26.ガドル、ちょっと
『ガドル、ちょっと動いてみてくれ』
「ここでか?」
顔をしかめられてしまった。
室内で暴れるわけにはいかぬからな。今のは調子に乗った私が悪かったと反省。
面積の広い胸部に貼りついてみたが、跳躍してガドルの右腕へと移る。鎧に吸い付くようにくっ付くのに、離れるときは抵抗なく跳躍できた。
私の考えを察したガドルが、右腕を振り回す。
「わー……」
目が回る……。
しかしイエアメガエルの手足はぴとりと鎧に貼りついていて、振り落とされることはなかった。
これはいい。
ガドルは動きが激しくなる時、私が落ちないよう右手で持ってくれる。すると隻腕の彼は、足だけで戦わなければならなかったのだ。
金属製の鎧は滑るので、歩いているだけでも滑り落ちそうになって助けてもらうことがあった。
これならガドルの負担を減らせそうだ。
「わー!」
最高である!
『キャーチャー閣下、これは素晴らしい装備だ。感謝する』
「うむ。私もよいものを見せてもらった。ぜひ貰ってくれ」
私とキャーチャー閣下の視線が絡む。
同志よ、大切に使わせてもらうぞ。
そろそろ帰りましょうということになり、私はイエアメガエル装備のまま馬車に乗せられたのだった。
「わー! わー! わー!」
「ご機嫌だな? にんじん」
「わー!」
もちろんだ!
キャーチャー閣下の館から神殿に向かう馬車の中で、うっかり感情が声になって出ていた私。ガドルとピグモル神官長から、微笑ましいものを見るような眼差しを向けられてしまう。
上機嫌なので気にならないぞ。
神殿に戻ると、私とガドルに部屋が用意されていた。
「こちらの部屋を、これから御自由に使ってください」
『ありがとうございます』
【神樹の苗】君も、せっかくだからと同室だ。
所有権が私になっているため収納ボックスにしまえるのだが、部屋の隅で休んでもらう。
そうそう。忘れる所だった。
ログアウトをする前に、女神様の祝福を確認する。
「わー」
ステータス画面をオープン。
ざっと目で追ってみると、称号に【女神の祝福(友に奉げるタタビマの薫り)】が増えていた。
「わー?」
なんだ?
説明を読むと、女神様に奉げたアイテムに限り、品質が上がるらしい。
「わー……?」
えーっと?
女神様に奉げたのは、【友に奉げるタタビマの薫り・不良】だから、それの品質が上がるということか? そうすると、どうなるんだ?
考えるだけ時間の無駄になりそうなので、【北の山の湧水】で作ったマンドラゴラ水を出して、タタビマの実を浸けておく。これで次にログインした時に分かるだろう。
ガドルがじいっと見ているが、HPを減らしたわけでもないので今夜はお預けだ。昨夜のはサービスだったんだ。
「わー……」
くっ。そんな目で見つめても……。
『一杯だけだぞ?』
「ありがとう」
笑顔で差し出されたコップに、取り出した【北の山づくし】を注いでやる。
『私はログアウトするからな』
「ああ、おやすみ」
「わー!」
呑兵衛に付き合ったりしないのだ。
【神樹の苗】君の隣でログアウト。
ほぼ毎日のように消費している回復薬。備蓄を用意しておきたいので、今日は調薬だと意気込む私。色々と濃い日々だったので、久しぶりな気がする。
とりあえず、【女神の祝福】効果を確かめるために昨夜浸けておいた、【友に奉げるタタビマの薫り】、【北の山の湧水】バージョンを出してみる
「わー」
【鑑定】っと。
【友に奉げるタタビマの薫り・並(大瓶)】
MPとHPを200%回復させる。(ネコ科の獣人や魔物に限り、HP500%回復)
「わっ!?」
待ってほしい。
なんだ? この性能爆上げ。いいのか、これは? 100%を超えているではないか。
……いや、本来のサイズなら、20%と50%か。
それでも凄い数字だな。
「わー……」
小瓶が必要だ……。
そして私、瓶漬け生活から逃れられない件。
「わー……」
「どうした? 大丈夫か? にんじん」
「わー? わー」
ん? ああ、なんとか?
黄昏ていたら、部屋に戻ってきたガドルに心配された。
ログインした時に姿が見えなかったと思ったら、聖騎士の訓練に参加していたらしい。鈍った体がどこまで動くか、確かめたかったそうだ。
北の山は、彼にとって戦いと呼べるほどのものではなかったからな。
『女神様から祝福を貰っただろう? そのおかげで、【友に奉げるタタビマの薫り】の性能がアップしたのだ。具体的に言うと、一瓶でMPとHPが200%回復する。ただしネコ科に限りHP500%回復』
「でたらめな効果だな」
『普通の回復薬十本分だから、本来の量にすれば十分の一に落ちるけどな』
「それでも高ランク冒険者しか買えない、上等な回復薬に匹敵するぞ?」
ガドルも呆れ顔だ。
『買える回復薬に、冒険者のランクが関係するのか?』
「質のいい回復薬ほど作れる薬師が少ないからな。出回る数が限られる。購入できる人間を制限するのは仕方ないだろう? 金と伝手があれば冒険者ランクは関係ないがな」
「わー」
たしかに。
高ランクの冒険者は希少だろうから、ギルドとしても、なるべく生き残ってほしいだろう。
『とりあえず、小瓶が欲しい』
「そうだな」
100%を超える回復薬なんて、無駄なだけだ。
「じゃあ、これから買い物に行くか? 樽も必要だな。北の山に湧水を汲みに行くだろう?」
『付き合わせてばかりですまんな』
「構わん。特に用もないからな」
ガドルはそう言うけれども、この世界の住人である彼には、私と違って生活がある。いつも暇ということはないだろう。
「心配するな。お前のお蔭で、生活の面倒は神殿が看てくれる。俺の仕事はお前の護衛だ。遠慮なく使え」
「わー」
そういうことなら、ありがたく頼らせてもらおう。
本当はさっさと神殿から去りたかったのだが、ガドルのためにも、もう少し居座るか。
正直言うと、神殿は少しばかり居心地が悪いのだ。
なにせ――。
「お目覚めですか? にんじん様。沐浴の支度はできておりますが、如何なさいましょう? それとも肥料をお持ちしましょうか?」
「わー……」
ピグモル神官長が、私に対して下にも置かぬ態度で接するのだ。
そうなると、どうしたって他の神官たちの態度も丁寧になるというわけで……。どうにもむず痒い。
『ピグモル神官長。私はただのマンドラゴラだ。適当に扱ってくれて構わない』
「承知いたしました、にんじん様」
「わー……」
絶対に承知していないだろう。
王様待遇を喜ぶ人もいるのだろうが、私は苦手なのだ。
こらガドル、笑うんじゃない!
「わー……」
じとりと睨んでいると、ようやくガドルが笑いを引っ込めた。