27.すまん、すまん
「すまん、すまん。それで、薬師ギルドに向かうのか? それとも商店街を覗いてみるか?」
『薬用の小瓶だから、薬師ギルドで買うのではないか?』
「特に決まりはないと思うが。……念のため覗いてみるか」
ということで薬師ギルドに向かうため、ピグモル神官長に見送られて神殿を出た。
ちなみにガドルは鎧を脱いで、ラフなシャツとズボン姿だ。
彼が鎧姿ではないため、私もイエアメガエルの着ぐるみは脱いでいる。布にはくっ付けなかったのだ。
今日は調薬する予定だったのに、結局一本も作らずお出かけしている私。
薬師ギルドに到着。王都の受け付けもお爺ちゃんだった。もちろん別の人だけど。
ギルドカードを見せてから、小瓶について問う。
「商店街で売っている物でも構わないよ? 薬師ギルドで買えば、割引が効いて安くなるけれど」
薬師によっては、自分が調薬した薬だと分かるように瓶を特注するらしい。ブランド意識だな。
「調薬室を使えばサービスされるから、買う必要はないけどね」
「わー……」
言われてみれば、瓶を買わなくても出来上がった薬は小瓶に入っていた。
新事実が発覚したところで小瓶を購入する。
『九十九本ください』
「……。中途半端な数を欲しがるんだね? 一箱十二本入りだから、八箱と三本だね」
「わー?」
箱買いが出来るのか?
『だったら、九十九箱ください』
「他の人も必要だからね。大量に買うときは事前に注文してくれないと。とりあえず、三十箱でいいかな?」
『わー』
それでいいです。
お爺ちゃんが運んでくるのかと心配していたら、目の前に箱の山が現れた。収納ボックスへイン。
キャーチャー閣下から御礼として結構な額を貰ったので、懐に余裕があるのだよ。よほど大きな買い物をしない限り、金銭面で悩むことはなくなった。
ついでに漏斗も一つ。これで大瓶から小分けできる。
それから商店街で樽を購入。
『ガドルは買いたいものはないのか?』
「そうだな」
考える素振りを見せたガドルの視線は、飯屋に向かう。店からは肉の匂いが漂ってくる。
神殿の食事は穀物と野菜が中心だ。肉食である虎の獣人には物足りなかったのだろう。
さっそく飯屋に入ることにする。
肉汁が滴るステーキを、嬉しそうに頬張るガドル。口に合ったみたいだ。
「すまんな。お前は食えないのに」
『気にするな』
ガドルが食事をしている間に、店員を呼んでテイクアウト用の肉料理を頼む。
私が話すのを見てちょっと驚いた顔をしたけれど、ガドルを見てなぜか納得した顔をされた。解せぬ。私はガドルの従魔ではないぞ。
用意してもらった料理は、収納ボックスに仕舞っておく。これでいつでもガドルに美味い飯を食べさせられる。
「にんじん……」
運ばれてくる料理を次々収納していく私を見たガドルが、眉を下げてステーキを食べる手を止めてしまった。
見つからないよう、こっそり入手するべきだったか。しかし私が動けば、やっぱりガドルは気付いただろう。
「あのなあ。お前が俺にしてくれたことは、一生働いたって返せないほどの恩なんだぞ? これ以上、俺に恩を売ってどうするつもりだ? せめて代金は俺に払わせろ」
『そんな顔をするな。そもそも、お前に払わせているようなものだぞ? 私の所持金のほとんどは、ガドルが北の山で倒した魔物から得た収入だからな』
私は魔物を倒すどころか運んでもらっただけで、歩いてさえいないからな。
「回復職だって立派な戦力だ。俺はお前のことを相棒だと思ってる。お前は違うのか?」
「わー?」
恥ずかしいことを聞いてくる。
『嬉しいぞ、友よ。だがそれならば、私はパーティに必要な物資を揃えているだけだ』
ガドルから溜め息が降ってきた。
「よし。その内に、強い魔物が出る場所へ行こう。回復が必要ない所へ行くから、お前が下らない勘違いをするんだ。認識を変えさせてやる」
「わー?」
どこへ行く気だ?
『あまり無茶はしてくれるなよ? 相棒』
「任せろ」
「わー……」
にやりと笑われると、余計に不安になるのだが。
食事を終えた私たちは、北の山へ向かった。
南門の手前でガドルの装備が【鋼鉄の鎧】に変わったので、私も【イエアメガエルの着ぐるみ】を装備。ガドルの左肩の後ろ側に、ぴとりとくっ付く。
しかし【鋼鉄の鎧】はどこに仕舞っていたのだろう? ガドルは麻袋を持っているけれど、入る大きさではない。
ゲーム世界ならではの不思議だな。
門を潜り北の山へ入る。王都に来るときにいた岩人形は現れなかった。
「走るぞ?」
「わ? わー!」
ガドルは湧水を目指し、転落岩や破裂岩を蹴散らしながら、道なき道を進んでいく。
「瓶詰めにならないのか?」
『せっかく【イエアメガエルの着ぐるみ】を貰ったのだ。着ねばな』
きらりーんっと根元を光らせてアピールする私。
「そんなに気に入ったのか? だが水も必要だろう?」
『まあそうなのだが』
ということで、瓶詰めになる。
「わー……」
顔を逸らして笑うガドルは、確信犯だと思う。
買ってきた樽に【北の山の湧水】を汲み終わったところで、ガドルが提案してきた。
「樽に浸かっておけば、一気にお前の水ができるんじゃないのか?」
「わー!?」
たしかに理屈ではそうだが、そうだが……。
濃度が薄すぎて失敗するのではなかろうかとは思いつつ、好奇心に負けて樽漬けになる。
「わー……」
……瓶と違って外が見えない。真っ暗な水中って嫌だな。
タタビマを見つけるたびにガドルが樽を叩いてくれるので、外に出て採取。
そんなことを繰り返し、適当な時間で切り上げて王都に戻ることに。
「わー……」
樽でもマンドラゴラ水ができることは確認できたけれど、瓶より長い時間浸かる必要があった。それに暗いし上下左右は分からないしで、精神を病みそうだ。
もう樽漬けにはならんぞ。
イエアメガエルになって鎧にくっ付いた私を見て、ガドルが苦笑する。
グロッキーになっているのが分かったらしい。
山を下りると、王都を出るときはいなかった岩人形が待ち構えていた。ガドルが簡単に倒したけどな。
金塊は出なかった。鉄塊だ。やはり金塊はレアだったらしい。
回転岩と破裂岩から出たアイテムは、【重曹】を残して冒険者ギルドで売った。
ガドルに嫌な目を向ける者もいたけれど、ガドルが気にしていないので私も気にしないことにする。
そんな一日を過ごして神殿に帰った。
マンドラゴラ水となった樽に、採ってきたタタビマの実を漬けてからログアウト。
「わー……」
ログインした私、途方に暮れています。
タタビマの実を浸けておいたマンドラゴラ水入りの樽は、ちゃんと【友に奉げるタタビマの薫り・並】になっていた。
≪小瓶に分けますか?≫
という選択画面が出ていて、小分けしてもらえたまでは問題なかったのだ。
後に残された小瓶詰めの【友に奉げるタタビマの薫り・並】百本と、空の樽は予想通りとして、問題は繰り返し使えると思っていたタタビマの実が、消えてしまったことである。
自動で小分けしてもらったのが悪かったのだろうか。
瓶漬けにしておいたほうも完成していたので、小分けを選択せずに瓶のままを選択。浸けていたタタビマの実は、収納ボックスに戻った。
いったい何があったのか。