理を行う。当然、領主が得られる利益は激減することになる」
ダンジョンは危険な魔物であふれているが、同時に数々のアイテムをもたらす。領地にダンジョンがあれば、それだけで収入に困らない場合もあるのだとか。
「今回の新ダンジョンは、国が運営すべきとの意見も出ている。理由は分かるな?」
「はい」
「わー」
Aランク冒険者が複数亡くなっているのだ。難易度が高いダンジョンだと判断されるのが妥当だろう。
せっかく新ダンジョンが出現して、利益が出ると思っていたデッドボール男爵としては、糠喜びもいいところ……って、あれ? もしかして……。
「わー?」
「どうした? にんじん?」
ガドルが私を見るが、考えがまとまるまで少し待ってほしい。
ダンジョンは領主に莫大な利益をもたらす。だけど高難易度の場合は、国が管理する。
調査に入ったAランク冒険者の中で、戻ってきたのは一人だけ。普通に考えれば、高難易度のダンジョンだと判断されるだろう。
つまり、国に召し上げられ、デッドボール男爵は新ダンジョンの利権を失う。
デッドボール男爵がダンジョンの利権を保持し続けるためには、新ダンジョンの難易度は高くないと、国に証明する必要がある。
そう。Aランク冒険者たちが命を落とした原因は、新ダンジョンではなく他にあったのだと……。
「わー……」
「……ふむ。にんじん殿は気付いたか」
「わー?」
やはりそうなのか……。
「何をですか?」
分かりあう私とキャーチャー閣下に、置いてけぼりにされたガドルが眉をひそめる。
『ガドルの不名誉な噂を流した黒幕は、おそらくデッドボール男爵だ』
「何っ!?」
「……デッボー男爵だ」
私の推理にガドルが目を丸くし、キャーチャー閣下が冷静にツッコんだ。
それはいい。
「にんじん殿の推察通りだ。デッボーは新ダンジョンの利権を王家に奪われないため、死亡したAランク冒険者たちは、ガドルに殺されたのだと噂を流した。……物証はないし、噂を流しただけでは、結局罪には問えぬがな」
「わー……」
私がガドルの汚名を雪いでほしいと頼んだから、早々に動いてくれていたらしい。
「新ダンジョンは封鎖されたまま。攻略どころか調査もされていない。王家からは献上するか、再調査を受けるように申し付けているそうだ。けれどデッボー男爵が拒んでいるという」
再調査を受ければ高難易度のダンジョンと確定し、国に取り上げられてしまうと危惧したのだろう。
しかし王家の命令を拒めるのか?
「わー?」
疑問の視線を向けると、キャーチャー閣下がちらりとガドルを見た。
……なるほどね。
ガドルが行方不明だったから、ダンジョンにガドルが潜伏しているとかなんとか、でっち上げたのだろう。
再調査に別の冒険者だか騎士だかが入れば、ガドルに襲われるかもしれない。そんな戯言で再調査を先延ばしにしたという所か。
「わー!」
わが友をどこまでも貶めおって! 許すまじ、デッドボールめ!
「しかもデッボー男爵は、新ダンジョンの魔物たちを間引いていない。真相を知る彼は、新ダンジョンが危険だと考えているだろう。自分が所有する私兵を投入すれば失ってしまう。かといって冒険者たちに頼もうにも、Aランク冒険者が調査で命を落としたと知っていれば二の足を踏む」
冒険者たちはガドルを悪しざまに言いつつ、新ダンジョンへの恐怖も抱いているというわけだ。
「このままだと魔物たちが増加しすぎて、ダンジョンから溢れかねない。そうなれば無辜な民たちが犠牲になり、国も被害を被る」
「わー……」
魔物たちの暴走か。それは防がなければならないな。
ガドルも難しい顔になった。